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Chap.7 墜落サイレントリリィ
Chap.7 Sec.2
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混沌とした思考をシャワーですっきりと流したセトは、着替えて浴室のドアを開けようとした。他人では開けられないよう完全ロックした部屋は誰にも出入りできず、当然ウサギは部屋にいるだろうと思われる。勝手に触られて困る物もない。マシン類をぶち壊していたら、さすがに困るか。……困る。いやまさかそんなことはしないと思うが。
ドアを開けて部屋に目を回すが、別段変わったところは無い。ウサギはベッドの上でこちらに背を向け、大人しく座っている。
近づくと気配に気づいて振り返った。黒い双眸がこちらを見上げる。
「これ、お前の服。洗濯してあるから」
最初に着ていた衣類を手渡すと、ウサギは不思議そうな目でそれを見つめた。洗濯して返すと約束したが覚えていないのか、そもそも服自体を忘れていたのか、判断のつかない曖昧な表情で眺めていた。
何か話そうとしたのか口を開きかけ、はたりと考え直したように閉じた。その妙な反応に「なんだよ?」問いかけると、再度おずおずと口を開けた。
「……アリガトウ」
「ん」
「……わたし、しゃべる、いい?」
「は? 別に許可取る必要ねぇよ」
「……わからない。なんて?」
「喋ればいい。……好きに話せよ。つか、それより服」
話を切って着替えを促そうとしたが、説明が足りない気がしてウサギを立たせ、浴室へと共に移動した。
「てきとうに条件合わせて用意したけど、気に入るもんねぇなら言えよ」
細い移動型のラックを覆っていたカバーがオートで開き、中にズラリと並ぶ衣類を見たウサギが目を丸くした。2センチほど身を引いていた。
「……これは?」
「お前の服。サイズこんなもんじゃねぇの?」
「…………わたしの?」
「これはハウス内にあったやつ。マシンで作るの、俺は面倒だから。欲しけりゃティアにでも作ってもらえよ。あいつそういうの好きだろうし」
「………………」
ウサギが衣類に手を伸ばさないので、代わりに取ってみせる。
「なんかこだわりあんのか? 白が好きとか」
シンプルなシャツ。ウサギに似たあのひとはかつてどんな服を着ていただろうか。意識に上がらないので、自分の周囲にいた所員の服装を思い出してみる。そちらも浮かばない。ゲームや、ハウスから抜け出して出会った同世代の人間の服装すら、はっきりと出てこない。個性的か派手でなければ記憶に残らないらしい。そういう意味ではロキの服は相手の印象に残りやすい。
「気に入らねぇか?」
目の前に掲げると、ぱちくりとした目がそれを捉え、次いでこちらに向いた。
「……わたしに?」
「? ……そうだけど」
「……どうして?」
「どうしてって……どういう意味だよ?」
「………………」
言いたいことがうまく言えない顔をしている。ティアみたいに察してやれるほどの洞察力は無い。
「……アリガトウ」
伝えたいすべての言葉を呑み込むようにして、ウサギはそれだけ発した。手から取ったシャツを気に入ったかどうかは判らない。
「それじゃなくてもいい。好きなの着ろよ。着替えたら、食堂になんか食いに行くつもりだから。お前も行くだろ?」
「…………ごはん?」
「メルウィンがいるな。大抵、調理室にいる。この時間なら他は……ああ、イシャンもいるかも知んねぇ……な。……ここで待っとくか?」
イシャンの名で顔を強張らせたウサギに確認すると、無表情で5秒沈黙してから、
「……わたし……せと、と、いっしょに……いい?」
うかがうような上目遣いが向けられた。(なんかこういう動物いたな。なんだっけ?)どうでもいい思考を脳の一部で展開させつつ、「ん。なら着替えろよ」服を示して浴室を後にした。
なんの動物を彷彿させられたのか気になるが、それは置いておくとして。ティアのほうは一体全体どうなっているのか。ルール上カード中は端末を使えない。とはいえ、この時間までゲームを続けているのなら一度様子を見に行くべきか。
考えて、手首に声をかけた。
「おい、ミヅキ」
《——なぁに?》
「娯楽室に誰がいる?」
《ハオロン、ロキ、ティアがいるよ》
「まじか。やっぱまだカードしてんのか」
《そうみたいだね。記録ではティアのひとり勝ち》
「……ティアの様子は?」
