【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.11 致死猫は箱の中

Chap.11 Sec.4

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「ウサちゃん……マジでポンコツだな……」

 鮮やかな色彩の眼が、信じられないものでも見るみたいに私を見ている。大きな丸いベッドの上で、居たたまれず身を縮めた。

 ロキに誘われるまま、ゲームを一通りバリエーション豊富にプレイした。眼鏡を着けたVRだったり、空間に映し出されるものだったり。どれも最新鋭だな、程度の感想をいだいていたところ、ひとつ想像をはるかに超えるものがあった。大きなリクライニングチェア(セトとハオロンの部屋にもあった)でのゲームだけ、別格だった。比喩ひゆでもなんでもなく、別世界に行ける。視覚、聴覚、触覚はほぼ現実と同じで、ほかの感覚——嗅覚、味覚——も多少あった。夢の中に似た、バーチャル空間。頭に刷り込まれているような違和感はあるけれど、いわゆる没入感は段違いだった。

 そして、ありとあらゆるゲームで、私はロキに失望されるレベルの不手際を披露した。言い訳が許されるなら、単に慣れていないだけだと主張したい。知らないことばかりで、それぞれの操作をつかむのに時間が要るうえに、ロキの説明がものすごく雑だった。言語がどうこうではなくて、ざっくりしすぎている。「運転して」「早く撃って」「そこは必殺技だって」そうじゃなくて、その動作を実行するための操作を教えてほしい。クリアすることなくゲームオーバーしか見ていないのは、半分ロキのせいだと思う。

「……あ、何その目。なんか反抗的じゃねェ?」

 横で腹ばいに転がったロキが私の顔をのぞき込む。心を探られているようなので、ごまかすように少し後退した。ひとまずゲームの結果はいいとして、

「ろきは……ごはん、たべない?」

 お腹が空いたので尋ねてみる。今朝は朝食を食べそこねていた。今までは誰かに誘われるかたちで食べていたので、飲み物や食べ物をどう得るといいのか分からない。

「急じゃね? ……腹へったの?」
「……はい」
「ワゴンの中の、好きに食べればい~よ。ドリンクも」

 ロキが指先を振ると、部屋の隅から食事を運ぶワゴンが現れた。見えていなかったのか、どこかに収納されていたのか分からない。上部が開くと、食事というよりはスナック菓子という感じの品が並んでいた。オレンジのクラッカーとか、黄色のチップスとか。下段には飲み物が入ったボトルがカラフルに並んでいる。
(ベッドで……?)端に座っているとはいえ、ここで食べてもいいのだろうか。悩んでいると、転がっていたロキが飲料ボトルに手を伸ばし、ふたを開けてそのままの体勢で口に含んだ。何も気にしないらしい。

「対戦はウサギちゃん下手すぎて話になんねェな~……」

 けなしているか不満を口にしている気がする。オレンジのクラッカーはピリっと刺激的だった。飲み物もひとつもらった。こちらは微炭酸で、甘くないけどミントに似た爽やかさがある。食べ合わせが良いのか悪いのか。食べ慣れない味ということだけは、わかる。

 ゲームとともに変わっていた室内の映像が海底に戻った。それに合わせて、聴いたことのないポップな音楽が流れ始める。キンキンとした高めの歌声が脳に響く。耳を傾けていると、ロキの顔が下からじっと見上げていた。

「この曲、スキ?」
「……みみが、いたい」
「ジジィみてェなこと言ってンな~。ウサちゃんはさァ、若さをどっかに忘れてきたンかねェ~?」

 あまり良くないことを言っていると思う。ロキが横にあったクッションを抱えて顎を乗せ、何かを操作するように指先を空間に向けて細かく動かした。そこに小さな端末の画面があるみたいな動きだった。
 ロキが見えない端末から指を離すと、音楽がすっと消えて、別の曲へと変わった。なんだか激しい。ビート音が心臓をたたいてくる。

