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二章 襲いかかる光と闇
第74話 黒い影
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シトロン乱から一ヶ月、ようやく以前の安寧を取り戻したアクア商会。
私も心の奥底に抱いていた領民への不安も、ココアのお陰で全てが解消し、領地運営も商会運営も驚くほどの安定さを見せている。おまけにあの件以来スタッフ達の指揮も高まり、商会の売り上げを順調に伸ばしつつあった。
そんなある日……。
「それにしても何だったのかしらね、あの忙しさは」
一ヶ月程前までは明日納期だ誤発注だと、急ぎの案件や新規の受注が立て続けに続いていたのだが、シトロンとの一件が落ち着いた辺りからピタリと止まり、私の体調不良を心配していたノヴィアからも、『最近はお食事の量も増えて体重が心配ですね』とまで言われる始末。
だから私の魔力はアクア達によって常に消費されているから、お腹がすごく減るんだってば。
お陰で昨日測ったところ3kgも増えていたのだが、この辺りはまだ若さの範囲内で許される数値であろう。
「聞いた話ですが、無茶な発注や誤発注をしてきたのは、最近取引を始めた商会が多かったみたいですね。それがひと段落がついたから落ち着いたんじゃないかって」
私の何気ない独り言に、お茶の用意をしながらノヴィアが答える。
確かに受付全般を任せているココアもそのような事を言っていたっけ。
アクア商会が取り扱っている調味料は、最近出回りだしたばかりの未知の商品。それが徐々に浸透していき、他の商会に遅れてなるものかと一気に広まってしまった。
新規の取引が増えれば初動のミスは増えるし、こちらの事情を知らなければ無茶な納期を言ってくるところもある。恐らくその辺りがようやく安定したのではないだろうか。
「まったくこうもギャップを感じると、これもシトロンの策じゃないかと疑いたくもなるわね」
「そうですね、結構裏では色々荒らされていたようですし」
あれから事後処理として色々調査させたのだが、そこでわかった事が製造工場で保管していたレシピ帳の紛失。取引先の帳簿には書写された形跡が発見され、保冷馬車の設計図までその姿を消していた。
恐らくこれら全てはシトロンの仕業だとは思うが、証拠も目撃者もおらず、当の本人がどこへ行ったかもわからないので、問い詰めようにも手段がなかったのだ。
まぁレシピ帳にしてもそう大層なものではないし、保冷馬車にしても肝心の氷が無ければ意味をなさない。取引先の名簿だけは少々危機感を感じてしまうが、信頼と安全を重視に付き合って来たので、いきなり切られるということはないだろう。
「一応確認するけど、ここ1・2ヶ月で増えた新規の取引先名簿に誤ちはないのよね?」
「はい、そこは記入漏れがないよう確認しておりますし、商業ギルドの登録証も確認しております」
「そう、商業ギルドの登録証を確認してくれているのなら大丈夫ね」
商品を卸すだけ卸して、売り上げを回収できなかったら目も当てられない。
だけど商業ギルドに登録しているのであれば、未払いという横暴は出来ないだろうし、例え相手の商会が倒産したとろで、売り上げの何割かはギルドが保証してくれる仕組みになっている。
さすがに登録証を偽造されていればどうしようもないが、簡単に複製できるような物ではないので、その可能性は限りなくゼロに近いのではないだろうか。
「ん~~~、取り敢えず今日の仕事分はここまでかな」
机の上にあった書類を全て片付け、椅子に座ったまま大きく背伸び。
この後は特に予定もないので、久々に村の様子でも観に行こうかと考えていたところ、誰かが部屋の扉をノックしてきた。
誰かしら?
