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しおりを挟むアルベルト様の浮気現場を目撃してかなりの時間がたった。
その間私とアルベルト様との関係は良くなることもなく、週一度と約束していた昼食の時間もなくなり、完全に顔を合わせることもなくなった。
これに対して友人の一人であるミリアーナ様は「そもそも王子がBクラスっていうのが意味わからないんですよ!エリーナ様はAクラスなのに!」とプリプリと怒りながら言っていたが、ルナ様もアルベルト様と同じBクラスだったことを思い出して「違うんです!これは、その!」と慌てて顔の前に出した手と同時に頭を振っていた。
この学園ではなにか一つでも特化していると判断されるとAクラスに分けられる。
ミリアーナ様は先日瞬時に張ってくれた結界魔法が秀でていて、メリス様は治癒魔法に秀でている。
私はというと攻撃魔法に優れていたお陰でAクラスと判断されたけれど、ミリアーナ様と同じく結界魔法に優れていたルナ様は二学年で惜しくもBクラスに落とされてしまったのだ。
つまり一学年のときは四人とも同じクラスだったことから、こうして気軽に話せる友人になれた。
それはこの学園に入学して、とても嬉しく感じたことの一つである。
そしてアルベルト様はどうかというと入学当初からBクラスだった。
ミリアーナ様も言っていたが、王子だから、次期王となる存在だから、誰よりも優秀でなくてはいけないというのは誰もが思うこと。
だけど私は思う。
それは何かに特化して秀でていなければいけないというわけではないと。
王には決断力と判断力が求められるもので、なにかに特化していればその分その分野に意識を傾かせてしまうこともあるだろう。
だから分野に拘らず、全てに興味を抱き学んだほうが王となったとき、決断する場面で判断材料となるだろうと、Bクラスと伝えられ悔しがっていたアルベルト様に私が告げたことだ。
その考えは今でも変わらない。
だけど最近思うのだ。
以前のアルベルト様とは違うと。
幼い頃は何に対しても貪欲なほどに知識を求めていた筈。
まるで何かに焦っているかのような、そんな考えを抱くほどにアルベルト様は教育という時間を求めていた。
だから私もその分励まないといけないと、小さい頃から王妃教育を取り入れた授業をしてもらった。
厳しいと言われる王妃教育も、まだ癖もない幼い頃に取り込んだこと、そして長い年月で行ったことで確実に身にすることができた。
だから思う。
アルベルト様は何故今"ああ"しているのか。
知識を求めていたあのアルベルト様はどこに行ってしまったのか。
まるでもう脅威はないとでもいうかのような、胡座をかいたようにいる姿を見た私は疑問に思う。
そしてアルベルト様の浮気現場を見てしまった私は、そんな思いを強く抱くようになった。
激しく感じていた怒りは、再びアルベルト様の浮気現場を目撃しても抱くことはないかもしれない。
だから、……アルベルト様とお顔を合わせるのは正直遠慮したかった。
幼い頃に抱いていた焦がれていた気持ちが薄れてしまっていることに本当に気づいた時、私は今まで通り婚約者として振る舞えないような、そんな気がしたからだ。
食堂から教室に向かう途中すれ違う学園生徒がコソコソとまるで私達に聞いてほしいみたいに、意識をこちらに向けながら話している姿が見受けられた。
「また…、もうなんなのかしら?」
ミリアーナ様が不快感を露わにしながら呟く中、ルナ様が「もう少し調べてからお教えしたかったのですが…」と前置きして教えてくれた。
「今学園内ではエリーナ様がティーン・ザビル男爵令嬢を虐げているという根も葉もない噂が散らばっているのです」
「ええ!なんですかそれは!」
「私も先日クラスにいたときにきいたのです。
友人は選んだほうがいいと言っていた者から話を伺ったらそう言われました。
ザビル男爵令嬢はCクラス。エリーナ様は昼食は私達と行動を共にし、放課後は王城に王妃教育を受けていることが多い中、どうやってザビル男爵令嬢を虐げているのかと、まさか私達も加担しているとそう言っているのですかと話すとその者は大人しくなってしまいましたが……」
煮えきらない様子で語尾を濁したルナ様に私は思わず不安になる。
「グレードが言っていたのです。
……王家の影を動かすべきか、と殿下が呟いていたと」
「ではまさか、殿下は婚約者であるエリーナ様ではなく、あの娼婦のような女のほうを信じたと!?」
「ありえませんわ!エリーナ様を知っている者ならエリーナ様がそんな事をする人ではないことは知っているはずです!
