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Chap.7 墜落サイレントリリィ
Chap.7 Sec.1
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夢を見ていた。
ビクッとした体の痙攣とともに目が覚め、それはすべて掻き消えてしまった。記憶からも。
まぶたを開いた瞬時に、夢を切り離した脳が現状を思い出す。薄暗い視界のなかで目が合ったその顔を見て、心臓が飛び跳ねた。
「…………オハヨウ……?」
とっさに出た私の言葉に、ベッドの端に腰掛けてこちらを振り返っていたセトは片眉を上げた。またこのパターン。しかも、なぜか私がベッドで眠っていて、セトが座っている。最後の視界では、セトがベッドで私が(床に)座っていたのに。呆れられると思ったが、セトは手首のブレスレットに目をやって、「ああ、おはよう」意外なことに初めて〈おはよう〉を返してくれた。
ふいに、暗闇に染まっていた壁の一部からまぶしい光が解き放たれた。出入り口から見て正面にあたる壁の中央、私の左手にいきなり窓が現れたように感じたが、遮光していたせいで認識できていなかっただけなのか。
大きな窓から、爽やかな陽光が部屋に降りそそいだ。
「…………アサ?」
「…………朝だな」
外の明るさに内心で(眠りすぎた……)焦りながら確認すると、セトも「そんな時間経ったか?」納得いかないような顔で窓の方へと目を向けていた。
ベッドから、そろりと上体を起こす。
セトはブレスレットを確認し、
「……ティアから連絡ねぇな。ハオロンもねぇし……まじで朝までやってんのか?」
「てぃあ……はおろん?」
「どっちも連絡ねぇなって」
「レン、ラク」
「連絡な。……まあ、いいか。好きにしてろよ。飲み物とかはそこのワゴンにある。俺はシャワー浴びるから。……部屋からは出るなよ」
「? …………はい」
「お前、完全に理解してないのに肯定してないか?」
「…………はい」
「おい、てきとうに返事すんな。……ったく、どこまで聞けてるかほんと分かんねぇな」
セトは不満げに目を細め、いつの間にかベッドのわきにあったワゴン(寝る前は部屋にこのような物はなかったと思う)に手を伸ばした。透明の液体が入ったボトルの中身をグラスへと注いで、こちらに差し出した。
「飲むか?」
「……アリガトウ」
手渡されたグラスの中身は炭酸水だった。しゅわりと口の中で細かな泡が跳ねる。味は無い。
「そこの、ワゴンの物は、食っていいからな」
セトの指の先にはクッキーなどの焼き菓子が並んでいた。プレートの片側にちょこんと。バランスが悪い。セトが大半を食べたのか。残りは食べても良いということらしい。
「そんで、俺は、シャワーを浴びる。……いいな?」
自分の身体を示してから、セトはバスルームを指さした。
「はい」
「よし、今度はちゃんと分かってるな。ここで待っとけよ。部屋から出るなよ? ……いや、出さねぇからな。ロック掛けるぞ、いいな?」
ペットに言い聞かせるみたいな話し方をされている。それでも細かいところは理解しきれないのだけど、大筋は分かった。
「……はい」
「よし」
キリッとした目つきで頷かれた。ベッドから立ち上がったセトはバスルームのドアへと向かう。
その背中に、「せと」ささやかな疑問をいだいて声をかけた。首をひねったセトの目がこちらを向いた。
「……オソウ、しない……?」
「——は?」
金の眼が尖った。
こちらを睨みつけるその視線に無言の圧を感じる。怒る理由は、思い浮かぶものとしてはふたつ。この後するに決まってるだろ余計な質問をするな、あるいは、するわけないだろ。前者ならいいが、後者だと更なる疑問が湧いてしまう。朝だからする気がなくなったのか、勝手に眠ったことで気を削がれたのか、もしくは私自身にもう触れたくもないのか。
黙って私を見ていたセトは、
「お前な……俺とやりたくねぇのに、そういうの口にすんな」
