あなたは僕の運命なのだと、

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 ──身体中の水分全て涙に変え、唯が一晩中泣き続けては、昔の、唯にとっては煌とぐっと仲良くなれた過去の幸せな出来事が、煌にとっては呪いでしかなかったと知った、その翌朝。

 あの事件のあと、煌はトラウマになってしまったのか少しの間狼になる事が出来なくなり、悪夢にうなされるようになっていたと思い出した唯は、それなのにそんな事すら気付かず能天気に煌の隣でヘラヘラ笑っていた自分を、恥じた。

『こうくん、はやくまたおおかみになれるといいね! こうくんのおおかみのすがた、きれいでかっこよくて、ゆい、だいすきなの!』
『こわいゆめみたの? だいじょうぶだよ。ゆいがだきしめてあげるからね』

 だなんて、トラウマと悪夢の張本人のくせそんな事を言っていた自分の馬鹿さに、申し訳なさからまたしてもじわりと浮く涙。

 ほんとうにばかだ……。

 なんて項垂れ自己嫌悪に陥るなか、しかし不意に光が当たり、唯は徐に顔を上げた。

 砕け散り、粉々となった唯の心とは裏腹に、目に飛び込んでくる世界はあまりにも美しくて。

 開いたカーテンから射し込む朝陽が唯の涙で濡れ赤らんだ顔を照らし、しかしその美しさですら唯の傷付いた心を癒せず、それでも唯はのそりと体を動かし、ベッドへと潜り込んだ。

 ……きっとそろそろ、煌くんが起こしに来てくれる時間だ。

 なんてやはり煌の事しか考えられないまま、けれども泣いている顔を見せるわけにはいかないと、毛布をしっかり被った唯が鼻を啜る。

 それから、数分後。
 やはり唯の部屋をノックする音がし、ゆっくりと扉が開いた。


「唯……?」

 部屋中に漂う、唯のとても悲しい匂い。
 それに煌が不安げな声を出しながら、ベッドへと近付いてくる。
 普段ならば、煌が起こしに来てくれるよりも先に目を覚ました場合、唯は毛布の中でクスクスと笑って驚かそうとしていたが、それはもう遠い過去の事のようで。
 その事がやはりひどく悲しく、唯は枕に涙を染み込ませながら、それでも口を開いた。

「……こう、くん、ごめんね、風邪、引いちゃったみたい……」

 そう言いながら、ケホケホとわざとらしく唯が咳をする。

「……今日は一人で休みたい、から……、」

 だなんて呟く唯の、明らかに風邪ではない匂い。
 それを煌も分かっているが、しかし背を向け毛布の中にくるまったままそう言われてしまえば、返す言葉もなく。
 そんな急な唯の態度に煌はどうしていいか分からずおろおろとしたあと、そっと唯へと近付いた。

 ギシッとベッドが軋み、腰掛けた煌の体温と匂いが、唯の鼻を擽る。
 それから数分間、お互いに何も喋らず、動かず、時間だけがただただ過ぎてゆき、その緊張を孕んだ静けさのなか、……ちゅ。と布越しに煌が名残惜しげにキスをしては、口を開いた。

「っ、」
「……分かった。今日はゆっくり休んで。また明日、来るから」

 何も聞かず、唯の意思を尊重するよう優しく囁いてくれた煌の声も匂いも、言葉とは裏腹にひどく苦しく、悲しそうで。
 それに唯は条件反射のよう煌に抱きつきたくなったが、それを必死に我慢し、自身の体をぎゅっと丸めた。

 煌のいつも通りの優しさと、温かな気遣い。

 それがとても嬉しいのに、布越しに触れた煌の唇はちょうど唯の傷痕が残るこめかみに当たり、痛くもないのにジクジクと熱を持った気すらし始めた唯は、そのどうしようもないやるせなさに唇を噛みしめた。


