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Chap.6 赤と黒の饗宴
Chap.6 Sec.13
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後3秒。
それだけ待っても顔に触れていたら襲うつもりでいた。
何も動く気配がなくなってから十数分が経ち、ようやくセトは目を開けた。ベッドの側面に寄り掛かり眠っているウサギの姿に眉間を細める。なんのためにベッドの半分以上を空けてやっているのか。訴えてやりたい。いやしかし、ウサギはこういう人間だった。こちらの厚意を無に帰す。(セト君の厚意がわかりにくいんだよ)なんてつっこむティアの声は100%幻聴なので無視するとして。
ベッドが軋まないようにそっと上体を起こしてその顔をのぞく。すこやかに眠っていた。当初の目的は果たしたので、腹立つ気持ちもその寝顔を見てある程度は紛れた。
しかし腑に落ちない。
気遣いで寝たフリをしていたのが完全に徒になった。どういう理由でこちらの顔を触ったのか知らないが、もうこれは誘っていると捉えても問題ないのではないか。あれで起きていたらどうするつもりだったのか。無神経な接触を思うと苛立つので思考放棄した。
起こさないよう配慮しベッドから降りる。両膝を立てて苦しそうな体勢で眠っている、折り畳まれたウサギの身体を抱えてベッドの上に乗せた。起きるかと案じたが、ぎゅっと目をつぶって『落ちる、やめて……ロキ』寝言を唱えただけで目は覚まさなかった。共通語ではなかったと思うが、ロキの名前を含んでいた。なんの夢を見ているのだか。
「……ロキには〈愛してる〉で、俺には〈嫌いじゃない〉かよ」
青い光にさらされる顔を見下ろす。無意識にぶつけた囁きに、セト自身困惑した。前髪をくしゃりと後ろに流し、その動作で彼女に前髪も触られたことを思い出す。
カードゲームを切り上げ、早々と迎えになんて行かなければよかった。ティアの雰囲気が明らかに異質だったのと、ハオロンのリベンジを受けてから「セト君、先に君がアリスちゃんと過ごしたら?」にこやかな提案を寄越してきたので察して席を立ったわけだが、終わり際の不快なタイミングでかち合ってしまった。あんな所で手を出したロキが悪い。そんなことは分かっている。ただ気に喰わないのはそこではなく。
——あいしてる、ロキ。
間違いなく、そう言っていた。エントランスホールに響いていたのは女の声で、疑いようもない。他人の性行為なんて初めて見るわけでもないのに、声を聞いたぐらいで——あの、脳が冷たく凍りつく感覚を思い出すと吐き気がする。考えたくない。放棄したい思考ばかりだ。
——迷えるセト君に、僕からアドバイスをあげよう。
娯楽室に向かう前に聞いた、ティアとの会話が浮かんだ。
——ロキ君の前では、アリスちゃんに冷たくしたほうがいいと思うな。
——は? なんでロキ限定なんだよ。
——君が執着してるって知ったら、ロキ君はアリスちゃんにひどい仕打ちをするよ。逆に言えば、君が突き放すと、ロキ君は普通に可愛がってくれると思う。
——理屈がよく分かんねぇ。
——理解できなくとも、僕を信じて試してごらん。
——……言われなくてもな。俺はもう深く関わりたくねぇって言ってるだろ。
——そう? じゃ、僕が奪っちゃおうかな~?
——……いいんじゃねぇの。お前には気を許してるんだしよ。
——え? そうかな? 僕からしたらセト君に気を許してる気がするけど。
——どこが。
——だってさ、セト君がそばにいたら、感染者に襲われた場所でも眠れるんでしょ? 信頼していないひとの隣で、そんなぐっすり眠れる?
