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みるくてぃー

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二章 襲いかかる光と闇

第73話 元・公爵様の目的

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「お疲れ様です」
「ホント疲れたわよ」
 ようやく二人だけとなった静かな部屋で、ノヴィアが先の騒動を労うよう暖かな紅茶を淹れてくれる。

「それにしてもまさかグリューン様だったとはね、流石にそこまで見抜けなかったわよ」
「ははは、そうですね」
 つい先ほどまでの出来事を思い出し、私とノヴィアが苦笑い。
 既にお気付きの方もいられるだろうが、グリューンとはメルヴェール王国の二本柱、グリューン公爵家を表す名。
 しかも妻と息子が世話になったと告げられれば、それはもう公爵様(元)ご本人しかおられないだろう。



「……こ、公爵様!?」
「ははは、公爵の座は息子に譲ったのでな、今は元・公爵だ。ははは」
 いやいや、能天気に笑っておられるが公爵といえば貴族の最高位。しかもメルヴェールではグリューン家とウイスタリア家のたった二つで、その権力は陛下に続くナンバー2。如何に貴族とはいえ、おいそれと簡単にお会い出来るような方ではないのだ。
 それに頭に『元』がと付くと言われても、公爵の座を継がれたのは私よりも年下のエミリオ様だし、復興途中のメルヴェールでは、元公爵様の存在を無視できる様な余裕は何処にもない。
 そもそも無能な王子と傲慢な王妃、そして裏で糸を引いていた人物の野望を食い止めたとして、お二人の公爵様を国を救った救世主とさえ囁かれているのだ。
 そんな人物が一体誰がお使いの様な仕事をしていると思うだろうか。

「そ、それでその……、こちらに来られた本当の理由は……?」
 探りを入れるといえば失礼だが、相手は一国の発言に強い力を持つ公爵様(元)。
 私の推測通り、他国へと流れた自国の民の様子を見に来られたのだろうが、これほどの大物が来られたとなれなば話は変わる。
 それに正体を明かすために最後まで残っておられた考えれば、なんらかの目的があっての行動だろう。流石に私が母国へ謀反を企てているとは思われていないだろうが、慎重に言葉を選びながら真意を尋ねる。

「いやぁ実を申すとな、妻と子を助けてもらった件で礼をしたいと思っていたところ、王からある内容を相談されてな。ちょうどいい機会だったから自ら足を運んだのだ。ははは」
「はぁ……お礼ですか? お礼は既に十分すぎるほど頂いておりますので、お言葉だけでしたら……」
 礼をしたいとはおっしゃっているが、既に公爵家からは多額の礼金と、あちらの全面費用持ちでお屋敷を建築中。見た所何かを持って来られている様子もないし、お言葉だけなら特に気にする必要もないだろう。

「うむ、先の件では本当に世話になった。お陰でこうして新政権への貢献も出来るし、国が生まれ変われる場面にも立ち会える。今後何か困ったことがあれば気軽に相談してくれ」チラッ
 最後にケヴィンの方へと顔を向けられたのは、彼への牽制の意味を込めてのことだろう。
 これで今後ケヴィンが私に嫌がらせを受ける可能性はグンと少なくなるはずだ。

「それで新陛下の御用事はもうお済みになられたので? 私にお手伝い出来ることがございましたら協力させていただきますよ?」
 このアクアの地にまで来て、別の用事ということはないだろう。難民を全て自国へ送り返せとか言われれば、流石にお断りはさせていただくが、ここまで友好な様子ならばその可能性は限りなく低いのではないだろうか。

「おお、そうであった、そうであった。リネア嬢にお会いできた事が嬉しくてつい忘れがちになってしまう。私ももう年だなぁ、ははは」
「はぁ……」
 お年だと言われても見た目40台そこそこ? 決して物忘れが激しいお年ではない。
 大体引退された理由だって、ご本人がたは先の戦争責任を取ったというだけ。とてもじゃないが、年老いたご老人にはどうやっても見えない。

「いやぁなに、大したはないしでないのだがな」
 そう気さくな軽い口調で……。
「リネア嬢をアージェント家の当主にという話が上がっておって、本人にその気があるかを確かめに来たのだ。ははは」
 ブフッ
 わ、私がアージェント家の当主!?
 いやいやいや、なに私へのお礼ついでの感覚でとんでもないことを言い出すのよ。
 ケヴィンなんて驚きすぎて完全に固まってしまっているわよ。

「冗談、ですよね?」
「ははは、冗談を言いに、わざわざ会いに来ると思うか?」
「で、ですよねぇ……」
 僅かな希望を望み問いかけたが、どうやら本当の事らしい。

 確かに継承順で言えば、私は叔父の一人娘であるエレオノーラの次に当たる。だけど叔父は現役バリバリのお年だし、エレオノーラにしても元王子との縁談が無くなっただけで、これから結婚する機会など幾らでもあるはずだ。
 伯爵家といえば貴族の中でも名門なので、婿養子に迎えたいと言えば喜んで縁談を望む者は大勢いることだろう。
 それなのに……

