悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
122 / 194
学園編 18歳

116 恋の痛みを零しましょう

しおりを挟む
 エリーナはローゼンディアナ家の馬車でオランドール公爵家へと向かい、駆け込んだ。誰が見ても泣いたと分かる顔で、顔なじみの侍女は目を丸くしてエリーナをサロンに案内し、心休まるハーブティーを淹れてくれた。もう一人がベロニカを呼びに行っている。

 香りを胸いっぱいに吸い込み、温かなお茶が喉を通れば硬くなっていた心が少しほぐれた。ふと窓の外に視線を向ければ、日は暮れ遠い空がうっすら赤さを残していた。その赤さがクリスの髪色を思い起こさせ、エリーナは苦し気に眉根を寄せる。

(ひどいことを言ってしまったわ……でも、今は一緒にいたくない)

 すこし冷静さが戻ってくると、すぐに後悔が押し寄せてきたが今は帰りたくない。それは、エリーナの意地でもあった。

 そしてほどなく、廊下に人気がしてベロニカとリズが入って来た。リズはオランドール公爵家で引き続き行儀見習いをしており、卒業後もここで働くことが決まっている。二人は傷心したエリーナの表情を見るなり目を見開き、ベロニカはエリーナの向かいに、リズは隣に座った。いつもの位置であり、それだけでエリーナは落ち着く。
 侍女が二人のハーブティーを淹れ、一礼して出て行った。気を遣ってくれたのだろう。珍しく二人は戸惑った表情をしており、ベロニカが心配そうな顔で口を開いた。

「エリーナ、何があったの?」

 リズも心配そうに眉尻を下げて、じっとエリーナの顔を見ている。エリーナはその優しい言葉に、堪えきれずに再び涙をこぼす。

「エリーナ様!?」

 突然泣き出したエリーナに、リズはあたふたとしてハンカチで涙を拭うとぎゅっと抱き着いた。優しさが体温を通して伝わってくる。

「泣くなら泣いてしまいなさい。こういう時は、一度出し切ったほうがすっきりするわ」

 その言葉が引き金になって、エリーナは声をあげて泣き出した。ベロニカがエリーナの隣に座って、その頭を撫でる。それがさらにエリーナの涙をあふれさせる。ただ感情に流されるままに泣いた。この世に生まれ落ちた赤子のように、恋の痛みに、苦しみに涙を流す。二人の温かさに、エリーナの砕けた心は少しずつ戻っていく。
 そしてやっとエリーナが鼻をすするくらいまで落ち着いたところで、ベロニカが優しく話を促した。

「それで、どうしたのよ」

 エリーナはカフェでの一件を思い出し、辛そうに眉根を寄せるがぽつぽつと話し出した。クリスに結婚相手について訊かれ胸が痛んだこと、クリスが家を出て行く準備をしていること、ラウルを結婚相手に勧められ傷つき、クリスにひどい言葉をぶつけてしまったこと。二人は相槌を打ちながら静かに話を聞き、リズは途中から鼻をすすってもらい泣きをしていた。
 そして話が一区切りし、エリーナがハーブティーに手を伸ばしたところでベロニカが口を開いた。

「ひとまず、クリスさんに二三発ビンタをしないと気が済まないわね」

「そうですよ。エリーナ様を泣かせて、ただじゃ済まさないんですから!」

 憤りを露わにする二人に、エリーナは少し表情が和らいだ。二人が味方してくれることが、これほど心強いとは思わなかった。

「帰りたくなかったら、ずっとここにいればいいわ」

「そうです。クリス様が来ても追い払ってあげますから!」

 エリーナはくすりと笑うと、静かに首を横に振った。さんざん泣いて、起こったことを話せば思い知ったのだ。

「私、クリスが好きなの。傷ついても、側にいたいと思ってしまうのよ」

 どんなに悲しくても、辛くてもクリスの顔が浮かんでしまう。

「ほんと、やっと気づいたのね。辛いけど、どうにもならないでしょう?」

「エリーナ様が成長されて嬉しいです」

 諦めたような、それでいて少し困ったような表情のベロニカは自分自身もその想いを抱いたことがあるからこその言葉だ。そしてリズはキラキラと目を輝かせ、エリーナの手を握っていた。
 エリーナは照れた表情をベロニカに向け、そして反対のリズにはむっとした表情を向けた。

