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7、通じ合う想い
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平民となんら変わらない服に身を包んだ私は、麦わら帽子を被りながら横を歩くヴァル様を見上げました
公爵家に来て数日後、私はセバスチャンにいつも通り指導してもらいに行くところでした。
廊下で会ったメイドの子に「今日はセバスチャン様は休暇を取ってますので!あ、あと着替えたらそのまま部屋で待っていてくださいと言ってました!」と伝えられながら洋服を手渡され私は、首を傾げながらもミーラと共に部屋に戻ります。
よくわからなかったですが、手渡された以上好意を無碍にすることは出来ないので、私は素直に着替えました。
折角ミーラに選んでもらったのですが、脱いでしまってごめんねと伝えると笑って許してくれました。
それにしてもこの数日で随分この部屋も変わりました。
毎日のようにヴァル様がやってきて、素敵な花をプレゼントしてくれるのです。
最初はバラでした。真っ赤なバラを数えきれないほど沢山花束いっぱいにもってきてくれました。
花を贈られたことは初めてだったのでとても嬉しかったです。
その花は今でもテーブルの上や窓際に生けてあります。
それからは髪留めに使うリボンや見てわかるほどの高級菓子、ピアス_耳に穴が開いていない私の為にミーラがイヤリングにしてくれました_ネックレス、履き心地のいい靴に綺麗なドレス…。
そんな沢山のプレゼントを渡されて、さすがに求愛されているかのような感覚に陥ってしまったことを思い出します。
綺麗なバラに自然と頬が緩んでしまいますが、指示通り部屋で待機しているとヴァル様がお部屋にやってきました。
「き、今日はなにか予定があるか?」
セバスチャンに指導してもらえなくなった私には特にこれといって予定はないのでその通り伝えました。
「で、では今日は、…わ、私と共に町に出かけないか?」
「え?でも、ヴァル様のお仕事のお邪魔になってしまうのでは…?
それにマル…「お嬢様!」
私がヴァル様と話すときには離れた場所に控えているミーラが私の口を手で覆いました。
一体どうやって…いつ移動したのでしょう。素早すぎます。
『お嬢様!ここは受け入れるべきです!』
『え、でもマルティ様に誤解されるのでは…?』
『令息様が誘っているのはマルティ様ではなくお嬢様ですよ!
断らずに、受け入れてください!』
『え、ええ、わかったわ…』
『あとマルティ様の事は禁句!シー!です!』
どうして禁句なのかしら?と思いつつもこそこそとミーラと話した後、向き直った私にヴァル様は言いました。
「今日は休みなんだ…、それで是非君と…その…」
「先程は申し訳ございません。
私なんかでよければ是非ヴァル様とご一緒させていただきたいと思います」
「本当か!?では行……、支度はまだかかるか?」
ちらりとミーラを伺くヴァル様に、ミーラはフルフルと首を振ります。
「いえ、先程終わりました。
お嬢様をよろしくお願いします」
「そうか、では行こうか」
「え、あ、はい…」
(ミーラはついてきてくれないの?)とちらりとミーラを見るけれど、ミーラはにこやかに笑うだけでした。
そしてヴァル様と私は、何故か二人きりで町にいます。
(公爵家の長男なのに護衛とかいらないのかしら?)と疑問には思いますが、周りを見ると騎士の方がちらほらと見回りしているので大丈夫…なんでしょう。
それにしても
「凄い人混みですね…」
「アニー……嬢は知らないのか。今日はマライデーなんだ」
マライデーとは、昔平民の魔法使いに立場を脅かされると恐れた貴族が、平民の魔法使いを処刑するという行為を行っていました。
そんな貴族の行為を同じ貴族が咎めた事があったのです。
止めようとした貴族はかなりの力を持っていましたが、抵抗する貴族もそれなりに力が強く、被害規模が広がり、国の中で内戦が起きようとしていました。
そこで、マライという名の貴族は当時見下していたはずの平民と共に手を組み、愚かな貴族の行動を止めることが出来たのです。
貴族と平民の差を見直すきっかけにもなったこの日をマライという名の貴族にちなんで、マライデーと呼ばれるようになりました。
だけど悲しいことに、貴族に処刑された平民の魔法使いの人数が多く、その為平民の魔法使いは身を潜め、元々数が少なかった貴族の魔法使いは今では見かけることもなくなってしまったのです。
この事からお母様が私に魔法を使えることを知られてはいけないといったのではないかと思っています。
ただでさえ見かけることがなくなってしまった魔法使い。
それも貴族とあれば、かなりの影響力がありますから。
だから私が魔法を使えることは亡くなってしまったお母様以外、誰もいません。
「…マライデーなら知っています。ですが、その日がこんなに賑わうのは知りませんでした」
「そうか、なら初めての経験ということだな」
「そうですね」
ヴァル様の言葉に同意すると、徐々にヴァル様の顔が赤くなっていきます。
「…っ」
「ヴァル様?どうかしました?」
「…いや、アニー嬢の初めての体験を私が…と意識したら恥ずかしくなってしまった」
「!」
恥ずかしそうに、そして嬉しそうなヴァル様の表情と言葉に私はドキと胸が高まってしまいます。
………ああ、もう。
なんでこの人はこんな思わせぶりな言動ばかりするのでしょうか…。
学園に通っていた頃のヴァル様はクールだと聞いていただけに、こんなにかわいらしいとは知りませんでした。
「あの…そんなに深く考えないでいただけますか?