この時間ならココアの可能性は低いし、他のスタッフ達も絶賛お仕事中。何かトラブルが発生したにしても、焦ったようなノック音ではなかったので、単純に来客か報告かの何かだろう。
「どうぞ、開いてるわよ」
「失礼します」
「って、アレク!?」
そこに立っていたのは数ヶ月前に私用でアクアを離れていたアレクだった。
「遅くなりました」
「帰って来てくれたの?」
「えぇ、そういうお約束でしたので」
若干苦笑いのアレクに対し、私のテンションはうなぎ上り。
もともと急な用件で2・3ヶ月離れると言う話だったので、アクア商会に帰って来るのは当然なのだが、予定より2ヶ月も遅れればやはり心配になるもので、もしかしたらもう帰って来ないんじゃ? って思いかけていたところに姿を見れば、それはもう喜びを隠せないのは仕方がないことではないだろう。
ノヴィアなんてそんな私をみて『やれやれ』なんて態度を見せて来るのよ。お陰で自分でも顔が紅くなっていること感じてしまう。
「コ、コホン。それで、アレクの方の用事ってもう大丈夫なの?」
若干まだ頬の辺りが赤みを帯びてそうだが、冷静なフリをしてアレクの現状を確認しておく。
「えぇ、解決とまでは言い切れませんが、これ以上僕の方ではどうしようもありませんし、何かあってもゼストの方で対処してくれるでしょう」
「そう、ならいいのだけれど」
もともとアレクとは期間限定の契約のみ。
あちら側に問題が出れば当然戻ることもあるだろうし、本人が学び終えたと感じればアクア商会から出て行く事も止められない。
こちらとしてはアレクの人脈や知識には助けられているので、このままずっと商会に留まって欲しいところではあるのだが、それは叶わぬ望みであろう
私はノヴィアに追加のお茶を催促し、彼がいなかったこの数ヶ月の話を聞いてもらった。
「なるほど、ヘリオドールに一時保管用の倉庫を用意されたのですね。確かにこれならばカーネリンへ街道を利用しなくても済みますね」
「えぇ、急ぎの受注はどうしても最短距離で運ばなければいけないけど、ヘリオドールの倉庫から出荷出来れば街道を利用しなくてもいいでしょ? あとは倉庫の在庫を管理していれば慌てる事案はグンと減るはずよ」
まぁ、その急ぎの案件が急に減ってはしまったのだが、ヘリオドールに倉庫が
あれば何かと便利にはなるはずだ。
「あと伝えておかなければならないのはシトロンの一件かしら、自分の無能さをさらけ出す羽目になったのだけれど、結果的に私にも、そして商会にも良いキッカケになったんじゃないかと、今ならそう前向きに思えるわ」
アレクに聞かせるには少々恥ずかしい内容だが、この一件を共有しないわけにはいかないだろう。
私は立て篭りから始まった一連の詳細を、公爵様とケヴィンの存在のみを隠し、全てアレクに暴露した。
「そうだったのですね。すみません、大変な時にお力になれず」
「別にいいのよ、結局は私の甘えが生んだ事だし」
「それにしてもリネアが元貴族だったなんて……、初めて知りましたよ」
「そ、そういえば言ってなかったわね。あは、あははは」
若干冷や汗があふれ出た事は多めにみてもらいたい。
もともと私が貴族だったという事は隠していたわけだし、アクアの原住人ではないアレクには知る機会もなく、アージェントの難民が押し寄せて来た辺りでアレクは旅立ってしまった。
これでは私の正体を知る機会はなかった事だろう。
「それにしてもシトロンですか、まさか彼がこの商会に潜り込んでいたとは……」
「えっ、シトロンを知っているの?」
アレクから飛び出た内容に私とノヴィアが同時に反応する。
「えぇ。直接の面識はないのですが、その名前だけは」
「一体どう言った人物なの? 正直二面性を見せられて私じゃどっちが本当の彼かもわからないのよ」
シトロンは私に対して善と悪の二つの顔を見せていた。善は有能なスタッフとしてこの商会で働き、悪は引き抜きやら盗みやらを行い、最後には他人を巻き込んで私を断罪しようと企んだ。
結局これらの計画は失敗に終わり、彼はこのアクア商会から立ち去ったのだが、最後までその素性と本当の目的が何だったのかがわからないままだった。