「さっきのと、こっち、どっちがスキ?」

 曲がった唇。試すみたいな笑い方をしている。歌声は先ほどと同じで高いが、音がやわらかい。曲は激しいが、耳がキンキンしないので、

「……こっち」
「ふぅん?」

 にやにやしている。

「答え合わせ、してほしい?」
「……こたえあわせ?」
「ウサちゃん、〈トリックスター〉知らねェだろ?」
「……とりっくすた?」
「音楽作成アプリ。オレが作ったやつ……けっこう流行はやってたンだけど、ウサギちゃんは年寄りだから? 知らないねェ~?」
「……ろきが、つくった?」
「そ。既存の曲を好みで選んでくと、そこからAIが学習して新しい曲を作成してくれンの。フリー配布のは、歌なし。インストゥルメンタルだけで、簡易的なやつ。有料は自由度が上がるし、より個人の好みに特化して作れる。歌詞も、歌声も。マシン合成で声質選べるから、歌声も好みにできるってワケ。オレはAIの開発だけであとは委託したンだけど……著作権問題とかクリアすンの、かなりめんどかったらしくてさァ~……一般に出たの、すげェ遅いし」
「? ……もういちど、いってほしい」

 内容が全然わからなかった。吐息したロキは言語を切り替え、

『……好みの曲を作ってくれるアプリケーション』
『それを、ロキが作ったの?』
『そう。……で、最初にかけてた曲が、そっち。誰かが作った……作ったのはおれのAIだけど? アプリ内での人気ランキング1位』
『……すごいね?』
『でも、あなたが選んだのは後者だろ?』

 何が言いたいのか分からない。自分が作ったものを否定されて怒っている……という感じは少しもない。表情はずっと嬉しそう。
 ロキの心を読めずにいると、またロキの指先が宙をなぞった。周囲の青が、人工的な色みの赤に変わる。黒をバックに真っ赤な細い光線がいくつも走っていて、ベッドも黒に染まった。空間に浮いているようなロキと私の目の前に、人影が。

 4人の少年——10代前半?——が、それぞれ楽器を手に演奏している。そこだけ強い白のライトに照らされていて、小さなステージのようだった。キラキラのラメが輝くピンクの髪をした、ギターを下げた少年がマイクに向けて歌っている。後から流れていた音楽と同じ。高音でクセがあるけど、曲によく合っている……

「……ろき?」

 映像の少年と、目が合った。私に向けて笑った気がした。複雑な色の眼に、すらりと長い手脚。挑発的に笑う顔は今より幼いけれど、たしかに隣の青年だと思う。
 隣の成長したほうを見下ろすと、クスリと曲がった口唇が、

「ウサちゃんは、オレの歌がスキ?」

 上機嫌の理由がようやく分かった。それから、こちらの歌声がキンキンとしていない理由も、なんとなく。最初の音楽は人が歌っていなかったのかも。

『ロキは、歌手……?』
『まさか。これは遊び。AIで作った曲の反応見たくて、おれが試しに人前で歌ってみただけ。バーチャルじゃなくてさ、リアルで集まって騒ぐっていう古い感じが、おれらの世代で流行ってたの』

 それは古いのだろうか。いつの時代でもよくありそうな話に思うが、疑問を口にはしなかった。それよりも、ロキの歌声が新鮮で、ちゃんと聴いていたかった。

 普段のロキの声は、すこし耳を引っかくようなザリザリとした音を含んでいる。発音も相まってクセが強いと感じるのだが、不思議なことに歌声は甘い。イントネーションがメロディーに取り込まれるからか、やわらかくなる。声質のクセは逆にアクセントになっていて、印象に残る歌声だった。

 これはロックという分類でいいのだろうか。判断できずにいると、ひとつの曲が終わって次の曲が始まった。出だしからドラムが激しい。ドラム担当らしい黒髪の少年が、周りを囲む楽器をものすごい速さで叩いていく。踏み鳴らす低音のドラムも重ねて。心臓を揺らすような音は、この子が生み出しているのか——と。眺めていると、イントロの細かな音を険しい顔で鳴らし終えた少年が、うまくいった! とでも思ったのか、ぱっと表情を明るくして笑った。下向きだった無邪気な笑顔が上がって、ライトを浴びる。きらりと輝く金の眼が——金の眼?