幼い頃から婚約者である殿下なら、エリーナ様がするわけ無いとわかるはずですわ!」
「……今私は殿下と同じクラスです。
二学年になってからという短い期間でしかありませんが殿下は私が見ても、………聡明な方という印象をいだけませんでしたわ」
ルナ様のその言葉にメリス様とミリアーナ様が口を閉ざした。
王子として、次期国王に一番近い方というものでありながら、なにかに優れたわけでもなく、そして根も葉もない噂を信じるという愚考をしているのかと、ショックを受けた様子だった。
「私は構いませんわ」
「エリーナ様?」
「…王家の影を使うということは、もしかしたらアルベルト様は私の根拠のない噂を収めようとしてくれているのかもしれません」
勿論心の中ではそんなことのために影を使う必要は全くないと理解している。
たかが学園内での噂話程度も解決できないようでは、己のことを未熟者だと公言しているものだからだ。
浮気現場をみてから、私との時間を減らしたアルベルト様の本心はわからない。
(でも想定はしている)
王子として、次期王となる存在に一番近い場所にいるアルベルト様は努力を怠らなかった。
だけどそんな彼の小さな頃の面影が全く見えなくなるのを感じると、私自身の心も離れていくのがわかっていた。
王となる素質が今の彼に本当にあるのかと、そんな考えがわいてくるのだ。
____だけど、それでも私はアルベルト様の婚約者なのだ。
「そう、ですわね。……エリーナ様」
「はい」
「……頼りないかもしれませんが、どうか些細なことでもお声をお掛けください。Bクラスに落とされてしまいましたが、これでも私の家は公爵家なのです。
家の権力を総動員してもエリーナ様を助けてみせますわ!」
「あ、それなら私も公爵家程ではなくとも力になれるかと!」
「私もですよ!エリーナ様!」
心温まる三人の言葉に私は思わず涙が湧き出てきたが、ぐっとこらえてなんとか涙を流さずにいた。
「そういえば今日の放課後はどうしますか?」
メリス様がそう尋ねるのは私が不定期に王妃教育を受けているからだ。
不定期というのは幼い頃から王妃になると決まっていた私が長年の日数をかけてきたために殆ど終わらせているからだ。
勿論王族以外には伝えることができない事柄に関しては、アルベルト様と籍を入れてから教育を受けることになる為、王妃教育は完全には終えていない。
「今日は王城に行きますわ」
「そうなのですね。ではエリーナ様また明日お会いしましょう」
Bクラスが見えてくると、ルナ様はそういった。
私達はルナ様にそれぞれ挨拶をして、Aクラスへと向かったのだった。
◆
授業が終わると私は早々に荷物をまとめて王城へと向かわなければならない。メリス様とミリアーナ様と話し込むことなく簡単に挨拶を済ませた私は、そのまま何処にも寄ることなく待機していた馬車へと乗り込んだ。
ほぼ王妃教育が終わっている私が今回王城へと向かうのは、王妃様との茶会のため。
この茶会の場で王妃様に現状を報告しようと思った私は、一人いる馬車の中で溜息をついた。
(本当はお父様に先にお話ししたほうがいいかもしれないけれど……)
一番私がどうにかしたいと思っている件がアルベルト様な為、まずはアルベルト様のお母様である王妃様に相談することにしたのだ。
噂の件に関しては後回しでも問題ないと考えて、私は馬車の中で目を瞑る。
学園が王都内に建てられていることから、学園から王城へは比較的近い場所にある。
あっという間に着いた私は馬車から降り国一番と言ってもいいぐらいに高くそびえ立つ王城を見上げた。
(……そういえば、アルベルト様と初めてあったのはこの王城だったわね)
歩きながら私は幼い頃を思い出す。
当時まだ小さかった私はお父様に手を引かれながら王城へとやってきた。
お父様が手続のために私の手を離した時、あまり覚えてはいないが興味を惹かれるものが目の前を通った。
今思うとたぶんチョウチョのようなものだと思うそれを私は追った。
そして案の定道に迷ったのだ。
『ねぇ君!』
綺麗な花がたくさん咲いている場所に辿り着いた私は幼い声に振り向いた。
キラキラと輝く金髪に、まるで蜂蜜飴のように大きな瞳をもった男の子の姿に私は目を瞬いた。
『…、だぁれ?もしかして天使さま?』
『え、て、天使じゃないよ』
『天使じゃないの?』
『そうだよ。…それより君、大人の人と一緒じゃないの?』
『ううん、お父さまと一緒に来たよ』
『君のお父さまはどこ?』
『わかんない。キラキラしたのを追いかけてきたらここにいたの』
『キラキラ?
……じゃあ僕が君を君のお父さまのもとに連れてってあげるよ』
『ほんと?ありがとう!』
差し出された手を私は躊躇なく握り、天使のような風貌をした男の子の案内で私はお父さまのもとへと戻ることができた。
お父さまに男の子のことを教えたかった私は男の子の手を引っ張ろうとしたが、『僕は本当はここにいてはいけないんだ』と申し訳無さそうに告げられたことで、すぐに手を離した。
『ねぇ、また会える?』
『……会えるよ』
『約束だよ』
『約束するよ』
後ろ髪を引かれるような思いをしながら、私は男の子を背にお父様のもとに戻る。
行方をくらませたのが短時間だったこともあり、さほど怒られなかったけれど、心配するお父様に申し訳なくなったのだった。
そしてお父様と一緒に王様に挨拶のため謁見の間に訪れると、先程の男の子がそこにいた。
私は嬉しくなった。
ここにいちゃいけないっていうのは、本当はお父様である王様の近くにいなきゃいけないのに、私と同じくお父様と離れてしまったからなのねと。
私は約束してからすぐに男の子と会えたことが嬉しくて満面の笑顔を向けた。
男の子はふいっと顔を背け、私から目をそらす。
どうして顔を背けるんだろうと不思議に思っていると、私と男の子を見比べた王様が顎をさすりながら笑った。
『……どうやら決まったようだな』
笑っていった王様の言葉の意味をわからなかった私はお父様を見上げた。
『エリーナ、今日お前を連れてきたのは王妃となる存在として選ばれたからなんだ』
『おうひ?私が?』
『そうだよ。これから王妃になるために沢山お勉強をしなくてはならない。できるか?』
王妃というのは王さまのお嫁さんということを知っていた私は大きく頷いた。
だってあそこにいる男の子が王子様で、その王子様は将来王様になるってことは小さい私にもすぐにわかった。
『できるわ!私王子様にふさわしくなるためにたくさんお勉強する!』
そうして私はアルベルト殿下の婚約者と決まった。
不思議な点を上げるとすれば、何故出会った時には金眼だった瞳が今は碧眼になっているのかということ。
だけど、顔は一緒なのだからと私は深く考えることはせずに、王子様にふさわしい女性であるべく励む日を送ったのだった。
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