…ご、誤解されてしまいます……」
「誤解?一体誰に?」
「誰に…?」
本当にわかっていないのでしょうか?
困った子犬…いえ、大型犬のような眼差しで私を眺めるヴァル様に私も首を傾げます。
「……すまない。君が婚約者として来てくれただけで私は今もはしゃいでしまっている。
その所為で少し回りが見えていないところがでてきている……かもしれない。
だから、君が考えていることを教えてくれないか?
君との間に少しのわだかまりも生まれて欲しくないんだ」
「はい……」
場所を移動しようと提案され、連れていかれた場所は大通りから少し離れたところにある小さな公園でした。
いつもは小さな子供たちで賑わっているような公園は今は、お祭りの影響で人がほとんどいませんでした。
婚約者とはいえ、あって数日の男性の方と密室に二人きりというのもどうかと思いますし。
ヴァル様が気を使ってくれたのでしょう。ありがとうございます。
「それで、君の思っていることを教えて欲しい」
「あの…」
「といっても具体的に何を言っていいのか戸惑うよな…。話をしたいといったのは私の方だし…。
わかった。私から話そう」
「は、はい!」
真剣なヴァル様の眼差しに私の背筋がいつも以上にまっすぐ伸びてしまいます。
わわわわわ。どうしましょう。
他の小説にあった”契約結婚”とか切り出されてしまうのでしょうか?
「私は君の事を愛することはない」とかなんとかいわれてしまうのでしょうか?
(目の前の真剣なヴァル様の口から直接…)
そこまで考えると、胸にずきりとした痛みが走りました。
短い間でしたが、ヴァル様は公爵家に来た私に常に気を使ってくださいました。
後継者として忙しい身であるのに、私を見かけると駆け寄り、短くても言葉を交わしてくださいました。
食事の量もいまだになれることが出来ず、食べきれない私がシェフに申し訳なさそうにしていることに気付き、私が食べきれる量に変えてくださいました。
私が無理をしていないかセバスチャンや、ミーラ、世話をしていただくメイド達にいつも尋ねてくださっていました。
私に掛ける言葉も、私の事を考えてくださると感じられる、本当に優しい言葉。
私に向けてくださる表情も、冷たさや厳しさはなく、思わずかわいいと思ってしまう表情や、私自身が恥ずかしくなってしまう表情で。
でも私はそれが嫌なのではなくて、
とても嬉しくて
もっと向けてもらいたくて
そんなヴァル様から「愛することはない」と言われてしまうと考えるだけで…
私は、………ズキズキと胸が痛くて張り裂けそうです。
そこまで考えたところで、私は遂に自覚しました。
「あ、アニー…?どうした?」
「私、私…」
涙が頬を伝って、ヴァル様も私がいきなり泣き出してしまうので動揺してしまっています。
ああ、本当に困らせてしまってごめんなさい。
でも、貴方から告げられる前に言わせてください。
「ヴァル様…、私、私ヴァル様の事が好きです…!」
「!」
「私、…は、ヴァル様になにも望みません。安心してください。
ヴァル様に他に想い人がいることは私もわかっています。
ですが、私がヴァル様を好きなことは知っててもらいたくて…こうして想いを告げ…」
「待ってくれ!!」
「?」
焦った声のヴァル様に私は首を傾げます。
「私に君以外の想い人?一体何の話をして…、いやその前に、だ。
アニー嬢。いや、アニー、私は学園で君に出会ったときからずっと君だけを想っていた。
私の想い人は君だ。アニー」
「……」
驚きすぎて言葉も出ないとはこのことでしょうか?
