【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.11 致死猫は箱の中

Chap.11 Sec.3

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 いつもよりも早起き。外の天気は曇り。この季節はだいたいこんな感じで、ティアが生まれ育った地とよく似ている。いや、それよりは雨が降らないかな? でも、にわか雨は多いな。時節柄なのか土地柄なのかどちらだろう?

 私室を出て、食堂へと向かう。時刻はブランチに適していて、メルウィンのメニューによればスコーンがある。三角ではなくて丸。シンプルな素材のイングリッシュスコーン。アフタヌーンティーのイメージだが、ティアが好きなのを知ってからはブランチの時間によく用意してくれている。
 メルウィンのそういったきめ細やかな配慮はとても素晴らしい。ハウスの誰までが気づいているか知らないが、それぞれの出身だったり、ゆかりのある地だったりの名物や定番食を、相手に合わせて提供しようとしているようすが見られる。無頓着むとんちゃくなひと(大食いの彼とか)には伝わっていないが、もしかするとアリアあたりは分かっているかも知れない。

 たどり着いた食堂のドアの向こうには、この時間にしては珍しい先客がいた。無頓着の代表格。

「おはよ、セト君」

 廊下側の奥に座っていた金髪に声をかけると、ギロリとした横目がこちらに流れた。なんだか……怒っている? ような? 金の眼は無言のまま食卓へと戻った。
 窓側の通路を進んで、セトと正面にならないよう奥からひとつ席を空けて座る。メルウィンの席というていで。流れてくるロボットにスコーンと紅茶を頼んだ。茶葉はアッサム。ミルクティーにしようかと思ったが、ストレートの気分だったのでそのまま。加工食の紅茶でもマシンの圧縮抽出でもなく、読み込んだアプリによってロボットが人間のまねをして淹れてくれるタイプのものを。食堂ではたいていこの紅茶を飲んでいる。

 食事がととのうまでの時間つぶしで、セトへと話しかけた。

「ね、なんで態度悪いの? たしか僕のほうが昨夜いきなり訪問されるっていう迷惑をこうむったはずだよね?」
「うるせぇ」
「(わ。機嫌わる……)」

 がつがつと食べているセトを眺めつつ不機嫌の要因を考え、いくつか頭のなかで挙げてみる。
 いち、昨夜あのあとに彼女と会えなかった。
 に、会えたけれど逃げられた。
 さん、会えたし私室まで誘えた。でも手を出そうとして断られた。
 よん……誰かに横取りされた。

 (3は無いかな? アリスちゃん、一緒にいないし。食事の時間からすると有力なのは4? ……となると盗人ぬすびとはロキ君か)
 勝手に結論づけて、テーブルの上に用意された紅茶を飲んだ。甘くほっこりとしたコク。アッサムをストレートで飲むことはあまりないが、問題なく美味おいしい。ティーカップをソーサーに戻して、いただきますをしてからスコーンを手に取る。半分に割ってクロテッドクリームをしっかり、いちじくのジャムはひかえめに。口に入れるとサクッほろっとした素朴なスコーンの味。そこに紅茶の厚みのある香りと、いちじくのとろりとした甘さが重なり、秋らしさが生まれる。わりと幸せなひととき。前方から、じとりとした目を向けられていなければ。

「……なにかな? セト君も食べたいならオーダーしたら?」
「いらねぇ……」
「じゃ、目をそらしてもらえる? そんな目で見られてると、ちょっとやな気分になるな~?」
「充分幸せそうに食ってんじゃねぇか」
「美味しいからね。ありがと、メル君」

 右手の壁、廊下寄りにある調理室への入り口、セトからは死角の見えない位置で、そろーっとのぞいていたメルウィンに手を上げて感謝した。メルウィンは(セト君が機嫌わるいんだよティアくん、余計なこと言っちゃだめだよ気をつけて)口の動きだけでそんな感じのことを懸命に知らせてくれている。セトが振り向くとすぐさま口を閉じて調理室へ引っこんだ。

「だめでしょ? メル君にやつあたりしちゃ」
「は? なんもしてねぇぞ。メルウィンとは挨拶しただけだ」
「おはようだけで不機嫌を見抜かれるなんて……きみ、どんな顔してたの?」
「知るか。こっちはいつもこの顔なんだよ」
「うん、いつもどおりセト君の顔はこわいね」
「あ?」

