悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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アスタリア王国編

162 ドレスをデザインしてもらいましょう

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 アスタリアに来て一か月半が経ち、エリーナは夜会や茶会に出て貴族と交流を深める一方で、クリスに同行して王都や近くの領地の視察をすることも増えていった。まだ正式に婚約は交わしていないが、婚約者として扱われていた。クリスはジークとベロニカの結婚式が終わり、ラルフレアが落ち着いてから王家に婚約の申し込みをするつもりらしい。

 それをクリスから聞いたエリーナは自分との未来を考えてくれていることを嬉しく思い、同時にその未来が本当にくるのか不安に襲われる。そのことと一緒にクリスは何か言おうとしたようだったが、エリーナに客人が来たため話は打ち切りになった。クリスも予定があるため、足早に部屋を出て行く。

「エリーナ様。ミシェル様はサロンにてお待ちです」

 すっとリズが近づいてきて、エリーナの身だしなみを整えてからサロンまで案内する。なんだか目つきが鋭く、エリーナは不思議に思いながらリズについて行った。リズはドアをノックし、ドアを開けると一歩引いて一礼する。エリーナが部屋の中に入れば、リズは控えていた侍女から茶器を載せたカートを受け取って、お茶の準備をし始めた。
 そしてエリーナはミシェルの向かいにあるソファーに座り、久しぶりに会う友人に朗らかに微笑んだ。

「久しぶりね、ミシェル」

「久しぶり~。やっと会えたね」

 ミシェルは少し大人っぽくなっており、立派に商会の主人をしているらしい。手紙には若手を中心にカフェ・アークの経営とロマンス小説や食材の輸入をしていると書かれていた。

「商会のほうはどう? 順調?」

 そう話を向けると、ミシェルは頬を膨らませて不満げな表情を作った。もうそろそろいい年した大人になるのに、可愛い表情がよく似合う。

「僕がこういう顔だから下に見て、まともに取り合わないんだよ。ひどくない? 呼ばれたから出て行けば、主人を出せって。僕が主人だけどね!?」

 ミシェルはプリンクッキーを食べながら、気兼ねなく話を始めた。身分が変わっても、国が変わってもこの空気は変わらない。それがミシェルのすごいところだった。さすがに公の場では口調を改めるだろうが、今はエリーナとリズという顔見知りだけだ。

「それは……ひどいわね」

 もうミシェルも18だ。子ども扱いは嫌だろうと、エリーナが同情しているとミシェルの表情が黒いものに変わる。

「まぁでも、失礼なやつには商人の礼儀をもって返しているから大丈夫だよ。少し話せばわかってくれるし」

 その商人の礼儀と少しの話は聞かないほうがいいとエリーナは判断し、流してお茶をすする。今日のお茶はミシェルが持ってきてくれた、ラルフレアのお茶だ。やはり飲みなれたお茶が落ち着く。
 同じようにお茶をすすったミシェルは、「そんなことより」と持ってきたカバンの中から紙を取り出した。

「今日は、エリーナ様のドレスを作りたくて、デザインを持ってきたんだ」

「ドレス……諦めてなかったのね」

 エリーナの身の回りのものを全て作ることが夢だと言っていたのを思い出し、エリーナは苦笑いを浮かべて机の上に並べられた紙に目を落とした。その瞬間、ハッと引き込まれ一つ一つを丁寧に見ていく。

「すごい。とても可愛くてきれいなドレスね」

 部屋着からワンピースドレス、夜会用のドレスまでどれもエリーナの好みであり、かつ目新しいデザインだ。抜群のセンスを感じ、エリーナは驚いてミシェルに顔を向けた。

「ミシェルが描いたの?」

 賞賛をもらったミシェルは苦々しい顔をして、静かに首をふる。服飾関係はからっきしだと前に言っていた。

「それはうちのデザイナー兼針子の作品。その中から気に入るのがあれば、クリス様にも許可をもらって制作に入ろうと思って」

「へぇ、その子すごいわね。今までいろんなデザインを見てきたけど、ここまで好みに合うのは初めてよ」

 エリーナは手に取ってじっくり見ており、それに対してミシェルは嫌そうな顔をしていた。

「どうしたの、その顔」

 不満というか、面白くなさそうというか、不服と顔にでかでかと書いてあった。

「そのデザイナーがうるさいやつでさぁ。エリーナ様に褒められているのがムカつく」

「あら、ミシェルがそこまで怒るなんて珍しいわね」

 少しおかしくなり、口に手を当てて小さく笑っているとドアがノックされる音がした。すぐにリズが取次に出て、こちらに顔を向けてくる。

「エリーナ様、ミシェル様。お連れの方がお見えになっているとのことですが……」

「お連れ?」

「げっ」

 首を傾げたエリーナの向かいで、ミシェルが低く呻く。どうも心当たりがあるようで、エリーナが顔を向ければ渋々連れてくるようにリズに伝えてもらっていた。

「誰か一緒に来ていたの?」

「……そのデザイナーが来たいってうるさかったから、日にちを伏せて、置いて来たのに。なんでわかったのかなぁ」

 人当たりのいいミシェルが嫌がるのを珍しいと思う半分、そんな反応をさせるデザイナーに興味がわいた。ほどなく再びノックの音がし、ドアが開けば明るい声が飛んできたのだった。