涙もすっかり止まってしまいました。
「え、ちょっ、ちょっと待ってください!
ヴァル様は私ではなくマルティ様の事がお好きなんですよね?」
「違う!私が好きなのは君だ!アニー!
母上も父上も私が好ましいと思っている女性を妻に迎えるように言っていただいている!
だからこそ君への気持ちを正直に両親に話し、君の家にだいぶ前から縁談の申し込みをさせていただいていた!」
どうしよう…とても嬉しい。
私の事を好きだと…しかも学園時代からということも勿論嬉しいですが
あの縁談はヴァル様からだという事がとても、とてつもなく嬉しくて、涙がこみ上げてきました。
それでもボロボロと零れ落ちる程ではない涙の量だったのでよかったです。
私の両腕…いえ、両肩をヴァル様の大きな手で包み込まれてるため目尻に溜まってしまっている涙を拭えることができませんから。
集まる熱に恐らく顔が赤くなっているのを感じます。
でも目の前のヴァル様もとても赤くなっているから一緒ですね。
でも
「…あの、だいぶ前…ですか?
私、お父様に告げられてから一月も経っていませんが…」
いえ、その前にそのような手紙見た覚えもありませんでした。
お母さまが亡くなって、新しくきたお義母様に”提案”され侯爵邸を管理をするようになったのが二年半前。
それまでは、悲しみに暮れていましたから。
そして執事長に頼まれ、お父様の”仕事状況を確認する”ようになったのが一年ほど前です。
だからもし私がなにもしていなかったあの頃に手紙が来ていたら、お父様以外気付いた者はいなかったでしょう。
貴族同士の婚約となると、相手方の家柄や人柄や、経済状況などの確認の為調査を依頼することは聞いたことがありますが。
それでも帳簿を見る限り、そういったお金は動いた形跡がありませんでした。
「あの…縁談の申し込みをされたのはいつ頃でしょうか?」
「……約一年ほど前だ」
となると私がちょうど、お父様の仕事状況の確認を行うようになった頃ですね。
まだ至らぬ点があったことは事実ですが、他家にもご迷惑をかけてしまい、心苦しく思います。
私がもっと役に立つ人であれば…
「ヴァル様…申し訳ございませんでした」
「あ、アニー?そ、それはいったいどういう…」
真っ赤だったヴァル様のお顔が一気に白くなっていきます。
「せっかく頂いた縁談への返答の期間です。私が至らぬばかりにお返事が随分遅くなってしまいました」
「……それはいったいどういう事だ?