そんな彼をアレクが知っていると聞けば、訪ねてしまうのは当然の流れではないだろうか。
「私が以前カーネリンの街でシリウスの情報を探った事はご存知ですよね?」
「えぇ、もちろん。私がアレクにお願いしたんですもの」
あれは私がこのアクアの領主になってしばらくの事だっただろうか。
前領主様には二人のお子様がおられ、長男である息子夫婦はフィルを残し他界。もう一人の息子さんは10年ほど前にこのアクアを見限り、街道が出来たばかりの隣町のカーネリンへと移り住れた。
つまり幼いフィルを除けば領主の継承権がその方にもあったので、私はアレクの人脈頼りにシリウスの現状を調べて欲しいとお願いしたのだ。
「確かオヴェイル商会の代表で、次期カーネリンの領主だとか言われているのよね? 10年ほど前にカーネリンへと移り住んでから、現領主の一人娘と結ばれたとかで」
「はい。その時はその辺りまでしか調べられませんでしたが、その後も知り合いのツテで調べてもらっていたのです。そこでわかったのが、シリウスにはシトロンと言う名の息子がいるそなんです」
「なんですって!?」
シトロンがシリウスの息子? それって黒幕はシリウスって可能性が……。
もしかして実はカーネリンの領主が黒幕だっていう可能性もあるし、シトロンの単独という可能性も否定できない。どちらにせよやはり事前に計画された行動だったのだと、そこまで考えが至ったところである疑問が頭をよぎる。
「ちょっと待って、シリウスって10年ほど前にカーネリンの街へと移ったのよね? そこで領主の一人娘と結ばれたっていうのなら、シトロンの年齢が釣り合わないじゃない」
10年ほど前といっても私がこのアクアに来てから1年以上経つので、正確には1・2年の誤差はある。
だけどその誤差を計算に入れたとしても、今のシトロンとは年齢的に釣り合わない。例え年齢を偽っていたとしても精々10代後半といったところだろう。
「その事なんですがどうやら領主の娘の連れ子のようですね。シトロン本人も普段からファミリーネームを名乗っていないようですので、すぐにはわからなかったみたいです」
なるほど。ファミリーネームがあるのは貴族か裕福な家庭だけなので、別段名乗らなくても不思議に思う事はない。
彼の正確をそこまで把握しているわけではないが、その知識と実力は間違いなく本物。例え領主の血縁だとしても血の滲むような努力はしていたのだろう。
そんな彼が親の七光りだと思われるのが嫌で、敢えてファミリーネームを名乗らないのは不思議な事でもあるまい。
それが努力すればするほど思いは強くなるはずだ。
「彼にも彼なりの事情があるようね。それでアレクは裏で糸を引いていたのは誰だと思う?」
恐らく可能性は三つ、街道の徴収問題から繋がるカーネリンの領主説。
この場合は単に嫌がらせと、徐々に昔の活気を取り戻し始めたアクアに危機感を感じての対策。
もう一つがシトロンの単独説。
こちらは単純に自己主張か、あるいは本当に自分の商会を立ち上げようと考えているのか、それともいずれ商会を引き継ぐための実力の誇示か、考えられる動機はこの辺りだろう
そして最後に残るのがシリウスの黒幕説
私は本人の事をあまり知らないのだが、亡くなられた前の領主様からも警戒するように言われているし、領主の座を奪った私に怒りを感じている可能性も否定できない。
実際シリウスがカーネリンの領主になれば、アクアには手を出せない連盟条約に縛られるのだが、継承権のある本人を無視して領主になった私に、恨みを抱いていたとしても不思議なことでもないだろう。
「そうですね。現状はではあと一つ情報が足りないので確証はありませんが、私はシリウスが怪しいのではと考えています」
「そう……」
これで違う人物が上がれば私も迷ったのだが、アレクも私と同じならその信憑性も高くなる。
そして最後のピースであるアレが出回れば、恐らくそれはもう確定したと言っても差し支えはないだろう。
その後、今後の対策とこれからどう商会を運営していくかをアレクと共に話していると、大きな足音と共に部屋の扉が勢い良く開かれる。
バタバタバタ、ガチャ!