 凶悪な目つきが向かってきたけれど、紅茶を飲んでスルー。ふう、わざとらしく吐息した。

「ほら、機嫌わるい」
「今のはお前が悪いだろ」
「アリスちゃんをロキ君にとられたから?」

 セトの目が丸く開かれる。しばらく固まるような沈黙があってから、

「お前……どっかで見てたのか?」
「や、すこし前まで眠ってたよ」
「まじか……お前ほんとすげぇな」
「(え? 褒められてる?)……ありがとう?」

 急に一変した。意地の悪い指摘だったと思うのだが、セトは態度を軟化させた。この反応は想定外。

「正直言うとお前にもムカついてたけど……やっぱお前の助言に従って正解だったんだろな」
「僕の助言ってなに? ……うん? あれ? 僕にも怒ってたの?」
「なんでもねぇよ。——つぅか。そんなことよりお前、射撃トレーニング全然やってねぇだろ」
「えっ……いきなり嫌な話題……」

 美味しいものを食べているときには聞きたくない話が出てきた。文字どおり耳をふさぎたいけれどスコーンを手にしている。

「ちゃんとやれよ。ミヅキから注意されてるだろ」
「え~……でもさ、僕ぜんぜん上達しないんだよね。これって意味なくない?」
「意味なくねぇ。非常時に備えてやっとけ」
「非常時なんてそうそう無いよね?」
「そうそう無いから非常時なんだろ」
「じゃ、そのときはセト君が僕を護って」
「嫌だ」
「けち」

 憎まれ口をたたくと、セトが「お前な……トレーニングしねぇと追い出されるぞ」わりあい現実的な脅しを口にした。このハウスにいるためにはサクラ法を遵守する必要があるのだが、そのうちのひとつにトレーニングのノルマがある。護身術や射撃の訓練を受けなくてはいけない。……やだ。ハウスの恩恵はティアにとって絶大で、生きてくうえでも必須だが、これだけはほんとに嫌で仕方ない。

「射撃はやだな~……僕以外のみんなってどうなの? メル君とか、あんまりしてるイメージないけど」
「お前以外はきちっとやってる。メルウィンも毎月ノルマは欠かしてねぇよ」
「そうなの? メル君えらいね」

 セトの雰囲気がやわらいだのを察したメルウィンが、ワゴンと共にティアの近くへとやって来た。おかわりの紅茶を手ずから淹れてくれる。

「ティアくんは射撃が苦手なの?」
「うん、すっごく。スコアもひどいよ。見てみる?」

 ブレス端末から引き出したデータを空間に映す。メルウィンの目がそれらをなぞって、

「………………」
「ね、びっくりでしょ」
「手動は分かるんだけど……自動照準オートエイムでもスコアが低いのは……どうして?」
「僕がきたい。オートが全然オートじゃない」

 ティアの場合、なぜか自動照準機能を使用していてもターゲットからずれる。食事を終えたセトは話を聞いていて、口をつけていた珈琲コーヒーのカップを離した。

「残心が要る。弾が出たら終わりじゃなくて、当たりきったのを確認するつもりで……最後までターゲットを意識しとけ」
「うん、おそらくムダになるアドバイス、ありがとう」
「はぁ? なんで無駄になるんだよ」
「弾が当たる瞬間なんて怖くて見てられないから」

 ARやVRを活用したターゲットは、映像とはいえティアの頭のなかでも人のかたちをしている。当たる場所によるリアルな反応もある。頭だと一発で倒れるが、脚だと相手も抵抗して銃を構えてくるし、腹部でも反撃された。せめて可愛い着ぐるみとかなら……いや、どうだろう。

「ティアくんの気持ち、僕もわかるよ。当たったときのリアクションが、すごく痛そう……」
「ね、怖いよね。リアルすぎ」

 メルウィンと共感し合っていると、セトが「トレーニングのは、そうでもないだろ。本来なら血も出るし、あんな軽い反応じゃねぇと思うぞ」眉を寄せている。余計な情報だ。

「……やだな。ほんとにやだ……したくない……」
「ぐだぐだ言ってねぇで、ちゃちゃっと片付けて来い。今日中にワンセットやれよ? やらねぇとペナルティかかるぞ」
「う~……」

 肯定に成りきれない声を返して、メルウィンが淹れてくれた紅茶のフレーバーに逃避する。メルウィンも休憩をとるのか、隣に座って同じ紅茶を口にした。

「夜はティアくんの好きなものを作るから……がんばって」
「……うん、がんばる」

 しぶしぶ応えると、メルウィンが垂れた目尻にいたわりを浮かべて微笑ほほえんだ。優しい彼もノルマをこなしているのだがら、自分だけやらないなんて突っぱねるわけにはいかない。
 ご褒美を心にえがいて、努力しよう。

「おい、甘やかすなよ」

 厳しいセトの突っこみは、聞こえない。
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