悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 18歳

119 自分の想いを伝えましょう

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 エリーナは玄関の前で大きく深呼吸をした。自分の家に帰ってきただけなのに、とても緊張する。そして意を決してそっと玄関を開けて、体を滑りこませた。勝手にベロニカの家に泊ってきたので、少し後ろめたいのだ。
 玄関の掃除をしていた侍女が気づいて挨拶をしてくれ、すぐにサリーを呼びに行った。残った侍女にクリスのことを聞けば、クリスは夜に帰って来て気落ちした様子だったという。さすがに使用人たちも二人が喧嘩したことは察しており、気づかわし気な視線を向けられた。

「お嬢様、おかえりなさいませ」

 すぐにサリーが出てきて、ほっとした表情をした。

「ただいま。急に泊ってきてごめんね」

「いえ、問題ありませんよ。クリス様は執務室にいらっしゃいますが、着替えてからお会いになりますか」

 サリーの様子を見るに、クリスはそれほど怒っていないようだが気は重い。

「……そうするわ」

「かしこまりました」

 謝るなら早い方がいい。エリーナは気楽なワンピースドレスに着替えると、サリーに連れられて書斎に向かう。書斎に近づくにつれて心臓の鼓動が早くなっていった。

(まずは謝って、それから……)

 エリーナは頭で段取りを立てるが、上手くまとまらない。考えがまとまらないまま、サリーが書斎のドアをノックして開けた。

「クリス様、エリーナ様がお戻りになりました」

 サリーが開いたドアから顔を覗かせれば、クリスは書類から顔を上げて目を見開いていた。

「エリー……おかえり」

 距離を取りかねているようで、少しよそよそしい。サリーがお茶の準備を始めたため、二人は応接用のソファーに座って向かい合う。そしてサリーがお茶を淹れて出て行ったので、エリーナはぐっと拳を握ってクリスの顔を正面から見た。不安そうな表情を浮かべているクリスは、あまり寝ていないのか疲労が顔に滲んでいる。

「あの、クリス……その、昨日はごめんなさい。言い過ぎたわ」

 正直な謝罪の気持ちを口にすれば、クリスは辛そうに眉間を寄せて首を横に振った。

「悪いのは僕のほうだよ……エリーの気持ちを勝手に決めて、選択を押し付けた。戻ってきてくれて、ありがとう」

 その今にも泣きだしそうな顔を見れば、どれだけクリスを不安にさせたかがわかった。家族に対する親愛でも、想われていることが嬉しくてエリーナは肩に入った力が抜けていく。

「もちろんよ、だって私の帰る場所はここだもの」

 クリスを含めたローゼンディアナ家がエリーナの居場所だ。クリスはそこでやっと表情を和らげて、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に胸が高鳴り、嬉しくなる。二人の空気がいつもと同じ温かなものに戻り、紅茶を飲んで一息ついた。カップを戻したクリスが遠慮がちに話を切り出してくる。

「ねぇエリー……それで、婚約について迷っているなら相談にのるけど……」

 一人で決められるわけがないと言ったからだろう。クリスは踏み込んでいいのか迷いを浮かべながら、エリーナの反応を待っていた。だがクリスの心配をよそに、エリーナはあえて軽い口調で返す。

「そのことなんだけど、さっきラウル先生の申し出を断ってきたわ」

「え!? なんで?」

 クリスは驚きのあまり、遠慮が吹き飛んだ。どうやらエリーナがラウルを断るのは想定外だったらしい。

「なんでって……先生とは結婚しないからよ」

「でも、エリーは先生のことを慕ってたよね。え、まさかシルヴィオ殿下を?」

「違うわよ。クリス、落ち着いて」

 エリーナは混乱するクリスに呆れた顔を向ける。

(クリス、私がラウル先生と結婚すると思ってたのね。だから、昨日あんなふうに言ったんだ……)

 エリーナはカップを机に戻して、言葉を続けた。

「私、クリスにローゼンディアナ家を継いでほしいと思ってるの。私にとってこの家はクリスがいて当然の場所だから」

「エリー……」

 クリスは感動したようにじっとエリーナを見つめ、目元を和ませた。

「わかった。この家を正式に継ぐ方向で話を進めるよ」

 そしてエリーナは自分の正直な気持ちを話す。

「それに、人生ってどうなるか分からないじゃない。だから、焦って婚約しなくてもいいと思うの」

 せめて卒業後のストーリーに区切りがつくまでは、今のままでいたい。ゲームが終わった時、次の悪役令嬢が始まるかもしれないし、この世界に残れるかもしれない。

(この世界に……クリスの側にいたいけど、それは欲よね)

 今、こうやって自由にこの世界を生きているのは奇跡なのだ。リズの言葉を信じるならご褒美である。だから、いつか元の悪役令嬢に戻ることも覚悟しなければいけない。

「エリー……確かに人生はどうなるか分からないけど、僕はずっとエリーを支えるよ。必ずすぐそばにいる」

 その優しい言葉だけで、心は満たされる。

「ありがと、クリス。じゃぁ、私は部屋に戻るわね。お仕事の邪魔をしちゃ悪いし」

 そう言って腰を浮かせたエリーナに、クリスが慌てて声を出す。

「あ、あのさ。エリーはこれからも、ここにいたいと思ってるの?」

 エリーナは立ち上がり、目を瞬かせた。そして半ば反射的に頷く。

「そうよ」

「そう……わかった。じゃぁ、またあとで」

「えぇ」

 エリーナは気がかりなことがなくなって心が軽くなったので、機嫌よく書斎を後にする。なんだか無性にプリンが食べたくなってきた。エリーナは廊下で待っていたサリーを上目遣いでじっと見つめる。

「ねぇサリー。私、アークのプリンが食べたいわ」

「かしこまりました」

 そうサリーは答えたものの、呆れたように溜息をついている。

「お嬢様はいつになったら、プリンよりも殿方のことを考えてくれるようになるのでしょう」

「失礼ね、私だって考えることぐらいあるわよ」

「あら……そうなのですか。それはよいことで……楽しみにしておりますね」

 ニマニマと面白そうな笑みを浮かべているサリーを見て、うっかり口を滑らせたと、エリーナは顔を青ざめさせた。サリーとクリスは結託しているのだ、男のことを考えているなどクリスに知られたくない。エリーナはひしっとサリーの腕を掴んで訴えかける。

「サ、サリー? お願いだからクリスには言わないでね」

 するとサリーはますますおもしろそうに口角を上げ、悪役令嬢の取り巻きのようなからかいの笑みを浮かべる。

「あらまぁ、クリス様には知られたくないんですね」

 この時点ですでにつんだ気がする。サリーは恋愛経験がほとんどないはずなのに、鋭すぎるとエリーナは恐ろしくなる。これがロマンス小説から正しく学んだ結果だろうか。

「別にクリスのことがどうっていうことじゃないのよ!?」

「あらあら、私はクリス様のこととは言っておりませんよ」

 完全にサリーの手のひらの上で転がされている。

「お、お願いよ。今度、サリーが好きなイケメンマッチョが出てくる小説買ってくるから!」

「ほう。それは致し方ありませんね。このことは私の胸の内に秘めておきましょう」

 そしてエリーナの部屋についたため、サリーはそう言い残してプリンを買いに行った。帰ってきたら根掘り葉掘り聞かれるに違いないと、エリーナは今から憂鬱になるのだった。
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