「化石のリズには言われたくないわ」

 彼氏は二次元、推しにときめけど現実の男にはときめかないのだ。

「え~! エリーナ様ひどい!」

 そして少し間があったあと、三人は笑い合う。エリーナの顔に笑顔が戻り、二人は安心して表情をやわらげた。クリス許すまじの思いは揺るがないが……。

「じゃぁ、これからどうするの? クリスさんに想いを伝えたいと思ってる?」

「……まだ、勇気がでないです。断られるのが怖くて、一歩踏みだしてしまえば後戻りできないと思うと……。家族に、戻れないのが怖いんです」

 エリーナは自分でも臆病だなと思う。だが、その想いを持っていたはずの彼らに好意を伝えられたことが、エリーナを後押ししていた。

「そうね。でも、一歩踏み出さなければ何も変わらないわ」

 ベロニカの言葉には重みがあり、隣で「その通り」と頷いているリズより何倍も頼りになる。もちろんリズもエリーナの支えにはなっているが……。

「はい……だから、まずはラウル先生に会って断ろうと思います」

「どうして? クリスさんが駄目だった時のために、残しておこうとは思わないの?」

 少し意地悪な言い方だが、恋は時に打算的でもある。特に結婚という大切なものが関わればなおさらだ。

「それは……クリスに断られたから、ラウル先生のところにいくのはずるいと思って……。それに、先生を騙しているみたいで嫌です」

「エリーナ様って、いい人ですね。そんなエリーナ様だから、みんなが好きになったんだと思いますよ」

 リズはしみじみと得意顔で頷く。どことなく上から目線なのが気になって、エリーナはリズのわき腹を突いた。

「ひゃぁ!」

 くすぐったがりのリズは飛び上がって奇声を上げる。そしてそれを見た二人がくすくすと笑うところまでが、いつもの流れだ。

「エリーナ。ラウル先生にも、クリスさんにも胸を張って自分の気持ちを伝えてきなさい。ダメだったら慰めてあげるわ。なんならうちの兄と結婚して、家族になればいいのよ」

 それはあきらかに、クリスに対する嫌がらせだ。

「はい!」

 エリーナはふっきれた笑みを浮かべ、「ありがとうございました」と軽く頭を下げたのだった。そして夕食の前に侍女たちに湯あみを案内され、エリーナはサロンを後にする。泣いた後の目は腫れやすいため、入念に手入れをするようにとベロニカから指示が飛んでいた。



 サロンに残った二人は静けさの中で目を合わす。そこには明確なクリスに対する怒りが潜んでいた。

「事が全て終わったら、乗り込みに行くわよ」

「もちろんです。エリーナ様に想われていることにさっさと気づいて、くっつけって感じですよね」

 二人の中でクリスがエリーナのことを想っているのは暗黙の了解なので、それが前提で話が進む。エリーナがクリスの想いに気づけないのは、幼少期から過剰な愛を注がれていたことと、本人の恋愛レベルの低さのせいだと結論づけていた。
 だがベロニカは少し表情を翳らして、そうねと零す。

「でも、クリスさんは分からないところが多いわ……エリーナのことを想っているわりには、本人に伝える気がなさそうだし、選ばれる気もなさそうなのよね」

「あ~。それは思いました。なんか、一線引いているというか、近くで見ているだけなんですよね」

 リズはふと、クリスに対する疑惑を思い出した。慣れ親しんだため忘れていたが、彼は本来ゲームの中に登場しないキャラだったのだ。

(でも、転生者でもなかったし……サポートキャラでいいのよね。それともバグ?)

 答えが出るはずもなく、リズは考えてもしかたがないと頭の隅に追いやった。

 そして湯あみを終えたエリーナは申し訳なく思いながらベロニカの家族たちと夕食を一緒にし、夜遅くまで三人でおしゃべりに花を咲かせた。「女子のお泊り会って感じですね」とリズが零したのをきっかけに、三人で同じベッドで寝ることになった。さすがベロニカのベッドは三人が寝ても余裕なぐらい広く、ベロニカは「うるさくしたら蹴り落とすわよ」と鋭い声を飛ばしていたが顔は緩んでいた。
 親友に挟まれたエリーナは、幸せが溢れてうふふと笑う。

「ベロニカ様、リズ。二人に会えて、本当によかったです」

「あら、嬉しいこと言うじゃない。もっと感謝しなさい」

「私も幸せです!」

 素直じゃないベロニカに、嬉しさを包み隠さないリズ。誰からともなく手をつなぎ、三人は仲良く眠りについた。エリーナは暖かさに包まれて、幸せを実感したのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

悪役令嬢が睨んでくるので、理由を聞いてみた

ちくわ食べます
恋愛
転生したのは馴染みのない乙女ゲームの世界だった。  シナリオは分からず、登場人物もうろ覚え、タイトルなんて覚えてすらいない。 そんな世界でモブ男『トリスタン』として暮らす主人公。 恋愛至上主義な学園で大人しく、モブらしく、学園生活を送っていたはずなのに、なぜか悪役令嬢から睨まれていて。 気になったトリスタンは、悪役令嬢のセリスに理由を聞いてみることにした。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...