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第四章
エステル>ベニタ
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―――あれってエステルじゃないかしら。
ベニタはソルの間に入ってすぐ、二人の背の高い紳士と談笑している女性の姿に目が留まった。二人の男性は共に淡い茶色の髪をした紳士で、一様に周りの視線を集めるほど華やかだ。一緒に笑っているエステルも、明らかに上質とわかる淡い水色のドレスをまとい、髪も美しく結い上げている。これだけ華やかな場にも負けないほど、三人のいる辺りは華やいでみえ、それが人々の視線を集めていた。
どうしてこんなところにエステルがいるのだろう。ベニタは足を止めた。
ベニタは次期王太子妃、オラシオ殿下のパートナーとしてこのパーティーに参加していた。王太子妃となることが決まってから初めての外遊だ。これこそベニタの求めた世界だった。
もちろん、このパーティーは各国の賓客が集うパーティーだ。ただの平民に落ちたエステルにこの場はふさわしくない。というか本来ならこの宮殿にさえ足を踏み入れることはできない。そのエステルがこの場にいるということは、もしかしたらエステルは、ベニタが平民であるなら侍女になれと強いたので、アルモンテ公爵家のもとに戻ったのかもしれない。今日はアルモンテ公爵も出席しているはずだ。おおかた父親にくっついてきたのだろう。港町ではまんまと逃げられたが、公爵家に戻ったのならそれも好都合だ。アルモンテ公爵に直接エステルをベニタの下に付かせるよう、命令すればいいのだ。
それにしても……。
ベニタは楽しそうに笑っているエステルを忌々しい思いで見た。エステルのドレスはベニタの着ているドレスよりもよほどいいものだ。王宮に入ってわかったことだが、レウス王国は先の王宮大改造で出費が膨らみ、日々の食事さえ質素にせざるを得ないほど財政がひっ迫している。馬鹿な改修をしたものだ。ベニタの着ているドレスは、なんとか無理を言って新調してもらったものだが、予算が下りないとかでかなり粗悪な品をあてがわれた。
周りはこの場にふさわしく、豪華な装いだというのに恥ずかしい。大陸中を見回してみれば、小国にすぎないレウス王国は、用意された支度部屋も会場からは離れた別棟で、決して粗末に扱われているわけではないけれど、他の大国に比べると明らかに序列は下だった。
帝都についてから、ずっと屈辱的な気分を味わってきたベニタは、エステルの楽しそうな顔を睨みつけた。目を惹く紳士を二人も連れて談笑しているのも癪に障る。と思っていると、そこへ更に同じ淡い茶髪の紳士が加わり、どうやら紹介されているらしいエステルは、優雅に頭を下げ、にこりと笑っている。
三人も紳士を連れ、談笑しているエステルに、ベニタはぎりりと歯を噛んだ。
三人の内の一人がエステルの腰に手を回し、ヒールを履いた足元がつらくないよう、さりげなく支えているのも気に食わない。
じっと見ていると、「早く行くぞ」とベニタの腕をオラシオ王太子はぐいっと引っ張った。オラシオの腕に手をかけていたのでなんとかこけずに済んだが、雑な扱いだ。エステルをエスコートしている紳士の方がよほど女性の扱いが洗練されている。
「……そんなに早くは歩けませんわ。足が痛いのです」
こちらは高いヒールを履いているのだ。そんなことにも構わず、オラシオはぐいぐいとベニタを引っ張る。悲鳴を上げると、オラシオははたと足を止めた。
「あそこ、エステルではないか?」
謝ってくれるのかと思えばそうではなく、やっとエステルの存在に気が付いたオラシオが指をさした。
「おやめください」
ベニタは慌ててその手を下ろさせた。エステルはともかく、一緒にいる三人の紳士はどう見ても高い地位にある紳士だ。もしかしたら他国の王太子にあたる人物かもしれない。そんな人たちを指さしては大変な失礼にあたる。そんなことも知らないのかと呆れるそばから、オラシオの呟いた言葉にベニタは完全に切れた。
「私はエステルがよかったのだ……」
「は? 何かおっしゃいました?」
信じられないオラシオの言葉に、ベニタは言い返さずにはいられなかった。睨むと、オラシオは辟易したように顔をしかめた。
「それが将来の夫に対する言葉か」
「殿下が聞き捨てならないことをおっしゃいましたから」
「それは誰だってそう思うだろう。君よりエステルの方が王太子妃としてふさわしかったんだ。見ろ、あの美しさ。他の姫君たちに引けをとらない。エステルを連れて歩いていたなら、レウス王国の格も上がるというもの」
「わたしでは格が下がるとおっしゃりたいのですか」
「事実そうだろう? 君を連れて歩くのは恥ずかしいよ。早くダンスの輪に紛れてしまうか、もっと人の集まるところで紛れ込んでしまうかしたほうがいい。だから足の痛みなど我慢して早く歩け」
「なんですって!」
大広間は談笑する人々の声や楽隊の音で溢れていたが、ベニタの怒りの大声は会場中に響いた。さすがに楽隊やダンスを踊る人々にまでは聞こえなかったようだが、ベニタの半径十メートルほどにいた人々は一斉にこちらを振り返った。
