その怪談、お姉ちゃんにまかせて

藤香いつき

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5. 予言

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 校舎の外では、セミの鳴き声が空気を焼くようにひびいた。イチカは冬也と向かい合ったまま黙りこむ。
 廊下には玄関に向かう児童たちの姿があって、ざわざわとした声もあった。それでも、一瞬だけ音が消えたような気がした。じっとりと暑いはずなのに、イチカのうでは鳥肌が立っていた。
 イチカは寒気をふりはらうように首をふった。
 
「三つの怪談は、たまたまです。私がやりたくて解いたんじゃないし……本当の幽霊も、いなかったし」
「あれ? 幽霊なんて信じてないんじゃなかった?」
 
 冬也の質問には答えない。イチカは強い口調で言った。
 
「『マチコ先生』は、私にまったく関係ないから。もういいですよね? さよなら!」

 イチカは話を一方的に終わらせ、冬也を置き去りにしようと足を玄関の方へふみ出した。
 じゃまされるかと思ったが、冬也は手を伸ばしてこなかった。
 代わりに、
 
「——ひとつ、予言をしよう」
 
 歌うような声が、イチカの耳へと届いた。冬也のその発言に、イチカはついふり返ってしまった。
 
「よげん……?」
 
 大人びた、すずやかな冬也の目と、ばちんと視線がぶつかる。
 
「そう、予言だ。きみの未来を当ててみせる」
「いきなり、なに言って……」
 
 困った顔で見返すイチカ。冬也は少しも動じることなく、まっすぐに見つめ返した。
 
「イチカくん、きみは、『マチコ先生』を解かずにはいられない」

 すき通る声が、廊下のざわめきの合間をぬけて、イチカの耳の奥へとひびいた。
 静かに告げる冬也の姿に、イチカは底知れない何かを感じ、ざわりと胸騒むなさわぎを覚えた。
 
(うそ。予言なんて、ありえない)
 
 言い返そうとしたイチカの言葉は、別の声にかき消された。
 
「おねえちゃんっ!」
 
 聞き慣れた高い声が、イチカを呼んだ。はっとして目を向ければ、玄関前のホールに妹のニコがいた。かけ寄ってくるニコの後ろには、もうひとり。副会長の真田さなだ恭士郎きょうしろうもいる。恭士郎も六年生だ。背が高く、日に焼けた肌はこんがりと茶色。夢見坂地区のサッカークラブのエースで、バツグンに運動神経がいいらしい。キリッとした顔をしていて、少し怖い印象だった。
 
 もちろん、「ニコを迎えに行ってくれてありがとう」なんて言うつもりはない。イチカはニコの手を取って帰ろうとした。
 しかし、つないだイチカの手を、ニコが引き止めた。
 
「んっ?」
 
 引っ張られたイチカが見下ろせば、両手でぎゅうっとつかんだニコが、うるうると涙の浮かんだ目で見上げていた。
 イチカは嫌な予感がした。
 
「……おねえちゃん、『マチコ先生』の呪いって知ってる? 最近、流行はやってるんだって……恭士郎くんが、言うの……」
 
 震える声でうったえてくるニコ。イチカは思わず恭士郎をにらむように見ていた。
 恭士郎は申し訳なさそうに眉を下げ、無言でイチカから目をそらす。

「『マチコ先生』は、悪い子に呪いをかけるんだって……わたし、テストでバツがいっぱいだったから……きっと、呪われちゃう……どうしよう……」
 
 みるみるうちに、ニコの目から涙があふれそうになる。
 すると、冬也がスッとかがんで、ニコに笑顔を見せた。
 
「大丈夫だよ、ニコさん。心配しなくても、『マチコ先生』はきみのお姉さんが解決してくれるから」
 
 すずしげな顔で、勝手に言う。
 何も言えないイチカの下から、ニコが「ほんと?」と、期待のこもった目で見上げてきた。
 
「………………」
 
 少しのあいだ、無言で止まる。
 ニコと並んで見上げてくる、にっこりとした冬也の顔がとてもむかつく。
 
 ——でも、ニコの期待をイチカが裏切れるはずもない。

 ふーっと長くため息をついてから、イチカはニコのほおを両手でつつんだ。
 
「泣かないで、ニコ。にこにこ笑顔で、心配しないで」
 
 いつものように、亡くなった母の口ぐせを、イチカが代わりに唱える。
 声にぐっと力をこめて、強く言う。
 
「その怪談、お姉ちゃんにまかせて」
 
 冬也の予言は、こうして無理やり実現してしまうのだった。
 
 
 
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