 ……パタン。と閉まる部屋の扉。

 初めて自分から煌を遠ざけた唯は罪悪感に押し潰されそうになりながら、やはり止められない涙を流し、嗚咽を堪え続けた。




 ***



 ──散々泣いて、泣いて、泣き枯れた、あと。

「……」

 外はもう気付けば真っ暗で、全身の色んな所が痛むなか、唯はむくりと体を起こしベッドから抜け出した。

 ベッド横の机には、何度か様子を見に来た母親がそっと置いていってくれた、おにぎりとお水があって。

 寝たふりを決め込む唯に、けれども母親も覗きに来た優弥も特に何も言うことはなく部屋を出ていってくれたその温かさに、唯はぐじゅぐじゅになった鼻をもう一度ズズッと吸った。


 目に入る部屋の棚には煌から貰った沢山のものが所狭しと飾られており、唯は覚束ない足取りのまま、その棚へと近寄った。

 海で拾った綺麗な貝殻に、シーグラス。
 ツヤツヤと光るドングリに、可愛い松ぼっくり。
 沢山の種類のぬいぐるみに、唯が欲しいとねだった、お下がりのオモチャ達。
 煌が何かで一位を取った時には何故か毎回『唯のために頑張ったんだ』と言いながら唯に贈られていた、メダルや賞状。
 アクセサリーや、最近のクローゼットの中の服も、ほぼ全て煌からの贈り物で溢れている。

 それらを眺め、一つ一つ大事そうに触れたあと、小さな箱と、それから厚いアルバムを手にした唯。
 そしてゆっくりとその場に腰掛け、膝の上に置いたアルバムを捲れば、唯の四歳の時から、隣にはいつも煌が居た。

 優弥と喧嘩した唯を慰めてくれている、煌の横顔。
 唯の小さな体が隠れてしまうほど大きな花束をもらった、歌の発表会。
 煌に教えてもらって、初めて逆上がりが出来た日の夕暮れ。
 春の花見で、食べさせてもらっている団子。
 ビーチバレーをしたり、浮き輪で浮かんだ夏の海。
 落ち葉の中にダイブし、熱々の焼き芋を頬張っている二人の膨らんだ頬。
 焚き火を背にピースをしたり、寒いなかテントで寄り添い眠ったキャンプ。
 いつも唯を真ん中にして優弥と煌と三人で撮る、だんだんと体が大きくなってゆく運動会。
 いつからか頬にキスをして撮るようになった、唯の誕生日。
 卒業式に、入学式。

 そのどれもがキラキラと色褪せず輝き、沢山の思い出を煌と共に作ってきた日々を唯は愛しげに眺め、指先で写真を撫でては、微笑んだ。

 そうして、思い出に浸るよう写真をじっくりと眺めていた唯は次に大事に保管していたその箱へと手を伸ばし、ぱかりと開いた。

 そこには、安っぽい造りの、それでもキラキラとしたおもちゃの大きな指輪があって。

 それを慎重に取り出して左手の薬指に通せば、冷たいプラスチックの感触とやはり大きなままの指輪に唯は笑いながら、またしてもポロリと涙を流してしまった。

 それは、唯が小学生の頃に、煌から貰った指輪だった。

『煌くんありがとう!』
『うん』
『うわぁ……、綺麗!』
『ははっ、ぶかぶかだ』
『う……、ぶかぶかでも良いもん!』
『唯、この指輪がもう入らなくなるくらい大きくなった頃に、今度は本物の指輪をあげるから、待ってて』
『本物の指輪……、っ! うん!! 待ってる!!』
『ふはっ、うん』

 だなんて、未来の約束をして笑いあった、あの日。

 けれども唯は煌が思っていたよりも大きく育つ事はなく、未だに少しだけ大きなそのオモチャの指輪を付けた手を眺めながら、唯は口を開いた。

「……ふふ、綺麗……。でもやっぱりまだ僕にはおっきいや……。これじゃあ、本物の指輪はもらえないなぁ……」

 信じて疑わなかった、煌との幸せな未来。

 それらが煌の犠牲と引き換えに得られるものだと知ってしまった唯は、……煌くんと番になる日は来ないと最初からこの指輪が教えてくれていたのだろうか。なんて思いながら、張り裂けそうな胸に手を当て、どれだけ泣いても枯れてくれない涙をただひたすらに、流し続けた。




 
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