勇者と冥王のママは今日から魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス誕生

王妃の外遊8

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「ブレイラ様、お待ちください! 山に入ることは危険です、どうかお戻りください!」

 マアヤが必死で私を引き止めてくれます。
 でも、私はゼロスを抱いたまま足を止めません。止めることはできません。

「あの女の子を見つけるまで戻る訳にはいきません」
「お気持ちは分かりますが、どうかお戻りください。ブレイラ様の身に何かあれば魔王様もイスラ様も嘆かれます」

 ハウストとイスラの名前に私の足が止まりそうになる。
 マアヤの言う通り、トロールが出没する夜の山は立ち入るべきではない場所です。でもその場所に年端もいかぬ女の子が入ってしまったのです。

「心配してくれてありがとうございます。でもごめんなさい。せめて、あの女の子を見つけるまでは許してください」

 謝りながらも進む私にマアヤは困りながらも付いて来てくれます。
 光魔法で足元を照らし、闇に覆われた山道で私の視界を守ってくれる。
 本当は今すぐにでも連れ戻したいと思ってくれているのに、それでもこうして夜道を照らしてくれる彼女には感謝しかありません。
 こうして私はゼロスを抱き、マアヤとともに闇に覆われた山道を歩きます。
 少しして岐路に行きつき、左の小道へ入りました。

「あ、ブレイラ様、そちらは山道から外れます。こちらではないのですか?」

 岐路を迷うことなく進んだ私にマアヤが焦って言いました。
 二手に分かれた道ですが、私が選んだ道は先が鬱蒼と茂っているのです。

「この道は間違えやすいのですよ。今は光で照らされているのでこちらは道でないと分かりますが、あの女の子はこちらに進んでいるかもしれません」

 右に進んでくれているなら、月明かりの差し込む日溜まりの場所へ出ます。そこへいたる山道も広いもので、朝を迎えれば自力で山を降りることも可能でしょう。
 でももし左に進んでいれば、道は先細って鬱蒼と茂った山林の中に入って行ってしまう。そうなると山で迷子になるという最悪の事態を迎えてしまう。ならば最も進んでほしくない道を選びます。

「行きましょう。早く見つけなければ」
「はい」

 私たちは闇が深い方の道を進んでいく。
 私にとってこの山は初めてではありませんが、進むにつれてマアヤの不安が濃くなっていきます。

「夜の山がこれほど闇深くなるなんて知りませんでした」
「開けた場所しか月明かりも届きませんからね。雨の夜なんて足元すら見えなくなってしまいます。でも今はあなたが照らしてくれているので助かりますよ」

 そう言って笑いかけると、マアヤも少しだけ安心したような顔になってくれました。
 足元の光魔法も気合いが入ったかのように輝きます。

「ブレイラ様はコレット様がおっしゃっていた通りの方ですね」
「なんですか、突然」
「こうしてお仕えすることが決まってから、コレット様にブレイラ様のお話しを幾つか伺いました」
「……それは、聞くのが怖いですね」

 コレットが側近女官として仕えてくれるようになってから彼女には迷惑ばかり掛けています。

「お話しした方がいいですか?」
「気になりますが止めておきましょう。耳に痛い内容かもしれませんので」

 そう答えるとマアヤは目を瞬いて、次に面白そうに小さく笑いました。

「ではお気持ちが変わりましたら、いつでもおっしゃってください。いつでもお話しします」
「ふふふ、考えておきます」

 不思議ですね。暗い山道もこうして話しながら歩いていると少しだけ気持ちが明るくなります。
 ゼロスの一件でマアヤを傷付けてしまったこともありましたが、こうして話しができるようになって嬉しいです。
 しばらく歩いていると、ふと木陰に小さく蹲る影が見えました。
 影はマアヤの光魔法に気付くとハッとして立ち上がる。そう、貧民街の女の子です。