「とは言え、この村の様子から察するに、お主にはその気はないのだろう?」
「そうですね。あのまま母国に留まっていればまた違ったのでしょうけど、今の私はこの領地から離れるつもりはありません」
「はぁ……、残念だが致し方あるまい。まったくこれ程の有能な人物を他国に流出させてしまうとはな、実に残念だ」
 これ程の褒め言葉他にあるだろうか?
 国のナンバー2とも言われた方に『実に残念だ』とまで言われたのだ。
 だが逆に、この言葉ば現当主である叔父と、その娘であるエレオノーラに無能のレッテルが貼られた事を意味してしまう。

 実際アージェント領の領民が避難先から戻らないのだし、以前焼け野原のまま復興が進んでいないとも聞いているので、このまま今の状況が続けば無能と言われても仕方がない事だろう。
 国は全面協力を約束しても、実際に復興事業を行うのは領主になるわけだし、国が領主を無視して復興に携われば、それこそ領地を取り上げられたと大騒ぎになってしまう。
 つまり国は領主を立てるために支援に留めなければらず、領主は自らの力量でこの危機を乗り越えなければならない。そしてそれが出来なければ、国は当主をすり替えなければいけなくなってしまうのだ。

「でも、その様な重要な話を聞かせてもよろしいので?」
 私はもちろんだが、ここにはまだケヴィンもいるのだ。
 これがもし私を国から追い出した張本人への脅しだとしても、決しておいそれと無関係な人物に聞かせてもいい内容ではないだろう。
 そう思い、心配になって尋ねてみるも。

「構わんさ、そういった話は既に広まりつつあるのだ。おまけに先の王子の一件でよく思わぬ貴族達も大勢いてな、伯爵と娘が何のお咎めがないというのも問題ではないかという声もあるのだ。この事実を本人だけが知らんと言うわけもなかろう」
 話によると先のウィリアム王子とエレオノーラとの一件で、本人と叔父の事をよく思っていない貴族たちが多くいたらしい。
 それが王妃という絶対の後ろ盾を失い、肝心の王子は行方不明。挙げ句の果てに新しい王妃の座をリーゼ様に奪われてしまい、治める領地は焼け野原。当初からよく思われていなかった分、一気に非難の目に晒されてしまったのだという。

「バルザックの奴も頑張っているようではあるが、まるで結果が出ておらん。おまけに復興資金にと国が支援した金は使い果たしたようだし、非常備蓄を蓄えておった様子もまるでない。あれでは流石に国も声を上げないわけにはいかんだろ?」
「まぁ、そうですよね……」
 その辺りのことは執事のハーベストから定期的に送られてくる報告書で、大体の事情は把握している。
 どうやら叔父は、国からの支援されたお金で抱えていた借金を返済し、領地を復興させるための資金を全て使い果たしてしまったのだという。
 中には叔母達による無駄遣いも含まれていたらしいが、結果的に雇っていた使用人を、執事のハーベストとメイド長のマリアンヌ以外を全員解雇したのだから、その切迫具合は相当なものだと伺える。
 まぁ、復興しようにも肝心の人材が流出してしまっているので、どうしようもないのだろうが。

「そんな矢先にお主の名前が上がったというわけだ。心上がりがないわけではないであろう?」
 なるほど、恐らく私が母国の復興支援にと、多くの物資を届けた事が要因の一つにでもなっているのだろう。
 もともと商会としてメルヴェール王国とは取引を始めていたが、先の戦争の一件と叔父に所在を気づかれた事で、私が身を潜めている理由がなくなった。
 そんな時に公爵家から多額の礼金を頂いたとなれば、それを物資に変えて送り届けるぐらい許されるのではないだろうか?
 お金が動けばアクアは潤い、物資が届けば今後の取引にも大きく動く。
 中には鮮魚の美味しさを広めたいという、商売心が隠れているのだが、こちらも商会を運営している関係、多少の打算には目を瞑って貰いたい。

「皆驚いておったぞ、トワイライトから物資が届いたと。それが我が国出身の人物だと聞けば、お主を領主にと声を上げたくなるもの仕方があるまい」
 領民を蔑ろにした叔父と、母国を救済するために動いた私。
 どうやら叔父を排斥したいと思う人たちも大勢いるようだし、継承順も私はエレオノーラに続く第2位。
 もしかしたらアプリコット伯爵や、私の両親の事を知る人たちが声を上げてくれたのかもしれないが、残念な事に私がこのお話を受ける日は未来永劫来る事はない。

「大変光栄なお話ではあるのですが、申し訳ございません」
 ここは曖昧な返事ではなくキッパリとお断りしておいたほうがいいだろう。
 私は別に領地経営に長けている訳でもないし、建築や行政に詳しい訳でもない。精々前世の知識を活かして、小さなアクアを運営するぐらいが限界だ。
 それに名乗りを上げる事で叔父からの反発を買いたくもないし、対立するのも疲れるだけでなんのメリットも望めない。
 ならば後は国に領地ごと託したほうが何十倍もいいのではないだろうか。

「構わんさ。非常に残念な事ではあるがな」
「ありがとうございます」
 取り敢えず、これでお互いの事情がまとまった事で一件落着。
 ケヴィンは公爵様(元)からダメ押しの脅し文句で、逃げるように飛び出して行ったし、ご本人も始終笑顔のまま母国への帰路に立たれるという。

 私は疲れた体を休めるべくノヴィアが淹れてくれた紅茶を味わうのだった。
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