『この子……もしかして……』

 ドラムから視線をロキに下げると、ロキもドラムの少年を見ていた。

『犬。この時点では、セト』
『髪が……黒い?』
『このころのセトは、髪そのままだから。セトは昔から、外見にきょうみない。今の金髪はなんでか知らない。犬になって金髪になった』
『……?』
『昔は、セトもハウスに反発してたってこと』
『???』

 いまいち分からないが、反抗期(?)は地毛で、落ち着いた現在は髪を染めているということだろうか。普通と逆をいっているような……? 私の価値観は当てにならないけれど。

 視線を戻すと、少年セトはもう笑顔が消えていた。真剣な顔でリズムを刻むその顔は、今の面影がある。……逆だ。このときの面影が、今にもある。

「この頃のセトは、かっこい~のにな……」

 ぽつりとこぼれたロキの言葉は、どこか恋しげだった。過去を懐かしんでいるような、うらやんでいるような。言語が変わったせいで理解できず、訊き返した。

「……カッコイイ?」
「『かっこいい』って意味」

(褒めてたんだ……)ちょっと意外に思っていると、ロキの横目がこちらを見上げ、

「今は犬だけど、昔は馬鹿でクールで楽しいヤツだったわけ」

 〈馬鹿〉って聞こえた。これは悪口だったと思うのだけど。
 なんと返せばいいか考えている間に、ロキが指先で映像を切り替えた。同じバンド演奏に見える。曲も同じ……? いや、歌声が低い。

『これ、……おれの、のどの調子が悪かったときに、いきなりセトが——代わってやるから休んどけ、って言って……マイク取って、歌ったやつ。つまり、セトバージョン? ……どう?』

 私の言語に戻って訊いてくるので、答えるため歌声に集中した。ロキの裏声で高音だったところが、全部1オクターブ下がっている。たぶん。詳しいことは分からない。ドラムのビートが(歌っているから?)さっきより遅い気もする。加えて、低音で歌われると曲のイメージががらっと変わり、なんというか……色気が出ている、ような。だんだんロキバージョンの印象が薄れていくせいで、ほんとは違う曲だと言われても、うっかり納得しそうだった。

『セトが上手いよな』

 まだ何も答えていないのに、ロキはねたように呟いてクッションへと頬を落とした。ぐちぐちとした響きで小さく、私の知らないほうの言語で、

「ずるいよなァ~? 突発でサラッと歌ってさァ……めちゃくちゃかっけェの。これ息継ぎどこでしてンの? 声の揺らし方もさ、エロくね? これでかなりのコがセトにれてたもんなァ……ずりぃ……」

 私に尋ねているのか独り言なのか。彼らの言語で言っているのだから、私に伝わらなくても別にいいと思っているのだろう。ただ、文句の響きではあったが、聞き取れた単語からすると褒め言葉らしい。

「……ろきのうた、かっこいいよ」

 フォローするように彼らの言語で伝えた。セトの歌も上手だと思う。でも、だからといってロキが下手だとは思わなかった。タイプが違いすぎるし、比較するものでもない気がする。

「セトのほうがカッコイイし」
「……ろきも、かっこいいよ?」
「そォゆうの要らねェ」
「かっこいいよ?」
「……嘘つき」
「……かっこいい、のに……」
「セトが、一番カッコイイよ」

 ふっと、思わず笑ってしまった。似たようなやり取りを昨日もしたな、と思ったのと、強情の理由がおかしい。セトのほうがかっこいいという——そんなことを、ロキは譲れずにいる。
 クッションに頬を付けたままのロキが、私の顔を見て意外そうに目をパチパチとした。「アンタ、笑ったら可愛いね」小さな声で何か言ったあとに、

「ってか、なんで笑うの? 今って笑う要素あった?」
「ロキは、セトが……とても、すき?」

 不満げな顔に、ほとんど確信の得ていることを問うてみた。肯定しかない質問だと思ったのに、なぜかロキは眉に力を入れ——まるで泣きそうな表情を浮かべて——沈黙する。どうしたのかと戸惑う私から視線を外して、瞳が伏せられた。

「……スキ、だった……かも」

 ささやくような答えが、唇からこぼれる。騒がしい音にまぎれてしまいそうな、彼らしくない声。

「って言っても……やりたいとかじゃねェよ?出会ったころは、どっちかっていうとキライだったし」
「…………きらいだった?」
「オレ、昔から負け知らずで……勉強は当然だけど……それ以外もなんでもできてさ。周りのヤツらが、オレと同じに見えなかった」

 瞳が、ひらりとこちらに戻る。曲が終わると映像は消えた。背景の闇を貫く、赤い光線だけが残っている。

「ハウスのヤツらに期待してたンだけど、ここに来て、いざ交流してみると……全然ダメでさァ……オレみたいなヤツいるかと思ったのに、み~んな違くて。なんだ、やっぱオレだけか、って……思い始めたころに……セトが、唐突に絡んできたわけ。幼少期のセトは、ひとりでいるヤツに片っぱしから絡みに行くような、うざいヤツだったから」