「あ、見つけました! 良かった、やっぱりこちらに進んでいたんですね!」
「うぅっ、うわああああん!! こわかったよー!!」

 女の子が泣きながら走ってきました。
 やはり夜の山で迷子になっていたのです。
 抱き着いてきた女の子を受け止め、泣きじゃくる顔を覗き込む。

「大丈夫ですか? どこか怪我はしていませんか?」
「ここ。転んだのっ……。うぅっ」

 そう言って女の子が自分の膝を指さしました。
 膝小僧に擦り傷ができています。
 じんわり血が滲んでいて、とても痛々しい。

「可哀想に。少し待ってくださいね」

 私は周辺の茂みを見回し、目的の薬草を見つけます。
 葉を三枚ほどとって軽く揉み、擦り傷にそっと押し当てました。

「応急処置ですがこれで痛みは引いていくでしょう。この葉は優れた消毒作用があるのです」
「ありがとう。……なんだか、お母さんが話してくれた薬師さんみたい」
「…………」

 なにも答えることは出来ませんでした。
 でも温かな気持ちが込み上げるまま、いい子いい子と女の子の頭を撫でてあげます。

「では街に戻りましょう。夜の山を出歩くのは危険です」
「でも……」

 女の子が泣きそうな顔で唇を噛みしめる。
 母親を見つけるまでじっとしていられないのですね。
 私は女の子と目線を合わせ、信じて欲しいと願って言葉をかけます。

「あなたの王が、あなたのお母様を探してくれています。今は待ちましょう」
「私の王様……?」
「はい。あなたの、いいえ、すべての人間の王です」
「……にんげんの、王様……」

 首を傾げた女の子に私は笑いかけました。

「今は私と待ちましょう。国王にも手紙はちゃんと届けましたから」

 そう言って手を差し出します。
 女の子はおずおずと手を伸ばしてくれたので手を繋ぎました。

「……ごめんなさい、勝手に飛び出して」
「謝れるなんてお利口ですね」

 ぎゅっと手に力を籠めると、女の子は安心したような顔になります。
 良かった、女の子を無事に保護できました。
 山道を引き返し、早く街に戻りましょう。
 でもその時でした。

 ……ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ。

 地面が微かに震動しています。
 嫌な予感に私とマアヤは顔を見合わせる。
 しかも音と震動はゆっくりと近づいてくるのです。

「ブ、ブレイラ様、こちらにっ。こちらの岩陰に隠れてください!」

 咄嗟にマアヤが私たちを岩陰に誘導してくれました。
 そこで身を隠し、私たちは息を潜めて気配を消します。
 ドスン! ドスン! ガサリッ、ガサリッ。メキメキメキメキッ、ドオオオン!!
 大地を踏みしだく重い足音。それに合わせて薙ぎ倒されて踏み潰される草木の音。
 近づいてくる巨大な気配に緊張感が高まっていきます。
 岩の隙間から覗く巨大な影に息を飲む。
 巨木のような巨大な怪物、それはトロール!

「っ……」

 思わず声が出そうになって慌てて口を手で覆いました。
 手を繋いでいる女の子もガチガチと震えていて、少しでも安心させようとぎゅっと握りしめる。
 トロールは周囲の木々を薙ぎ倒しながらうろうろしています。私たちを探しているようですが、幸いにも気付いていません。
 私は女の子と手を繋ぎ、腕の中のゼロスを強く抱きしめる。
 ゼロス、怖くありませんか?
 問うようにゼロスのふっくらした頬に頬を寄せます。
 でもゼロスはこの緊張感のなかでも大きな瞳をきょとりとさせるだけで怯える様子はありません。
 それどころか私の頬に小さな手を伸ばし、ぺちぺちと触れてくる。
 大丈夫そうです。強い子ですね。
 口元が綻んで、額に口付けました。
 ゼロスを宥めるつもりでしたが、腕の中の小さな温もりに私の方が落ち着いていくようでした。
 そんな中、厳しい面持ちをしたマアヤが進言します。
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