「大変ですリネア様、商業ギルドが、商業ギルドが!!」
大慌てのココアが部屋へと駆け込んで来るのだった。
私も心の奥底に抱いていた領民への不安も、ココアのお陰で全てが解消し、領地運営も商会運営も驚くほどの安定さを見せている。おまけにあの件以来スタッフ達の指揮も高まり、商会の売り上げを順調に伸ばしつつあった。
そんなある日……。
「それにしても何だったのかしらね、あの忙しさは」
一ヶ月程前までは明日納期だ誤発注だと、急ぎの案件や新規の受注が立て続けに続いていたのだが、シトロンとの一件が落ち着いた辺りからピタリと止まり、私の体調不良を心配していたノヴィアからも、『最近はお食事の量も増えて体重が心配ですね』とまで言われる始末。
だから私の魔力はアクア達によって常に消費されているから、お腹がすごく減るんだってば。
お陰で昨日測ったところ3kgも増えていたのだが、この辺りはまだ若さの範囲内で許される数値であろう。
「聞いた話ですが、無茶な発注や誤発注をしてきたのは、最近取引を始めた商会が多かったみたいですね。それがひと段落がついたから落ち着いたんじゃないかって」
私の何気ない独り言に、お茶の用意をしながらノヴィアが答える。
確かに受付全般を任せているココアもそのような事を言っていたっけ。
アクア商会が取り扱っている調味料は、最近出回りだしたばかりの未知の商品。それが徐々に浸透していき、他の商会に遅れてなるものかと一気に広まってしまった。
新規の取引が増えれば初動のミスは増えるし、こちらの事情を知らなければ無茶な納期を言ってくるところもある。恐らくその辺りがようやく安定したのではないだろうか。
「まったくこうもギャップを感じると、これもシトロンの策じゃないかと疑いたくもなるわね」
「そうですね、結構裏では色々荒らされていたようですし」
あれから事後処理として色々調査させたのだが、そこでわかった事が製造工場で保管していたレシピ帳の紛失。取引先の帳簿には書写された形跡が発見され、保冷馬車の設計図までその姿を消していた。
恐らくこれら全てはシトロンの仕業だとは思うが、証拠も目撃者もおらず、当の本人がどこへ行ったかもわからないので、問い詰めようにも手段がなかったのだ。
まぁレシピ帳にしてもそう大層なものではないし、保冷馬車にしても肝心の氷が無ければ意味をなさない。取引先の名簿だけは少々危機感を感じてしまうが、信頼と安全を重視に付き合って来たので、いきなり切られるということはないだろう。
「一応確認するけど、ここ1・2ヶ月で増えた新規の取引先名簿に誤ちはないのよね?」
「はい、そこは記入漏れがないよう確認しておりますし、商業ギルドの登録証も確認しております」
「そう、商業ギルドの登録証を確認してくれているのなら大丈夫ね」
商品を卸すだけ卸して、売り上げを回収できなかったら目も当てられない。
だけど商業ギルドに登録しているのであれば、未払いという横暴は出来ないだろうし、例え相手の商会が倒産したとろで、売り上げの何割かはギルドが保証してくれる仕組みになっている。
さすがに登録証を偽造されていればどうしようもないが、簡単に複製できるような物ではないので、その可能性は限りなくゼロに近いのではないだろうか。
「ん~~~、取り敢えず今日の仕事分はここまでかな」
机の上にあった書類を全て片付け、椅子に座ったまま大きく背伸び。
この後は特に予定もないので、久々に村の様子でも観に行こうかと考えていたところ、誰かが部屋の扉をノックしてきた。
誰かしら?
この時間ならココアの可能性は低いし、他のスタッフ達も絶賛お仕事中。何かトラブルが発生したにしても、焦ったようなノック音ではなかったので、単純に来客か報告かの何かだろう。
「どうぞ、開いてるわよ」
「失礼します」
「って、アレク!?」
そこに立っていたのは数ヶ月前に私用でアクアを離れていたアレクだった。
「遅くなりました」
「帰って来てくれたの?」
「えぇ、そういうお約束でしたので」
若干苦笑いのアレクに対し、私のテンションはうなぎ上り。
もともと急な用件で2・3ヶ月離れると言う話だったので、アクア商会に帰って来るのは当然なのだが、予定より2ヶ月も遅れればやはり心配になるもので、もしかしたらもう帰って来ないんじゃ? って思いかけていたところに姿を見れば、それはもう喜びを隠せないのは仕方がないことではないだろう。