確かに私はアニーに向けて縁談を申し込んだ。だが貴族同士の縁談は家同士で行う。
つまり私が申し込んだといっても、実際に手紙を送ったのは公爵である私の父であり、送り先は侯爵…アニーの父親にだ。
君が謝る必要性はどこにもない」
「いいえ。それは違います。
私は一年ほど前から父の仕事を確認…いえ、お手伝いをしてきました。
それなのにヴァル様からの手紙に気付かなかった事は私の怠慢だと思っております」
申し訳ございませんともう一度頭を下げようとすると、おでこに手を当てられて止められてしまいました。
「君が優秀なのは学園のころからわかっている。
未成年である君に仕事を手伝わせていたことは遺憾だが、それでもやはり君には謝る理由がない」
「ヴァル様…」
「この件については少し調べたいことがあるから時間をくれ」
この件がどのことなのかはわからないですが、真剣なヴァル様に私は頷きました。
「さて、だいぶ話が逸れてしまったが…、もう誤解はないだろうか?」
「誤解?」
首を傾げると顔を両手で包み込むように持ち上げられました。
「私が好きなのはマルティではなく、君だという事だ」
再度の告白に私は収まっていた胸の鼓動がまた激しくなります。
ヴァル様から至近距離でそのように告げられて、私の顔も熱くなっていきますが、ヴァル様も負けずに赤くて思わず笑ってしまいました。
「む…何故笑う?」
唇を尖らせるヴァル様は少年のようでどこか可愛らしいです。
思い出してみると最初の食堂でマルティ様を紹介された時以外、ヴァル様とマルティ様が一緒にいるところはみていませんでした。
私もセバスチャンから教育を受けるためにマルティ様とは同じ時間を過ごしていませんでしたので、公爵夫人がマルティ様と主に一緒にいました。
相思相愛ならばもっとお互いの時間を作ってもいいはずなのに、ヴァル様はいつも私に時間を割いてくれていました。
(誤解していたのは私の方だったのね…)
今日町へと出かける私をにこやかに見送ったミーラを思い出します。
やっと私は、私の事を心配してくれていたミーラが私に着いて来ず見送った理由がわかりました。
ミーラはとっくに気付いていたのです。
ミーラが私に言わなかったのは、きっと私が自分自身で気付かないといけないことだと思ったからでしょう。
じゃないと私は心のどこかでヴァル様と、そしてミーラの事を疑っていたに違いありません。
ミーラが私の事を思ってくれていて、本当に良かった。
そしてミーラが優れていて、本当に良かった。
ミーラが私と同じ誤解をずっと持ったままなら、今頃私はヴァル様への恋心に胸を痛めていました。
だから、ちゃんと私が誤解していないことをヴァル様に伝えます。
今も両頬を包み込まれている私はお返しとばかりにヴァル様の両頬に手を添えます。
「わかっています!
私がヴァル様を好きなくらい、ヴァル様も私を好きだという事!」
へへっと笑うとヴァル様はとてもいい笑顔をしました。
そして目をゆっくりと閉じて、もともと近かった顔をさらに近づけてきます。
(こ、これは!き、ききききキスというやつですか!?)
婚約しているとはいえ受入れてもいいのでしょうか!?
あ、というか私鼻息荒くないですか!?大丈夫ですか?!
あとあと!顔はこのままでいいのでしょうか!?斜めに傾けた方がいいとかありますか!?
あとあとあとあと!息を止めて待ってた方がいいのですか!?
教えてミーラ!!!!
平民となんら変わらない服に身を包んだ私は、麦わら帽子を被りながら横を歩くヴァル様を見上げました
公爵家に来て数日後、私はセバスチャンにいつも通り指導してもらいに行くところでした。
廊下で会ったメイドの子に「今日はセバスチャン様は休暇を取ってますので!あ、あと着替えたらそのまま部屋で待っていてくださいと言ってました!」と伝えられながら洋服を手渡され私は、首を傾げながらもミーラと共に部屋に戻ります。
よくわからなかったですが、手渡された以上好意を無碍にすることは出来ないので、私は素直に着替えました。
折角ミーラに選んでもらったのですが、脱いでしまってごめんねと伝えると笑って許してくれました。
それにしてもこの数日で随分この部屋も変わりました。
毎日のようにヴァル様がやってきて、素敵な花をプレゼントしてくれるのです。
最初はバラでした。真っ赤なバラを数えきれないほど沢山花束いっぱいにもってきてくれました。
花を贈られたことは初めてだったのでとても嬉しかったです。
その花は今でもテーブルの上や窓際に生けてあります。
それからは髪留めに使うリボンや見てわかるほどの高級菓子、ピアス_耳に穴が開いていない私の為にミーラがイヤリングにしてくれました_ネックレス、履き心地のいい靴に綺麗なドレス…。
そんな沢山のプレゼントを渡されて、さすがに求愛されているかのような感覚に陥ってしまったことを思い出します。
綺麗なバラに自然と頬が緩んでしまいますが、指示通り部屋で待機しているとヴァル様がお部屋にやってきました。
「き、今日はなにか予定があるか?」
セバスチャンに指導してもらえなくなった私には特にこれといって予定はないのでその通り伝えました。
「で、では今日は、…わ、私と共に町に出かけないか?」
「え?でも、ヴァル様のお仕事のお邪魔になってしまうのでは…?
