【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.11 致死猫は箱の中

Chap.11 Sec.5

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 空は相変わらず晴れない。
 ほかに為すべきこともなく、射撃トレーニングせざるをえない感じなので、ティアは重い足取りでトレーニングルーム(かつては運動室だったらしい)へと向かった。

 ポニーテールにスポーツウェア。カタチから入るべく格好だけそろえていったティアであったが、結果からいうとスコアは散々だった。ここまで成長が見られないと、やる気も出ない。しかし、上手くなったらなったで嫌悪感をいだきそうではある。

 携帯用の小さなハンドガンを分解して掃除しながら、長く息を吐き出した。この作業もトレーニングの一環だった。こんな野蛮なこと(手作業が多くて文明的じゃないうえに、人を殺すためのトレーニングだなんて……いろんな意味で、ほんとに野蛮だ)に時間を割いているなんて不快だが、このハウスで起きた事を思うと……サクラに不要を訴えることはできない。防衛が要らない世界なんてものは今やどこにも無い。ティアが知らなかっただけで、元から無かったともいえる。不幸によって、人は——いくらでも残酷になれる。

 明るい照明の下、勿忘草わすれなぐさ色の眼をそっと伏せた。近頃は思い出によくとらわれる。憂い事があるせいか……。
 ふと、トレーニングルームのドア横で赤いライトがつき、目をひかれた。開いたドアから来たのはサクラだった。撫子なでしこ色の、丈が太ももを覆う程度の短い着物に、鈍色のボトムス。ティアと比較するとトレーニングには適していないように見える。青い眼がティアを捉えた。

「ここでお前と会うのは珍しいな」
「ね。……ノルマが全然クリアできてないっていう通知を無視してたら、ついにセト君からお叱りを受けちゃった。……サクラさんは今月のノルマ?」
「今月は終えているよ。これは自主練だ」
「わぁ。えらい」

 棒読みのような薄っぺらい感嘆詞を返してしまった。聞いていたけれど、ほんとうに自分だけノルマを全然こなしていないらしい。

 床から収納棚が出現し、サクラはトレーニング用のハンドガンを手に取った。ハンドガンを軽く見回してから、サングラスと形状がそう変わらないAR(もちろんVRも対応している)グラスをかけ、奥の簡易ターゲットに向けて片手のみで試し撃ちし始めた。小型で収まりのよいそれは腕の延長みたいになじんでいる。掃除が終わったティアは手持ちぶさたに眺めていた。
 サクラがハンドガンを下ろし、グラスを掛けたままティアを振り返った。

「練習しないのか?」
「ワンセットしたよ」
「ワンセットでクリアか?」
「ううん、ちっとも足りない。セト君には、今日中にワンセットやれって言われただけだから……ひとまずいいかな、と思ってる」
「セトに怒られるだろうね」
「怒られたら、明日の僕にがんばってもらうよ」

 サクラはクスリと唇だけで笑った。彼の笑顔は作りもの。どれも表層だけで、心がない。心から笑うことなんてあるのだろうか。不機嫌なときは分かりやすいのだけど。寝起きとか。
 青白い横顔を見つめる。サクラはハンドガンの弾を新しく装填した。この弾丸は練習向けで殺傷能力の低い物だが、それでも、怖い。グラス越しにサクラの横目が投げられた。

「射撃の調子はどうだった?」
「……悪いね。手動は手が痛いし、オートは勝手に弾が出て怖いし、最悪」
「慣れれば紅茶を淹れるのと変わらないよ」
「え~? それはさすがに……目的が違いすぎない?」

 たとえに納得できず肩をすくめた。サクラはトリガー部分に指を入れた状態で、くるりとハンドガンを回してみせた。

「慣れれば瑣末さまつなことだ——という話だよ。繰り返せば慣れる。最低限の練習はしなさい」

 サクラの手のなかでもてあそばれるハンドガンは、おもちゃみたいに見える。怒っている響きではないが、小言めいた発言に反発する気持ちが……すこし。ティアは、ハオロンとは別の意味で、怒られ慣れていない。正確にはしかられ慣れていない。