ノヴィアなんてそんな私をみて『やれやれ』なんて態度を見せて来るのよ。お陰で自分でも顔が紅くなっていること感じてしまう。
「コ、コホン。それで、アレクの方の用事ってもう大丈夫なの?」
若干まだ頬の辺りが赤みを帯びてそうだが、冷静なフリをしてアレクの現状を確認しておく。
「えぇ、解決とまでは言い切れませんが、これ以上僕の方ではどうしようもありませんし、何かあってもゼストの方で対処してくれるでしょう」
「そう、ならいいのだけれど」
もともとアレクとは期間限定の契約のみ。
あちら側に問題が出れば当然戻ることもあるだろうし、本人が学び終えたと感じればアクア商会から出て行く事も止められない。
こちらとしてはアレクの人脈や知識には助けられているので、このままずっと商会に留まって欲しいところではあるのだが、それは叶わぬ望みであろう
私はノヴィアに追加のお茶を催促し、彼がいなかったこの数ヶ月の話を聞いてもらった。
「なるほど、ヘリオドールに一時保管用の倉庫を用意されたのですね。確かにこれならばカーネリンへ街道を利用しなくても済みますね」
「えぇ、急ぎの受注はどうしても最短距離で運ばなければいけないけど、ヘリオドールの倉庫から出荷出来れば街道を利用しなくてもいいでしょ? あとは倉庫の在庫を管理していれば慌てる事案はグンと減るはずよ」
まぁ、その急ぎの案件が急に減ってはしまったのだが、ヘリオドールに倉庫が
あれば何かと便利にはなるはずだ。
「あと伝えておかなければならないのはシトロンの一件かしら、自分の無能さをさらけ出す羽目になったのだけれど、結果的に私にも、そして商会にも良いキッカケになったんじゃないかと、今ならそう前向きに思えるわ」
アレクに聞かせるには少々恥ずかしい内容だが、この一件を共有しないわけにはいかないだろう。
私は立て篭りから始まった一連の詳細を、公爵様とケヴィンの存在のみを隠し、全てアレクに暴露した。
「そうだったのですね。すみません、大変な時にお力になれず」
「別にいいのよ、結局は私の甘えが生んだ事だし」
「それにしてもリネアが元貴族だったなんて……、初めて知りましたよ」
「そ、そういえば言ってなかったわね。あは、あははは」
若干冷や汗があふれ出た事は多めにみてもらいたい。
もともと私が貴族だったという事は隠していたわけだし、アクアの原住人ではないアレクには知る機会もなく、アージェントの難民が押し寄せて来た辺りでアレクは旅立ってしまった。
これでは私の正体を知る機会はなかった事だろう。
「それにしてもシトロンですか、まさか彼がこの商会に潜り込んでいたとは……」
「えっ、シトロンを知っているの?」
アレクから飛び出た内容に私とノヴィアが同時に反応する。
「えぇ。直接の面識はないのですが、その名前だけは」
「一体どう言った人物なの? 正直二面性を見せられて私じゃどっちが本当の彼かもわからないのよ」
シトロンは私に対して善と悪の二つの顔を見せていた。善は有能なスタッフとしてこの商会で働き、悪は引き抜きやら盗みやらを行い、最後には他人を巻き込んで私を断罪しようと企んだ。
結局これらの計画は失敗に終わり、彼はこのアクア商会から立ち去ったのだが、最後までその素性と本当の目的が何だったのかがわからないままだった。
そんな彼をアレクが知っていると聞けば、訪ねてしまうのは当然の流れではないだろうか。
「私が以前カーネリンの街でシリウスの情報を探った事はご存知ですよね?」
「えぇ、もちろん。私がアレクにお願いしたんですもの」
あれは私がこのアクアの領主になってしばらくの事だっただろうか。
前領主様には二人のお子様がおられ、長男である息子夫婦はフィルを残し他界。もう一人の息子さんは10年ほど前にこのアクアを見限り、街道が出来たばかりの隣町のカーネリンへと移り住れた。
つまり幼いフィルを除けば領主の継承権がその方にもあったので、私はアレクの人脈頼りにシリウスの現状を調べて欲しいとお願いしたのだ。
「確かオヴェイル商会の代表で、次期カーネリンの領主だとか言われているのよね? 10年ほど前にカーネリンへと移り住んでから、現領主の一人娘と結ばれたとかで」
「はい。その時はその辺りまでしか調べられませんでしたが、その後も知り合いのツテで調べてもらっていたのです。そこでわかったのが、シリウスにはシトロンと言う名の息子がいるそなんです」
「なんですって!?」
シトロンがシリウスの息子? それって黒幕はシリウスって可能性が……。