 言語はそのまま、けれどもゆっくりと、私に話しかけるように。

「走るの勝負しようぜって。あの頃は、オレのほうが測定の数値上は速かったンだけど……勝負なら勝てる気がする、勝ちたいからやろうって、いきなり。……そんで、付き合ってやったら……なんでかねェ~? ほんとに負けたンだよなァ……オレの、初めての敗北が、それ」

 そこで、ロキは口角をわずかに上げた。

「オレさ、そこで初めて——人生で初めて、泣いたの。それくらい衝撃的だったの。誰かに負けるっていうのが、こんなに悔しくて……なんだろな? セトがオレと同じステージに上がって来たンじゃなくて……オレが、落ちたみたいな? 同じ人間って、認知できた瞬間だった」
「…………おなじ、にんげん?」
「そ。ちなみにセトは、オレが泣いてるのに、やったー! なんて言ってたけどね。……まァ、そっからオレとセトの勝負がいろいろと繰り広げられて……勝ったり負けたりすンだけど、オレはそれが楽しくてさ、セトにほだされてくってワケ」
「せとは……つよい?」
「スポーツだけな。ゲームはまあまあ? 勉強は圧倒的にオレ」
「すぽーつ、げーむ、……べんきょう」
「けっこう分かってンじゃん? ……昔のオレは、セトといるのがほんとに楽しくて……セトとオレなら、なんでもやれるって思ってた。……だから、ハウスが崩壊したとき……こんなとこ出て、自由にやろうって……むしろセトが言うと思ってたくらいで……」

 ふと、言葉が途切れる。寝転んでいたロキが体を起こし、あぐらを組んで座った。私の横で、水色の背を丸めて、

「ほんと、急になんだよ……なんの脈絡なく、急に……オレと馬鹿なことはもうしねェって。……ハウスを継ぐサクラの……迷惑になるようなことは一切しない、サクラとここに残るって、そう宣言してさァ……オレに、お前は出て行けばいいって、言ったの……」

 うつむく顔が、静かにゆがんでいく。嘲笑にも見える、浅い笑いを帯びていた。

「オレ、なんかしたかなァ……? セトに見限られるようなこと……あれから何度考えてもさァ……全然分かんねェの……」

 諦めの浮かんだ目が、私を捉えた。

「ウサちゃんも、オレと同じだよな?」
「……おなじ?」
「セトに拾われたけど、サクラのほうが大事だから、あっさり捨てられた」
「…………せとは、さくらが、だいじ」
「そう……ムカつくよな」
「………………」
「こんな所いたくねェのに。いる価値も、もう無いのに。……他に行く場所なんてねェから、しがみついてる。……アンタは、オレみたい」

 ロキの腕が伸びて、私の頬に触れた。長い指は見かけによらず、優しく触れてくれる。近づく瞳から目を離せずにいると、唇が重なった。それは、震えている気がした。

 動けなかった。そのままベッドに押し倒されても、ロキの手が私の手をからめとるように指先を合わせても、その眼から目を離せず、反応することも、できず。——ただ、その眼に、ひとつの真実を見出みいだしていた。

 初めて会ったときから、ロキをあまり怖いと思わなかった。背の高い身体に、悪意のある笑みを浮かべているのに。なぜ、そこまで恐怖をいだかなかったのか……その理由が、そこにあった。
 ——ロキは、子供のよう。瞳にはいつだって相手を試すみたいな色があって。幼い子が、構ってほしくてイタズラしているみたいな……そんな眼に見えるからだ。

 立体映像の光を灯して、幼げな眼から赤い涙が落下した。
 触れる唇からすべり込む舌が、重なりきれない距離を埋めようと懸命に絡みつく。結ばれた手を握り返すと、キスが緩まった。彼から生まれたしずくは、私の肌をつたって、私が泣いてるみたいだ。

 額に、まぶたに、頬に。くり返し落とされるくちづけは、始まりから終わりまで、たえまなく降っていた。彼が私のなかに入ってからも、ずっと。
 すがるような姿に応えたくて、ぎゅっとその背中に手を回していた。
 それはまるで、互いの傷をめ合うような行為だったけれど……心から相手に向き合ってしたのは、初めてだった。
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