《その情報は開示されていません。ティアは恥ずかしがり屋さんなので、バイタルサインは内緒だって》
「はぁ? あいつが倒れてもお前わかんねぇのか?」
《んーん、ぼくは分かるよ。測定の拒否ではなく、他者への情報開示が拒否されています》
「ならお前、いまティアが元気かどうか分かるんだよな? 平気そうか?」
《ぼくの説明は分かりづらい? セトには、ティアの個人データにアクセスする権限が無いよ。現在ハウス内で権限があるのはサクラのみです》
「別に悪さするわけじゃねぇだろ。平気かどうか訊いてるだけで」
《教えられません。ティアが情報を開示していません》
「柔軟に対応しろよ。面倒くせぇな」
《ぼくに言わせれば、セトが面倒です》
「……ミヅキはそんなこと言わねぇぞ」
《いいえ、これは学習ではなくミヅキによるデザインです。完璧における綻びと云うものです》
「なんか矛盾したこと言ってねぇか?」
《ミヅキのセリフだもん。ぼくに文句言わないで》
「そういう甘えた言い方はそっくりなのな」
《お褒めの言葉、どうもありがとう》
皮肉が通じない。会話をやめた。
浴室のドアが開いてウサギが顔を出した。セトが渡した白いシャツに、濃灰色のスラックス。シャツの中には黒いインナーを着ている。靴も黒。この部屋にいると紛れてしまいそうな色合いだった。
「……これ、いい?」
「いいんじゃねぇの。動きやすそうで」
答えてから、服の感想ではなく、これを着てもいいか? と問われたのではと思った。答えはどちらも肯定なので支障は無いか。
動きやすそうと評価したが、そもそも動きやすい服を指定したうえでマシンを呼び寄せている。つまりスカートは条件から外した。上下が繋がっているタイプも消したし、デザイン重視のボタンや飾りが多い服も除いた。ら、こんな感じの物ばかりになった。ウサギが着ているシャツもボタンホールの無い、おのずと固定されるタイプなので着脱しやすい。
昨日までのヒラヒラした格好から、うって変わってスッキリしたその姿に違和感はあるが、似合わないということではない。
「——よし、食堂行くか」
「……はい」
ウサギをともなって部屋を出てから、ふと思った。
(もう何もしないって宣言したのに、なんでがっつり面倒見てんだ……)
軽く眩暈がした。
思わず立ち止まってしまったセトを、不安そうに見上げる黒い瞳。それを見返して、(やっぱこいつ小動物に見えるな……)浮かんだ感想を掻き消し、吐息まじりに「なんでもねぇよ」つぶやいて、足を動かした。
拾った責任で最低限の面倒を見ているだけだと、自分自身に言い聞かせながら。
ドアを開けて部屋に目を回すが、別段変わったところは無い。ウサギはベッドの上でこちらに背を向け、大人しく座っている。
近づくと気配に気づいて振り返った。黒い双眸がこちらを見上げる。
「これ、お前の服。洗濯してあるから」
最初に着ていた衣類を手渡すと、ウサギは不思議そうな目でそれを見つめた。洗濯して返すと約束したが覚えていないのか、そもそも服自体を忘れていたのか、判断のつかない曖昧な表情で眺めていた。
何か話そうとしたのか口を開きかけ、はたりと考え直したように閉じた。その妙な反応に「なんだよ?」問いかけると、再度おずおずと口を開けた。
「……アリガトウ」
「ん」
「……わたし、しゃべる、いい?」
「は? 別に許可取る必要ねぇよ」
「……わからない。なんて?」
「喋ればいい。……好きに話せよ。つか、それより服」
話を切って着替えを促そうとしたが、説明が足りない気がしてウサギを立たせ、浴室へと共に移動した。
「てきとうに条件合わせて用意したけど、気に入るもんねぇなら言えよ」
細い移動型のラックを覆っていたカバーがオートで開き、中にズラリと並ぶ衣類を見たウサギが目を丸くした。2センチほど身を引いていた。
「……これは?」
「お前の服。サイズこんなもんじゃねぇの?」
「…………わたしの?」
「これはハウス内にあったやつ。マシンで作るの、俺は面倒だから。欲しけりゃティアにでも作ってもらえよ。あいつそういうの好きだろうし」
「………………」
ウサギが衣類に手を伸ばさないので、代わりに取ってみせる。
「なんかこだわりあんのか? 白が好きとか」
シンプルなシャツ。ウサギに似たあのひとはかつてどんな服を着ていただろうか。意識に上がらないので、自分の周囲にいた所員の服装を思い出してみる。そちらも浮かばない。ゲームや、ハウスから抜け出して出会った同世代の人間の服装すら、はっきりと出てこない。個性的か派手でなければ記憶に残らないらしい。そういう意味ではロキの服は相手の印象に残りやすい。