「……サクラさんの調子は、どう?」
「どうだろうね。私の練習を見ていくか?」
「射撃じゃなくて……んーと……しいて言うなら、チェスかな?」
「………………」
「クイーンを守るナイト、倒せそう?」

 サクラと同類の笑顔で尋ねた。

「複数の駒を思いどおりに動かすのは、難しいよね? サクラさんが望む結果になるかな?」

 グラスの奥にある青い眼は、ティアを見ることなく掌中のハンドガンを見ている。独り言のように口を開いた。

「チェスは最初から、先の明瞭なイメージがある。分岐がひとつひとつ消えていくだけだな?」
「?……そう?」
「私の中で、この試みはイメージが不安定だ。細微に捉えて干渉することはできるのに、全体として成り立たない……まるで箱の中の猫だね」
「……ねこ?」
「生きてもいるし、死んでもいる——そんなことは私たちの認識のもとでは成立しないから、自ずとどちらかに定まるのだろう。あとは観察者の思い込みが、どう作用するか……」
「……ね、はぐらかしてない? 僕、かなり置き去りにされてるんだけど」
「そんなことはないよ。お前は常に介入している」
「……それって、僕のことも利用してるって……認めたのかな?」
「介入は、お前が望んだことではないか?」
「……僕はナイトを倒したくないよ?」
「お前が倒す必要は無い」
「………………」

 両手でハンドガンを構えたサクラが、奥のターゲットを撃ち抜いた。動かない的とはいえ、ブレることなく中央に空けられた穴にティアは眉をひそめた。サクラの腕前を知らなかった。どれほど練習すればこうなるのか。
 改めて見ると、着物から伸びた腕は引き締まっていて細くはない。青白いだけで勝手に繊細な印象をいだいていたが……相当なトレーニングをこなしているようすが見られた。ノルマなんて、話にならないほど。

「……サクラさんは、なんのためにトレーニングしてるの?」

 青い眼の先にあるものが知りたくて、問うた。彼が見つめるものはなんだろう? 彼の心はどこにある?
 サクラは、ティアを見ない。

「有事の際、対処できるようにしている」
「……ナイトを倒すため、じゃないよね?」
「私がどう答えようと、お前は私を信じないだろう?」
「そんなことないよ? 否定してくれたら、信じるつもりだよ」

(セト君をどうしたいの?彼の忠義を試してるだけ?)
 わざわざ波瀾はらんを起こそうとする、その理由を訊いたところで、教えてはくれないのだろう。わかっていても、渦中に招かれた以上、考えずにはいられなくなっている。セトのことを案じる気持ちも……ある。認めたくないけれど、心配している。けして仲がよいとは思わないが、悪くもない。ハウスに来て孤立していたティアを、彼がずっと気にしてくれていたのも知っている。
 彼は——優しい。これは褒め言葉じゃない。

「セト君に……ひどいことは、しないよね……?」

 思わず核心を突くための問いがこぼれた。
 ティアの心を知ってか知らずか、サクラはグラス越しの青い眼をティアに返した。

「セトをハウスから追い出す。それが私の目的だ。邪魔をするなら——容赦しない」

 向かい合った眼は深く、冷えきった色をしている。こんなにも近くで向き合っているというのに、心がすこしも見えてこない。隠された本心は読み解けない。答えをくれたはずなのに、心が読めないせいで、信じられない——それとも、信じたくない?

 不安を掻き立てられる。
 ティアの望みは、平穏だけだ。怖い思いをしたくない。辛いことや悲しいことも、できる限りなくしたい。このまま死ぬまで変化のない日々でいい。誰かを助けようなんて、身のほど知らずなことは望まない。

 何もしない——できないティアは、口を閉ざすしかなかった。
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