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アスタリア王国編
143 庭園で悩みをこぼしましょう
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寝付けなかったのに、ふと目が覚めてしまった。重い瞼を持ち上げて外に視線を向ければ、案の定薄暗い。夜が明けた頃だろう。前にも同じことがあったわねと思い出し、エリーナは体を起こした。どうせ寝られないのだから、潔く庭園に出ることにする。今度はバレない様に部屋着の裾を少したくし上げ、外套も下につかないものを選んだ。
外に出れば朝の凛とした空気がエリーナの肺を満たし、吐く息は白い。前に通った細い小道を進む。答えの出ない悩みを振り払いたくて、エリーナは景色を眺めながら歩いた。一度頭を空っぽにして、楽になりたい。
小道を抜けると小さな庭に出て、そこに人影があることに安心する。心のどこかで期待していた自分に気づき、エリーナは苦笑した。
「あ、ラルフレアの侍女。今日も早いな」
「おはようございます。マルクさん」
マルクはベンチに座って朝食を食べていたようで、二つの棒を器用に使って野菜を口に運んでいた。籐の箱の中に食べ物が入っているらしい。
「変わった食器ですね。マルクさんの国のものですか?」
近隣の三か国はスプーンとフォーク、ナイフを使っている。その質問にマルクは軽くその棒を上げて、ニッと歯を見せて笑った。
「そう、俺の故郷の文化でさ。挟んでよし、刺してよしの優れものだ。ま、刺すのはマナーが悪いけどよ。ほら、そんなとこに立ってないで、こっちに座れ」
マルクは手招きをして、自分の隣を叩いた。エリーナは一瞬迷い、断るのも無礼かと思って距離をあけて座る。ちらりと箱の中を見れば、彩のいい野菜と焼き魚が入っており、半分は米が詰まっていた。見たことのない食べ方である。これがお弁当であることはわかったが、ラルフレアではパンやサンドイッチとスープが一般的だった。
「んで? また辛気臭い顔をして、どうしたんだよ。何か仕事で失敗でもしたか?」
彼は魚をほおばりつつ、軽い口調でそう訊いてきた。その気兼ねの無さが今はありがたく、エリーナは肩の力を抜く。今や誰もがエリーナのことを知っているため、マルクのような知られていない相手は気が楽なのだ。
「そうじゃないのだけど、ちょっと悩んでいて」
丁寧な言葉遣いはやめ、等身大で話す。見知らぬ人だからこそ話しやすい。
「へぇ、じゃ、人生経験豊富な俺が聞いてやるよ」
若く見えるのにそんなことを言うマルクがおかしくて、エリーナは口に手を当てて笑う。
「なら、聞いてもらおうかしら……。私、今が幸せ過ぎて、この幸せがいつかなくなるんじゃないかと思うと怖いの」
「へぇ、幸せなのはいいことじゃねぇか」
マルクは食べながら頷く。
「そうだけど……明日消えるかもしれないと思うと、毎日が不安で……」
マルクはじっとエリーナの目を見つめ、う~んと唸った。
「そんな美人なんだから、悩んだ顔するのがもったいないって。先の事が分からないのはみんな一緒だし、来た時に考えればいいじゃん。それまでは、後悔のないように全力で生きろよ」
マルクは大きな口を開けて、野菜を放り込む。豪快な食べ方は見ているほうもスッとする。それが最後の一口だったようで、棒を箱にしまって蓋を閉じた。
「で? 他には?」
マルクにまだあるだろうと目で訴えられ、エリーナは一瞬言葉に詰まってから悩みを吐き出す。
「その……大切な人に言えていないことがあって、打ち明けるかどうかを悩んでいるの。突拍子のないことで、信じてもらえるか分からなくて」
「そりゃ、心苦しいわな」
「えぇ……」
口にすればさらに気分が下がって来た。打ち明けてよそよそしくされたり、信じてもらえなかったりしたらと思うと恐ろしい。思いつめた顔になり、体も前かがみになっていた。
それをマルクはじっと見つめ、唐突にエリーナの背中を叩いた。
「きゃぁ!」
「しゃきっとしろ! 短い命だ、悩んでる時間がもったいねぇ。前を向いて進めよ。今が幸せなんだろ? じゃぁもっと幸せになれ。目標をもって突き進め!」
マルクは拳を握ってエリーナを奮い立たせる。
「俺には目標があるぜ。俺は遠い島国の生まれで、そこで料理人をしてたんだ。縁あってこの国に来たが、俺はここで故郷の料理を再現したい。そのために王宮で修行して、こっちの料理を学びつつ食材の情報を集めてるんだ」
マルクの口調は少し粗雑だが、心が籠っておりエリーナの胸にまっすぐ響く。素直にマルクに対して尊敬の念を抱いた。彼の姿勢がエリーナを勇気づける。
「……そうね。前向きに頑張らないとね」
マルクの前向きさに、リズが重なった。思えばマルクにはリズのような気安さがある。
「おう。元気が出たなら帰れ。そろそろ皆が起きるころだろ」
「えぇ、ありがとう」
そしてエリーナは微笑み、手を振って小道を戻る。不思議なぐらい心が軽くなっていた。
(この世界について考えてもしかたがないわ。だから、クリスにどう打ち明けるかを考えましょう)