それにマル…「お嬢様!」
私がヴァル様と話すときには離れた場所に控えているミーラが私の口を手で覆いました。
一体どうやって…いつ移動したのでしょう。素早すぎます。
『お嬢様!ここは受け入れるべきです!』
『え、でもマルティ様に誤解されるのでは…?』
『令息様が誘っているのはマルティ様ではなくお嬢様ですよ!
断らずに、受け入れてください!』
『え、ええ、わかったわ…』
『あとマルティ様の事は禁句!シー!です!』
どうして禁句なのかしら?と思いつつもこそこそとミーラと話した後、向き直った私にヴァル様は言いました。
「今日は休みなんだ…、それで是非君と…その…」
「先程は申し訳ございません。
私なんかでよければ是非ヴァル様とご一緒させていただきたいと思います」
「本当か!?では行……、支度はまだかかるか?」
ちらりとミーラを伺くヴァル様に、ミーラはフルフルと首を振ります。
「いえ、先程終わりました。
お嬢様をよろしくお願いします」
「そうか、では行こうか」
「え、あ、はい…」
(ミーラはついてきてくれないの?)とちらりとミーラを見るけれど、ミーラはにこやかに笑うだけでした。
そしてヴァル様と私は、何故か二人きりで町にいます。
(公爵家の長男なのに護衛とかいらないのかしら?)と疑問には思いますが、周りを見ると騎士の方がちらほらと見回りしているので大丈夫…なんでしょう。
それにしても
「凄い人混みですね…」
「アニー……嬢は知らないのか。今日はマライデーなんだ」
マライデーとは、昔平民の魔法使いに立場を脅かされると恐れた貴族が、平民の魔法使いを処刑するという行為を行っていました。
そんな貴族の行為を同じ貴族が咎めた事があったのです。
止めようとした貴族はかなりの力を持っていましたが、抵抗する貴族もそれなりに力が強く、被害規模が広がり、国の中で内戦が起きようとしていました。
そこで、マライという名の貴族は当時見下していたはずの平民と共に手を組み、愚かな貴族の行動を止めることが出来たのです。
貴族と平民の差を見直すきっかけにもなったこの日をマライという名の貴族にちなんで、マライデーと呼ばれるようになりました。
だけど悲しいことに、貴族に処刑された平民の魔法使いの人数が多く、その為平民の魔法使いは身を潜め、元々数が少なかった貴族の魔法使いは今では見かけることもなくなってしまったのです。
この事からお母様が私に魔法を使えることを知られてはいけないといったのではないかと思っています。
ただでさえ見かけることがなくなってしまった魔法使い。
それも貴族とあれば、かなりの影響力がありますから。
だから私が魔法を使えることは亡くなってしまったお母様以外、誰もいません。
「…マライデーなら知っています。ですが、その日がこんなに賑わうのは知りませんでした」
「そうか、なら初めての経験ということだな」
「そうですね」
ヴァル様の言葉に同意すると、徐々にヴァル様の顔が赤くなっていきます。
「…っ」
「ヴァル様?どうかしました?」
「…いや、アニー嬢の初めての体験を私が…と意識したら恥ずかしくなってしまった」
「!」
恥ずかしそうに、そして嬉しそうなヴァル様の表情と言葉に私はドキと胸が高まってしまいます。
………ああ、もう。
なんでこの人はこんな思わせぶりな言動ばかりするのでしょうか…。
学園に通っていた頃のヴァル様はクールだと聞いていただけに、こんなにかわいらしいとは知りませんでした。
「あの…そんなに深く考えないでいただけますか?
…ご、誤解されてしまいます……」
「誤解?一体誰に?」
「誰に…?」
本当にわかっていないのでしょうか?
困った子犬…いえ、大型犬のような眼差しで私を眺めるヴァル様に私も首を傾げます。
「……すまない。君が婚約者として来てくれただけで私は今もはしゃいでしまっている。
その所為で少し回りが見えていないところがでてきている……かもしれない。
だから、君が考えていることを教えてくれないか?