腰を屈めて、昏々と眠り続ける顔を眺めた。この深い眠りがティアの言う信頼で、セトにしてみれば危機感の無さの顕れで。警戒していないというのは意識していないのと同義ではないか。目が合うと怯えるくせに、目が合っていないだけで眠るのか。その両極端なリアクションの心理が理解できない。
のぞいた顔は、夢見が悪いのか目許に険があった。手の甲で前髪を払うように額を数回さすると、力の入っていた眉間がゆるみ穏やかな寝顔に戻った。眠っている人間の顔に触れるなんて一体何を考えているのだと非難していたはずだが、思いがけず同じことをしている。だがこれは、セトの場合動物に対するものと等しく、彼女の思考回路に同調できたのではないと思っている。
セトはベッドへと静かに腰を下ろした。部屋から出られない以上(眠れる気もしないので)音楽でも聴いて時間を潰すつもりだったが、もう少し様子を見ていようかと。理由もなく予定を変更した。
涙に濡れた瞳や、怯えわななく表情は神経を逆撫でするが、すやすやと眠るその顔は——不思議なことに、いつまでも見ていられそうだった。
それだけ待っても顔に触れていたら襲うつもりでいた。
何も動く気配がなくなってから十数分が経ち、ようやくセトは目を開けた。ベッドの側面に寄り掛かり眠っているウサギの姿に眉間を細める。なんのためにベッドの半分以上を空けてやっているのか。訴えてやりたい。いやしかし、ウサギはこういう人間だった。こちらの厚意を無に帰す。(セト君の厚意がわかりにくいんだよ)なんてつっこむティアの声は100%幻聴なので無視するとして。
ベッドが軋まないようにそっと上体を起こしてその顔をのぞく。すこやかに眠っていた。当初の目的は果たしたので、腹立つ気持ちもその寝顔を見てある程度は紛れた。
しかし腑に落ちない。
気遣いで寝たフリをしていたのが完全に徒になった。どういう理由でこちらの顔を触ったのか知らないが、もうこれは誘っていると捉えても問題ないのではないか。あれで起きていたらどうするつもりだったのか。無神経な接触を思うと苛立つので思考放棄した。
起こさないよう配慮しベッドから降りる。両膝を立てて苦しそうな体勢で眠っている、折り畳まれたウサギの身体を抱えてベッドの上に乗せた。起きるかと案じたが、ぎゅっと目をつぶって『落ちる、やめて……ロキ』寝言を唱えただけで目は覚まさなかった。共通語ではなかったと思うが、ロキの名前を含んでいた。なんの夢を見ているのだか。
「……ロキには〈愛してる〉で、俺には〈嫌いじゃない〉かよ」
青い光にさらされる顔を見下ろす。無意識にぶつけた囁きに、セト自身困惑した。前髪をくしゃりと後ろに流し、その動作で彼女に前髪も触られたことを思い出す。
カードゲームを切り上げ、早々と迎えになんて行かなければよかった。ティアの雰囲気が明らかに異質だったのと、ハオロンのリベンジを受けてから「セト君、先に君がアリスちゃんと過ごしたら?」にこやかな提案を寄越してきたので察して席を立ったわけだが、終わり際の不快なタイミングでかち合ってしまった。あんな所で手を出したロキが悪い。そんなことは分かっている。ただ気に喰わないのはそこではなく。
——あいしてる、ロキ。
間違いなく、そう言っていた。エントランスホールに響いていたのは女の声で、疑いようもない。他人の性行為なんて初めて見るわけでもないのに、声を聞いたぐらいで——あの、脳が冷たく凍りつく感覚を思い出すと吐き気がする。考えたくない。放棄したい思考ばかりだ。
——迷えるセト君に、僕からアドバイスをあげよう。
娯楽室に向かう前に聞いた、ティアとの会話が浮かんだ。
——ロキ君の前では、アリスちゃんに冷たくしたほうがいいと思うな。
——は? なんでロキ限定なんだよ。
——君が執着してるって知ったら、ロキ君はアリスちゃんにひどい仕打ちをするよ。逆に言えば、君が突き放すと、ロキ君は普通に可愛がってくれると思う。
——理屈がよく分かんねぇ。
——理解できなくとも、僕を信じて試してごらん。
——……言われなくてもな。俺はもう深く関わりたくねぇって言ってるだろ。
——そう? じゃ、僕が奪っちゃおうかな~?
——……いいんじゃねぇの。お前には気を許してるんだしよ。
——え? そうかな? 僕からしたらセト君に気を許してる気がするけど。
——どこが。
——だってさ、セト君がそばにいたら、感染者に襲われた場所でも眠れるんでしょ? 信頼していないひとの隣で、そんなぐっすり眠れる?
腰を屈めて、昏々と眠り続ける顔を眺めた。この深い眠りがティアの言う信頼で、セトにしてみれば危機感の無さの顕れで。警戒していないというのは意識していないのと同義ではないか。目が合うと怯えるくせに、目が合っていないだけで眠るのか。その両極端なリアクションの心理が理解できない。
のぞいた顔は、夢見が悪いのか目許に険があった。手の甲で前髪を払うように額を数回さすると、力の入っていた眉間がゆるみ穏やかな寝顔に戻った。眠っている人間の顔に触れるなんて一体何を考えているのだと非難していたはずだが、思いがけず同じことをしている。だがこれは、セトの場合動物に対するものと等しく、彼女の思考回路に同調できたのではないと思っている。
セトはベッドへと静かに腰を下ろした。部屋から出られない以上(眠れる気もしないので)音楽でも聴いて時間を潰すつもりだったが、もう少し様子を見ていようかと。理由もなく予定を変更した。
涙に濡れた瞳や、怯えわななく表情は神経を逆撫でするが、すやすやと眠るその顔は——不思議なことに、いつまでも見ていられそうだった。
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