恋人に本当の自分を全て知ってほしいから。そして、クリスの全てを知りたいから。そんな欲深い自分に気づいて、恋の呪縛だとエリーナは苦笑いを浮かべる。だが、嫌ではない。
エリーナは部屋に戻って外套を脱いで元通りに戻すと布団に入りこむ。安心したら眠くなってきた。そしてぐっすりと眠ったエリーナは、リズに叩き起こされるのだった。
外に出れば朝の凛とした空気がエリーナの肺を満たし、吐く息は白い。前に通った細い小道を進む。答えの出ない悩みを振り払いたくて、エリーナは景色を眺めながら歩いた。一度頭を空っぽにして、楽になりたい。
小道を抜けると小さな庭に出て、そこに人影があることに安心する。心のどこかで期待していた自分に気づき、エリーナは苦笑した。
「あ、ラルフレアの侍女。今日も早いな」
「おはようございます。マルクさん」
マルクはベンチに座って朝食を食べていたようで、二つの棒を器用に使って野菜を口に運んでいた。籐の箱の中に食べ物が入っているらしい。
「変わった食器ですね。マルクさんの国のものですか?」
近隣の三か国はスプーンとフォーク、ナイフを使っている。その質問にマルクは軽くその棒を上げて、ニッと歯を見せて笑った。
「そう、俺の故郷の文化でさ。挟んでよし、刺してよしの優れものだ。ま、刺すのはマナーが悪いけどよ。ほら、そんなとこに立ってないで、こっちに座れ」
マルクは手招きをして、自分の隣を叩いた。エリーナは一瞬迷い、断るのも無礼かと思って距離をあけて座る。ちらりと箱の中を見れば、彩のいい野菜と焼き魚が入っており、半分は米が詰まっていた。見たことのない食べ方である。これがお弁当であることはわかったが、ラルフレアではパンやサンドイッチとスープが一般的だった。
「んで? また辛気臭い顔をして、どうしたんだよ。何か仕事で失敗でもしたか?」
彼は魚をほおばりつつ、軽い口調でそう訊いてきた。その気兼ねの無さが今はありがたく、エリーナは肩の力を抜く。今や誰もがエリーナのことを知っているため、マルクのような知られていない相手は気が楽なのだ。
「そうじゃないのだけど、ちょっと悩んでいて」
丁寧な言葉遣いはやめ、等身大で話す。見知らぬ人だからこそ話しやすい。
「へぇ、じゃ、人生経験豊富な俺が聞いてやるよ」
若く見えるのにそんなことを言うマルクがおかしくて、エリーナは口に手を当てて笑う。
「なら、聞いてもらおうかしら……。私、今が幸せ過ぎて、この幸せがいつかなくなるんじゃないかと思うと怖いの」
「へぇ、幸せなのはいいことじゃねぇか」
マルクは食べながら頷く。
「そうだけど……明日消えるかもしれないと思うと、毎日が不安で……」
マルクはじっとエリーナの目を見つめ、う~んと唸った。
「そんな美人なんだから、悩んだ顔するのがもったいないって。先の事が分からないのはみんな一緒だし、来た時に考えればいいじゃん。それまでは、後悔のないように全力で生きろよ」
マルクは大きな口を開けて、野菜を放り込む。豪快な食べ方は見ているほうもスッとする。それが最後の一口だったようで、棒を箱にしまって蓋を閉じた。
「で? 他には?」
マルクにまだあるだろうと目で訴えられ、エリーナは一瞬言葉に詰まってから悩みを吐き出す。
「その……大切な人に言えていないことがあって、打ち明けるかどうかを悩んでいるの。突拍子のないことで、信じてもらえるか分からなくて」
「そりゃ、心苦しいわな」
「えぇ……」
口にすればさらに気分が下がって来た。打ち明けてよそよそしくされたり、信じてもらえなかったりしたらと思うと恐ろしい。思いつめた顔になり、体も前かがみになっていた。
それをマルクはじっと見つめ、唐突にエリーナの背中を叩いた。
「きゃぁ!」
「しゃきっとしろ! 短い命だ、悩んでる時間がもったいねぇ。前を向いて進めよ。今が幸せなんだろ? じゃぁもっと幸せになれ。目標をもって突き進め!」
マルクは拳を握ってエリーナを奮い立たせる。
「俺には目標があるぜ。俺は遠い島国の生まれで、そこで料理人をしてたんだ。縁あってこの国に来たが、俺はここで故郷の料理を再現したい。そのために王宮で修行して、こっちの料理を学びつつ食材の情報を集めてるんだ」
マルクの口調は少し粗雑だが、心が籠っておりエリーナの胸にまっすぐ響く。素直にマルクに対して尊敬の念を抱いた。彼の姿勢がエリーナを勇気づける。
「……そうね。前向きに頑張らないとね」
マルクの前向きさに、リズが重なった。思えばマルクにはリズのような気安さがある。
「おう。元気が出たなら帰れ。そろそろ皆が起きるころだろ」
「えぇ、ありがとう」
そしてエリーナは微笑み、手を振って小道を戻る。不思議なぐらい心が軽くなっていた。
(この世界について考えてもしかたがないわ。だから、クリスにどう打ち明けるかを考えましょう)
恋人に本当の自分を全て知ってほしいから。そして、クリスの全てを知りたいから。そんな欲深い自分に気づいて、恋の呪縛だとエリーナは苦笑いを浮かべる。だが、嫌ではない。
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