「こんにちは~! 私はアイシャ、ドルトン商会でデザイナー兼針子として雇ってもらっています!」

 フリルの多いワンピースドレスを着た少女は、つつつとエリーナの側まで近づいてきて丸くこげ茶の瞳を向けてきた。そばかすがチャームポイントだ。ブラウンアッシュの髪をツインテールにしており、顔の横で揺れている。紫色のリボンが目を引いた。

「きゃぁぁ。本物のエリーナ姫様だ。美しい、可愛い、飾り立てたい!」

 感動を抑えきれないのか鼻息が荒く、エリーナは少し引いてしまった。

(確かに、変わった感じがするわ)

 ミシェルが苦り切った顔で額に手を当て、リズは固まっている。部屋の空気が固まっているのも気にせず、アイシャは早口でまくし立てた。

「あの! 私、ラルフレアでご贔屓にしていただいていた店で針子修行をしてたんです。それでエリーナ様を一目見た時からその完璧な美に心を奪われて、絶対エリーナ様のドレスをデザインするって決めてたんです。でも、アスタリアに行かれてしまったので、悲しくて追いかけてきました!」

「そ、そうなの……」

 エリーナは圧倒され、小さく頷くことしかできない。ミシェルが溜息をついて立ち上がり、エリーナにかぶりつきそうなほど近づいていたアイシャの首根っこを掴んで引きはがした。

「で、こいつが突然商会に押しかけてきて、エリーナ様のドレスのデザインと制作をさせてほしいって頼み込んできたの」

 そのまま小さな声で抗議するアイシャをひっぱり、自分の隣に座らせた。

「すごい行動力ね」

「手に負えないくらいね……」

 日ごろからこんな感じなんだろう。どうりで苦々しく疲れた顔をするわけだ。相当振り回されているに違いない。
 そしてアイシャにもお茶が出されたところで、クリクリした目をエリーナに向け身を乗り出した。

「それで、私のデザインはいかがでしたか? お好みに合わせて修正いたしますよ」

「あ、とてもよかったわ。すごくわたくしの好みだったわ」

 そう素直に誉め言葉を口にすれば、アイシャは目を潤ませて胸の前で手を組みエリーナを見つめる。

「エリーナ様から褒めていただけるなんて、生きていてよかったです。はぁぁ、美しい上にお優しいなんて……神」

 と、崇め始めたアイシャの頭をミシェルが小突く。

「エリーナ様が戸惑っているから自重して。だから連れてきたくなかったんだよ」

「そんな。ミシェルさん、ドレスのデザインからっきしじゃないですか。私が行かないで、誰が説明と修正をするんですか!」

 二人を顔を突き合わせ、目を吊り上げる。火花が散っていた。

「僕のだって悪くなかったはずだよ!?」

「いえ、あれは女の子を分かっておりませんでした」

 そう言いながらアイシャが取り出した紙に目を落としたエリーナは、「あらぁ……」と口を閉じる。ミシェルのデザインのようで、絵は上手いのだがデザインとしては何ともちぐはぐであった。全体のまとまりがなく、主張がうるさいドレスになっていた。

「ミシェルは他の分野で秀でいるから、ドレスはアイシャさんに任せたら?」

「え……そんなにだめ?」

「う~ん。だめというか……向き不向きよね」

 なるべく傷つけないように柔らかく言ったつもりだったが、ミシェルはふっと哀愁が漂う顔をした。

「わかった。でも、生地は僕が選ぶからね」

「お好きにどうぞ」

 アイシャは馬鹿にしたような表情で、譲ってあげるわと上から目線だ。

「何その顔、ムカつくなぁ」

「私だってエリーナ様を飾り立てたいんですからね。抜け駆けは許しませんよ」

 二人のかけあいが面白く、エリーナは口に手を当てて小さく笑う。いいコンビに思えた。

「わぁ、エリーナ様の笑い顔……額に入れて飾りたい」

「え、人形でしょ?」

「人形? ……ありですね。作りましょう」

「やめて」

 その面白コンビが危ない方向へ転がりそうになったので、エリーナは慌てて制止する。しかもアイシャは針子でもあるので、いいものを作りそうだからさらに厄介だ。
 そして二人を落ち着かせ、やっと本題であるデザインの修正へと入った。エリーナは二三の修正を求めただけで、後はアイシャに任せることにした。彼女は変わり者だが、デザインのセンスは抜群だからだ。

 その後少し世間話をし、アイシャはミシェルに引きずられるようにして帰っていった。ミシェルは今度は閉じ込めてから来ると言い残して部屋を後にした。嵐が去り、エリーナはリズが淹れなおしてくれたお茶をすすって、ふぅと一息つくのである。アスタリアの日々も退屈しないで済みそうだ。
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