もしかして実はカーネリンの領主が黒幕だっていう可能性もあるし、シトロンの単独という可能性も否定できない。どちらにせよやはり事前に計画された行動だったのだと、そこまで考えが至ったところである疑問が頭をよぎる。
「ちょっと待って、シリウスって10年ほど前にカーネリンの街へと移ったのよね? そこで領主の一人娘と結ばれたっていうのなら、シトロンの年齢が釣り合わないじゃない」
10年ほど前といっても私がこのアクアに来てから1年以上経つので、正確には1・2年の誤差はある。
だけどその誤差を計算に入れたとしても、今のシトロンとは年齢的に釣り合わない。例え年齢を偽っていたとしても精々10代後半といったところだろう。
「その事なんですがどうやら領主の娘の連れ子のようですね。シトロン本人も普段からファミリーネームを名乗っていないようですので、すぐにはわからなかったみたいです」
なるほど。ファミリーネームがあるのは貴族か裕福な家庭だけなので、別段名乗らなくても不思議に思う事はない。
彼の正確をそこまで把握しているわけではないが、その知識と実力は間違いなく本物。例え領主の血縁だとしても血の滲むような努力はしていたのだろう。
そんな彼が親の七光りだと思われるのが嫌で、敢えてファミリーネームを名乗らないのは不思議な事でもあるまい。
それが努力すればするほど思いは強くなるはずだ。
「彼にも彼なりの事情があるようね。それでアレクは裏で糸を引いていたのは誰だと思う?」
恐らく可能性は三つ、街道の徴収問題から繋がるカーネリンの領主説。
この場合は単に嫌がらせと、徐々に昔の活気を取り戻し始めたアクアに危機感を感じての対策。
もう一つがシトロンの単独説。
こちらは単純に自己主張か、あるいは本当に自分の商会を立ち上げようと考えているのか、それともいずれ商会を引き継ぐための実力の誇示か、考えられる動機はこの辺りだろう
そして最後に残るのがシリウスの黒幕説
私は本人の事をあまり知らないのだが、亡くなられた前の領主様からも警戒するように言われているし、領主の座を奪った私に怒りを感じている可能性も否定できない。
実際シリウスがカーネリンの領主になれば、アクアには手を出せない連盟条約に縛られるのだが、継承権のある本人を無視して領主になった私に、恨みを抱いていたとしても不思議なことでもないだろう。
「そうですね。現状はではあと一つ情報が足りないので確証はありませんが、私はシリウスが怪しいのではと考えています」
「そう……」
これで違う人物が上がれば私も迷ったのだが、アレクも私と同じならその信憑性も高くなる。
そして最後のピースであるアレが出回れば、恐らくそれはもう確定したと言っても差し支えはないだろう。
その後、今後の対策とこれからどう商会を運営していくかをアレクと共に話していると、大きな足音と共に部屋の扉が勢い良く開かれる。
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ファンタジー
最近まで死の病に冒されていたランドン伯爵家令嬢のアリシア。十六歳になったのを機に、胸をときめかせながら帝都学園にやって来た。「病も克服したし、今日からドキドキワクワクの学園生活が始まるんだわ!」そう思いながら一歩踏み入れた瞬間浮かれ過ぎてコケた。その時、突然奇妙な記憶が呼び醒まされる。見たこともない子爵家の令嬢ルーシーが、学園に通う見目麗しい男性達との恋模様を繰り広げる乙女ゲームの場面が、次から次へと思い浮かぶ。この記憶って、もしかして前世?かつての自分は、日本人の女子高生だったことを思い出す。そして目の前で転んでしまった私を心配そうに見つめる美しい令嬢キャロラインは、断罪される側の人間なのだと気付く…。「こんな見た目も心も綺麗な方が、そんな目に遭っていいいわけ!?」おまけに婚約者までもがヒロインに懸想していて、自分に見向きもしない。そう愕然としたアリシアは、自らキャロライン嬢の取り巻きAとなり、断罪を阻止し婚約者の目を覚まさせようと暗躍することを決める。ヒロインのヤロウ…赦すまじ!
笑って泣けるコメディです。この作品のアイデアが浮かんだ時、男女の恋愛以外には考えられず、BLじゃない物語は初挑戦です。貴族的表現を取り入れていますが、あくまで違う世界です。おかしいところもあるかと思いますが、ご了承下さいね。
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