「気に入らねぇか?」
目の前に掲げると、ぱちくりとした目がそれを捉え、次いでこちらに向いた。
「……わたしに?」
「? ……そうだけど」
「……どうして?」
「どうしてって……どういう意味だよ?」
「………………」
言いたいことがうまく言えない顔をしている。ティアみたいに察してやれるほどの洞察力は無い。
「……アリガトウ」
伝えたいすべての言葉を呑み込むようにして、ウサギはそれだけ発した。手から取ったシャツを気に入ったかどうかは判らない。
「それじゃなくてもいい。好きなの着ろよ。着替えたら、食堂になんか食いに行くつもりだから。お前も行くだろ?」
「…………ごはん?」
「メルウィンがいるな。大抵、調理室にいる。この時間なら他は……ああ、イシャンもいるかも知んねぇ……な。……ここで待っとくか?」
イシャンの名で顔を強張らせたウサギに確認すると、無表情で5秒沈黙してから、
「……わたし……せと、と、いっしょに……いい?」
うかがうような上目遣いが向けられた。(なんかこういう動物いたな。なんだっけ?)どうでもいい思考を脳の一部で展開させつつ、「ん。なら着替えろよ」服を示して浴室を後にした。
なんの動物を彷彿させられたのか気になるが、それは置いておくとして。ティアのほうは一体全体どうなっているのか。ルール上カード中は端末を使えない。とはいえ、この時間までゲームを続けているのなら一度様子を見に行くべきか。
考えて、手首に声をかけた。
「おい、ミヅキ」
《——なぁに?》
「娯楽室に誰がいる?」
《ハオロン、ロキ、ティアがいるよ》
「まじか。やっぱまだカードしてんのか」
《そうみたいだね。記録ではティアのひとり勝ち》
「……ティアの様子は?」
《その情報は開示されていません。ティアは恥ずかしがり屋さんなので、バイタルサインは内緒だって》
「はぁ? あいつが倒れてもお前わかんねぇのか?」
《んーん、ぼくは分かるよ。測定の拒否ではなく、他者への情報開示が拒否されています》
「ならお前、いまティアが元気かどうか分かるんだよな? 平気そうか?」
《ぼくの説明は分かりづらい? セトには、ティアの個人データにアクセスする権限が無いよ。現在ハウス内で権限があるのはサクラのみです》
「別に悪さするわけじゃねぇだろ。平気かどうか訊いてるだけで」
《教えられません。ティアが情報を開示していません》
「柔軟に対応しろよ。面倒くせぇな」
《ぼくに言わせれば、セトが面倒です》
「……ミヅキはそんなこと言わねぇぞ」
《いいえ、これは学習ではなくミヅキによるデザインです。完璧における綻びと云うものです》
「なんか矛盾したこと言ってねぇか?」
《ミヅキのセリフだもん。ぼくに文句言わないで》
「そういう甘えた言い方はそっくりなのな」
《お褒めの言葉、どうもありがとう》
皮肉が通じない。会話をやめた。
浴室のドアが開いてウサギが顔を出した。セトが渡した白いシャツに、濃灰色のスラックス。シャツの中には黒いインナーを着ている。靴も黒。この部屋にいると紛れてしまいそうな色合いだった。
「……これ、いい?」
「いいんじゃねぇの。動きやすそうで」
答えてから、服の感想ではなく、これを着てもいいか? と問われたのではと思った。答えはどちらも肯定なので支障は無いか。
動きやすそうと評価したが、そもそも動きやすい服を指定したうえでマシンを呼び寄せている。つまりスカートは条件から外した。上下が繋がっているタイプも消したし、デザイン重視のボタンや飾りが多い服も除いた。ら、こんな感じの物ばかりになった。ウサギが着ているシャツもボタンホールの無い、おのずと固定されるタイプなので着脱しやすい。
昨日までのヒラヒラした格好から、うって変わってスッキリしたその姿に違和感はあるが、似合わないということではない。
「——よし、食堂行くか」
「……はい」
ウサギをともなって部屋を出てから、ふと思った。
(もう何もしないって宣言したのに、なんでがっつり面倒見てんだ……)
軽く眩暈がした。
思わず立ち止まってしまったセトを、不安そうに見上げる黒い瞳。それを見返して、(やっぱこいつ小動物に見えるな……)浮かんだ感想を掻き消し、吐息まじりに「なんでもねぇよ」つぶやいて、足を動かした。
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