君との間に少しのわだかまりも生まれて欲しくないんだ」
「はい……」
場所を移動しようと提案され、連れていかれた場所は大通りから少し離れたところにある小さな公園でした。
いつもは小さな子供たちで賑わっているような公園は今は、お祭りの影響で人がほとんどいませんでした。
婚約者とはいえ、あって数日の男性の方と密室に二人きりというのもどうかと思いますし。
ヴァル様が気を使ってくれたのでしょう。ありがとうございます。
「それで、君の思っていることを教えて欲しい」
「あの…」
「といっても具体的に何を言っていいのか戸惑うよな…。話をしたいといったのは私の方だし…。
わかった。私から話そう」
「は、はい!」
真剣なヴァル様の眼差しに私の背筋がいつも以上にまっすぐ伸びてしまいます。
わわわわわ。どうしましょう。
他の小説にあった”契約結婚”とか切り出されてしまうのでしょうか?
「私は君の事を愛することはない」とかなんとかいわれてしまうのでしょうか?
(目の前の真剣なヴァル様の口から直接…)
そこまで考えると、胸にずきりとした痛みが走りました。
短い間でしたが、ヴァル様は公爵家に来た私に常に気を使ってくださいました。
後継者として忙しい身であるのに、私を見かけると駆け寄り、短くても言葉を交わしてくださいました。
食事の量もいまだになれることが出来ず、食べきれない私がシェフに申し訳なさそうにしていることに気付き、私が食べきれる量に変えてくださいました。
私が無理をしていないかセバスチャンや、ミーラ、世話をしていただくメイド達にいつも尋ねてくださっていました。
私に掛ける言葉も、私の事を考えてくださると感じられる、本当に優しい言葉。
私に向けてくださる表情も、冷たさや厳しさはなく、思わずかわいいと思ってしまう表情や、私自身が恥ずかしくなってしまう表情で。
でも私はそれが嫌なのではなくて、
とても嬉しくて
もっと向けてもらいたくて
そんなヴァル様から「愛することはない」と言われてしまうと考えるだけで…
私は、………ズキズキと胸が痛くて張り裂けそうです。
そこまで考えたところで、私は遂に自覚しました。
「あ、アニー…?どうした?」
「私、私…」
涙が頬を伝って、ヴァル様も私がいきなり泣き出してしまうので動揺してしまっています。
ああ、本当に困らせてしまってごめんなさい。
でも、貴方から告げられる前に言わせてください。
「ヴァル様…、私、私ヴァル様の事が好きです…!」
「!」
「私、…は、ヴァル様になにも望みません。安心してください。
ヴァル様に他に想い人がいることは私もわかっています。
ですが、私がヴァル様を好きなことは知っててもらいたくて…こうして想いを告げ…」
「待ってくれ!!」
「?」
焦った声のヴァル様に私は首を傾げます。
「私に君以外の想い人?一体何の話をして…、いやその前に、だ。
アニー嬢。いや、アニー、私は学園で君に出会ったときからずっと君だけを想っていた。
私の想い人は君だ。アニー」
「……」
驚きすぎて言葉も出ないとはこのことでしょうか?
涙もすっかり止まってしまいました。
「え、ちょっ、ちょっと待ってください!
ヴァル様は私ではなくマルティ様の事がお好きなんですよね?」
「違う!私が好きなのは君だ!アニー!
母上も父上も私が好ましいと思っている女性を妻に迎えるように言っていただいている!
だからこそ君への気持ちを正直に両親に話し、君の家にだいぶ前から縁談の申し込みをさせていただいていた!」
どうしよう…とても嬉しい。
私の事を好きだと…しかも学園時代からということも勿論嬉しいですが
あの縁談はヴァル様からだという事がとても、とてつもなく嬉しくて、涙がこみ上げてきました。
それでもボロボロと零れ落ちる程ではない涙の量だったのでよかったです。
私の両腕…いえ、両肩をヴァル様の大きな手で包み込まれてるため目尻に溜まってしまっている涙を拭えることができませんから。
集まる熱に恐らく顔が赤くなっているのを感じます。
でも目の前のヴァル様もとても赤くなっているから一緒ですね。
でも
「…あの、だいぶ前…ですか?