その中にはこちらを驚いたように見ているエステルの目もあった。
ベニタはソルの間に入ってすぐ、二人の背の高い紳士と談笑している女性の姿に目が留まった。二人の男性は共に淡い茶色の髪をした紳士で、一様に周りの視線を集めるほど華やかだ。一緒に笑っているエステルも、明らかに上質とわかる淡い水色のドレスをまとい、髪も美しく結い上げている。これだけ華やかな場にも負けないほど、三人のいる辺りは華やいでみえ、それが人々の視線を集めていた。
どうしてこんなところにエステルがいるのだろう。ベニタは足を止めた。
ベニタは次期王太子妃、オラシオ殿下のパートナーとしてこのパーティーに参加していた。王太子妃となることが決まってから初めての外遊だ。これこそベニタの求めた世界だった。
もちろん、このパーティーは各国の賓客が集うパーティーだ。ただの平民に落ちたエステルにこの場はふさわしくない。というか本来ならこの宮殿にさえ足を踏み入れることはできない。そのエステルがこの場にいるということは、もしかしたらエステルは、ベニタが平民であるなら侍女になれと強いたので、アルモンテ公爵家のもとに戻ったのかもしれない。今日はアルモンテ公爵も出席しているはずだ。おおかた父親にくっついてきたのだろう。港町ではまんまと逃げられたが、公爵家に戻ったのならそれも好都合だ。アルモンテ公爵に直接エステルをベニタの下に付かせるよう、命令すればいいのだ。
それにしても……。
ベニタは楽しそうに笑っているエステルを忌々しい思いで見た。エステルのドレスはベニタの着ているドレスよりもよほどいいものだ。王宮に入ってわかったことだが、レウス王国は先の王宮大改造で出費が膨らみ、日々の食事さえ質素にせざるを得ないほど財政がひっ迫している。馬鹿な改修をしたものだ。ベニタの着ているドレスは、なんとか無理を言って新調してもらったものだが、予算が下りないとかでかなり粗悪な品をあてがわれた。
周りはこの場にふさわしく、豪華な装いだというのに恥ずかしい。大陸中を見回してみれば、小国にすぎないレウス王国は、用意された支度部屋も会場からは離れた別棟で、決して粗末に扱われているわけではないけれど、他の大国に比べると明らかに序列は下だった。
帝都についてから、ずっと屈辱的な気分を味わってきたベニタは、エステルの楽しそうな顔を睨みつけた。目を惹く紳士を二人も連れて談笑しているのも癪に障る。と思っていると、そこへ更に同じ淡い茶髪の紳士が加わり、どうやら紹介されているらしいエステルは、優雅に頭を下げ、にこりと笑っている。
三人も紳士を連れ、談笑しているエステルに、ベニタはぎりりと歯を噛んだ。
三人の内の一人がエステルの腰に手を回し、ヒールを履いた足元がつらくないよう、さりげなく支えているのも気に食わない。
じっと見ていると、「早く行くぞ」とベニタの腕をオラシオ王太子はぐいっと引っ張った。オラシオの腕に手をかけていたのでなんとかこけずに済んだが、雑な扱いだ。エステルをエスコートしている紳士の方がよほど女性の扱いが洗練されている。
「……そんなに早くは歩けませんわ。足が痛いのです」
こちらは高いヒールを履いているのだ。そんなことにも構わず、オラシオはぐいぐいとベニタを引っ張る。悲鳴を上げると、オラシオははたと足を止めた。
「あそこ、エステルではないか?」
謝ってくれるのかと思えばそうではなく、やっとエステルの存在に気が付いたオラシオが指をさした。
「おやめください」
ベニタは慌ててその手を下ろさせた。エステルはともかく、一緒にいる三人の紳士はどう見ても高い地位にある紳士だ。もしかしたら他国の王太子にあたる人物かもしれない。そんな人たちを指さしては大変な失礼にあたる。そんなことも知らないのかと呆れるそばから、オラシオの呟いた言葉にベニタは完全に切れた。
「私はエステルがよかったのだ……」
「は? 何かおっしゃいました?」
信じられないオラシオの言葉に、ベニタは言い返さずにはいられなかった。睨むと、オラシオは辟易したように顔をしかめた。
「それが将来の夫に対する言葉か」
「殿下が聞き捨てならないことをおっしゃいましたから」
「それは誰だってそう思うだろう。君よりエステルの方が王太子妃としてふさわしかったんだ。見ろ、あの美しさ。他の姫君たちに引けをとらない。エステルを連れて歩いていたなら、レウス王国の格も上がるというもの」
「わたしでは格が下がるとおっしゃりたいのですか」
「事実そうだろう? 君を連れて歩くのは恥ずかしいよ。早くダンスの輪に紛れてしまうか、もっと人の集まるところで紛れ込んでしまうかしたほうがいい。だから足の痛みなど我慢して早く歩け」
「なんですって!」
大広間は談笑する人々の声や楽隊の音で溢れていたが、ベニタの怒りの大声は会場中に響いた。さすがに楽隊やダンスを踊る人々にまでは聞こえなかったようだが、ベニタの半径十メートルほどにいた人々は一斉にこちらを振り返った。
その中にはこちらを驚いたように見ているエステルの目もあった。
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