低く地を這うような声音だった。あからさまに不機嫌になったその顔と言葉に、困惑する。したくない、という意味合いの言葉が入っていたと思うが、主語はセトだっただろうか。喋るなという命令らしきものは間違いないと思うが。
「次言ったら、泣いても最後までやるからな」
怖い顔で脅迫めいた声を低く響かせ、セトはバスルームへと消えていった。
ラストの言葉はよく分からなかったが、聞き取れた単語から、どう考えてもいい意味ではないと思うので……命令どおり当分喋らないでおこうと思う。
ひとりになった部屋の真ん中で、細く息を吸ってゆっくりと吐き出す。すると、下げた視線の先で、太ももに乗る薄い布に気づいた。私の体に掛けてあったのだと思う。掛けてくれたのは誰か、考える限りひとりしかいない。
左のワゴンへと目線を上げる。プレート上に残る焼き菓子と、マグカップ。中身をのぞくと飲みさしの珈琲がわずかに残っている。朝食にしては甘い物を食べているなと思ったが、このプレートいっぱいにあったとしたら……セトは、かなり前から起きていたことになるのではないか。床にいた私をベッドに移してくれて、さらに私を起こさないで待っていてくれたと。自分に都合の良い解釈をしても、決して差し支えない……と思う、のだけれど。
セトの思考に考えを巡らせても答えは分からない。仕方ないので、代わりに明るくなった部屋の内装を観察した。真っ黒な壁と天井。床はグレー。天井と部屋の隅にそれぞれ何か大きな機械がある。あとは昨日も見た巨大なリクライニングチェアが足側の壁沿いに。室内は物が無さすぎてとても広々と感じる。どことなく孤独を覚える空間だった。
私に掛けられていた布はベージュに近い砂色で、柔らかな風合いが部屋に合っていない。なのにこれが一番セトっぽいと感じた。その感覚は自分でも根拠が分からない。
バスローブ1枚の身体はとりわけ寒いというわけではなかったが、脚の上にあった布を広げて掛け直した。ベッドの上から降りるべきか考えつつも、座ったまま動けずに、ふわりとした布の感触に安心感を覚えて目をつむる。
眠くはない。
ただ静かに、セトを待った。
ビクッとした体の痙攣とともに目が覚め、それはすべて掻き消えてしまった。記憶からも。
まぶたを開いた瞬時に、夢を切り離した脳が現状を思い出す。薄暗い視界のなかで目が合ったその顔を見て、心臓が飛び跳ねた。
「…………オハヨウ……?」
とっさに出た私の言葉に、ベッドの端に腰掛けてこちらを振り返っていたセトは片眉を上げた。またこのパターン。しかも、なぜか私がベッドで眠っていて、セトが座っている。最後の視界では、セトがベッドで私が(床に)座っていたのに。呆れられると思ったが、セトは手首のブレスレットに目をやって、「ああ、おはよう」意外なことに初めて〈おはよう〉を返してくれた。
ふいに、暗闇に染まっていた壁の一部からまぶしい光が解き放たれた。出入り口から見て正面にあたる壁の中央、私の左手にいきなり窓が現れたように感じたが、遮光していたせいで認識できていなかっただけなのか。
大きな窓から、爽やかな陽光が部屋に降りそそいだ。
「…………アサ?」
「…………朝だな」
外の明るさに内心で(眠りすぎた……)焦りながら確認すると、セトも「そんな時間経ったか?」納得いかないような顔で窓の方へと目を向けていた。
ベッドから、そろりと上体を起こす。
セトはブレスレットを確認し、
「……ティアから連絡ねぇな。ハオロンもねぇし……まじで朝までやってんのか?」
「てぃあ……はおろん?」
「どっちも連絡ねぇなって」
「レン、ラク」
「連絡な。……まあ、いいか。好きにしてろよ。飲み物とかはそこのワゴンにある。俺はシャワー浴びるから。……部屋からは出るなよ」
「? …………はい」
「お前、完全に理解してないのに肯定してないか?」
「…………はい」
「おい、てきとうに返事すんな。……ったく、どこまで聞けてるかほんと分かんねぇな」