私、お父様に告げられてから一月も経っていませんが…」
いえ、その前にそのような手紙見た覚えもありませんでした。
お母さまが亡くなって、新しくきたお義母様に”提案”され侯爵邸を管理をするようになったのが二年半前。
それまでは、悲しみに暮れていましたから。
そして執事長に頼まれ、お父様の”仕事状況を確認する”ようになったのが一年ほど前です。
だからもし私がなにもしていなかったあの頃に手紙が来ていたら、お父様以外気付いた者はいなかったでしょう。
貴族同士の婚約となると、相手方の家柄や人柄や、経済状況などの確認の為調査を依頼することは聞いたことがありますが。
それでも帳簿を見る限り、そういったお金は動いた形跡がありませんでした。
「あの…縁談の申し込みをされたのはいつ頃でしょうか?」
「……約一年ほど前だ」
となると私がちょうど、お父様の仕事状況の確認を行うようになった頃ですね。
まだ至らぬ点があったことは事実ですが、他家にもご迷惑をかけてしまい、心苦しく思います。
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「ヴァル様…申し訳ございませんでした」
「あ、アニー?そ、それはいったいどういう…」
真っ赤だったヴァル様のお顔が一気に白くなっていきます。
「せっかく頂いた縁談への返答の期間です。私が至らぬばかりにお返事が随分遅くなってしまいました」
「……それはいったいどういう事だ?
確かに私はアニーに向けて縁談を申し込んだ。だが貴族同士の縁談は家同士で行う。
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「いいえ。それは違います。
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それなのにヴァル様からの手紙に気付かなかった事は私の怠慢だと思っております」
申し訳ございませんともう一度頭を下げようとすると、おでこに手を当てられて止められてしまいました。
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「ヴァル様…」
「この件については少し調べたいことがあるから時間をくれ」
この件がどのことなのかはわからないですが、真剣なヴァル様に私は頷きました。
「さて、だいぶ話が逸れてしまったが…、もう誤解はないだろうか?」
「誤解?」
首を傾げると顔を両手で包み込むように持ち上げられました。
「私が好きなのはマルティではなく、君だという事だ」
再度の告白に私は収まっていた胸の鼓動がまた激しくなります。
ヴァル様から至近距離でそのように告げられて、私の顔も熱くなっていきますが、ヴァル様も負けずに赤くて思わず笑ってしまいました。
「む…何故笑う?」
唇を尖らせるヴァル様は少年のようでどこか可愛らしいです。
思い出してみると最初の食堂でマルティ様を紹介された時以外、ヴァル様とマルティ様が一緒にいるところはみていませんでした。
私もセバスチャンから教育を受けるためにマルティ様とは同じ時間を過ごしていませんでしたので、公爵夫人がマルティ様と主に一緒にいました。
相思相愛ならばもっとお互いの時間を作ってもいいはずなのに、ヴァル様はいつも私に時間を割いてくれていました。
(誤解していたのは私の方だったのね…)
今日町へと出かける私をにこやかに見送ったミーラを思い出します。
やっと私は、私の事を心配してくれていたミーラが私に着いて来ず見送った理由がわかりました。
ミーラはとっくに気付いていたのです。
ミーラが私に言わなかったのは、きっと私が自分自身で気付かないといけないことだと思ったからでしょう。
じゃないと私は心のどこかでヴァル様と、そしてミーラの事を疑っていたに違いありません。
ミーラが私の事を思ってくれていて、本当に良かった。
そしてミーラが優れていて、本当に良かった。
ミーラが私と同じ誤解をずっと持ったままなら、今頃私はヴァル様への恋心に胸を痛めていました。
だから、ちゃんと私が誤解していないことをヴァル様に伝えます。
今も両頬を包み込まれている私はお返しとばかりにヴァル様の両頬に手を添えます。
「わかっています!
私がヴァル様を好きなくらい、ヴァル様も私を好きだという事!」
へへっと笑うとヴァル様はとてもいい笑顔をしました。
そして目をゆっくりと閉じて、もともと近かった顔をさらに近づけてきます。
(こ、これは!き、ききききキスというやつですか!?)
婚約しているとはいえ受入れてもいいのでしょうか!?
あ、というか私鼻息荒くないですか!?大丈夫ですか?!
あとあと!顔はこのままでいいのでしょうか!?斜めに傾けた方がいいとかありますか!?
あとあとあとあと!息を止めて待ってた方がいいのですか!?
教えてミーラ!!!!
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異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
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