セトは不満げに目を細め、いつの間にかベッドのわきにあったワゴン(寝る前は部屋にこのような物はなかったと思う)に手を伸ばした。透明の液体が入ったボトルの中身をグラスへと注いで、こちらに差し出した。
「飲むか?」
「……アリガトウ」
手渡されたグラスの中身は炭酸水だった。しゅわりと口の中で細かな泡が跳ねる。味は無い。
「そこの、ワゴンの物は、食っていいからな」
セトの指の先にはクッキーなどの焼き菓子が並んでいた。プレートの片側にちょこんと。バランスが悪い。セトが大半を食べたのか。残りは食べても良いということらしい。
「そんで、俺は、シャワーを浴びる。……いいな?」
自分の身体を示してから、セトはバスルームを指さした。
「はい」
「よし、今度はちゃんと分かってるな。ここで待っとけよ。部屋から出るなよ? ……いや、出さねぇからな。ロック掛けるぞ、いいな?」
ペットに言い聞かせるみたいな話し方をされている。それでも細かいところは理解しきれないのだけど、大筋は分かった。
「……はい」
「よし」
キリッとした目つきで頷かれた。ベッドから立ち上がったセトはバスルームのドアへと向かう。
その背中に、「せと」ささやかな疑問をいだいて声をかけた。首をひねったセトの目がこちらを向いた。
「……オソウ、しない……?」
「——は?」
金の眼が尖った。
こちらを睨みつけるその視線に無言の圧を感じる。怒る理由は、思い浮かぶものとしてはふたつ。この後するに決まってるだろ余計な質問をするな、あるいは、するわけないだろ。前者ならいいが、後者だと更なる疑問が湧いてしまう。朝だからする気がなくなったのか、勝手に眠ったことで気を削がれたのか、もしくは私自身にもう触れたくもないのか。
黙って私を見ていたセトは、
「お前な……俺とやりたくねぇのに、そういうの口にすんな」
低く地を這うような声音だった。あからさまに不機嫌になったその顔と言葉に、困惑する。したくない、という意味合いの言葉が入っていたと思うが、主語はセトだっただろうか。喋るなという命令らしきものは間違いないと思うが。
「次言ったら、泣いても最後までやるからな」
怖い顔で脅迫めいた声を低く響かせ、セトはバスルームへと消えていった。
ラストの言葉はよく分からなかったが、聞き取れた単語から、どう考えてもいい意味ではないと思うので……命令どおり当分喋らないでおこうと思う。
ひとりになった部屋の真ん中で、細く息を吸ってゆっくりと吐き出す。すると、下げた視線の先で、太ももに乗る薄い布に気づいた。私の体に掛けてあったのだと思う。掛けてくれたのは誰か、考える限りひとりしかいない。
左のワゴンへと目線を上げる。プレート上に残る焼き菓子と、マグカップ。中身をのぞくと飲みさしの珈琲がわずかに残っている。朝食にしては甘い物を食べているなと思ったが、このプレートいっぱいにあったとしたら……セトは、かなり前から起きていたことになるのではないか。床にいた私をベッドに移してくれて、さらに私を起こさないで待っていてくれたと。自分に都合の良い解釈をしても、決して差し支えない……と思う、のだけれど。
セトの思考に考えを巡らせても答えは分からない。仕方ないので、代わりに明るくなった部屋の内装を観察した。真っ黒な壁と天井。床はグレー。天井と部屋の隅にそれぞれ何か大きな機械がある。あとは昨日も見た巨大なリクライニングチェアが足側の壁沿いに。室内は物が無さすぎてとても広々と感じる。どことなく孤独を覚える空間だった。
私に掛けられていた布はベージュに近い砂色で、柔らかな風合いが部屋に合っていない。なのにこれが一番セトっぽいと感じた。その感覚は自分でも根拠が分からない。
バスローブ1枚の身体はとりわけ寒いというわけではなかったが、脚の上にあった布を広げて掛け直した。ベッドの上から降りるべきか考えつつも、座ったまま動けずに、ふわりとした布の感触に安心感を覚えて目をつむる。
眠くはない。
ただ静かに、セトを待った。
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