あなたは僕の運命なのだと、

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19~Side煌~

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 ──ホゥ、ホゥ。と梟の鳴く声が響く、夜。
 辺りは真っ暗で、草や折れた枝を踏み鳴らす自身の音が自然と調和し、溶けていく。
 木々のざわめきや遠くの動物達の声に溢れた森はどこか神秘的な雰囲気を纏っており、その中で煌は黙々と歩いていた足をようやく止め、目の前にそびえる大木を見た。

 それは、唯に怪我をさせたあの日と変わらず、悠然と葉を広げては、地に根を下ろしていて。

 昔はお互いの家族と、そして最近は唯と優弥の三人で毎年来ているキャンプ場から少しだけ進んだ所にある木をしばらく眺めた煌は、そこにゆっくりと腰を下ろした。


『煌くん、あのね、僕、他に好きな人が出来たんだ』
『だから煌くんと番にはなれません。ごめんなさい』
『……これからも、幼馴染みとして、友達として、宜しくね』
『僕がなんで泣いてたのかなんて、僕と雫くんとの間の事なんだから、煌くんには関係ない。気にしなくて良いんだよ』
『どんな理由があっても、急に人を殴るなんてだめだよ。僕のためだったかもしれないけど、そんな事されても、僕は全然嬉しくない。それに、僕が知ってる煌くんは、そんな事する人じゃなかった』

 頭の中を占領し、グルグルと搔き乱す、唯の言葉の数々。
 それに煌は自身の体を守るよう膝を抱え俯き、ズビッと鼻を啜った。


 ぎゅっと目を瞑った瞼の裏に浮かぶのは、初めて出会った日の唯の姿で。
 ぬいぐるみを腕に抱き、母親の後ろに隠れていたくせ、すぐにキラキラとした顔で自分を見ては、『ゆいです! よんさいです!』なんて言いながら三本の指を立てていた、あの日の幼い唯。

 それからすぐにずっと自分の後をちょろちょろと着いてくる唯に初めは、どんくさくて、間抜けで、何を言ってもヘラヘラと笑う、愛嬌だけしか取り柄がないバカ。だなんて煌は思っていた。

 しかし、唯の人となりを知れば知るほど、煌はいつしか唯を愛おしく思うようになっていった。

 優弥とかけっこをしていて転んだ時、痛くないフリをする自分に駆け寄ってきては、痛そうだと擦りむいた膝を見てなぜか代わりに涙を流す優しさに。
『こうくん、ゆいとあそんで!』だなんて屈託なく笑う、そのキラキラとした笑顔の愛らしさに。
 笑って、泣いて、怒って、悲しんで。感情全てを素直に見せる、ひだまりのような豊かさに。

 そして、唯と出会ってから知る自分の柔らかい心が、なんだか嬉しかった。

 だがやはり少しだけ謎のプライドが邪魔をし、唯を手放しに受け入れる事がまだ出来ない日々が続いていたなかで起こった、あの事件。

 目の前で血を流し倒れている唯は、とても小さく、か弱くて。

 そんな唯を傷付けてしまった自分を責め、パニックになりながら謝る自分に、それでも何一つ変わることなく笑う唯を見て、煌は泣くことしか出来なかった。

 自分を見つめる、いつもと変わらない唯の穏やかな眼差し。

 それは到底、自分を傷付けた相手に向ける表情ではなく。
 それなのにそんな事実などまるでなかったかのよういつも通りの笑顔を向ける唯に、煌はその日、唯を守ると、唯を幸せにすると、固く誓ったのだ。

 そうして、瞬く間に煌の世界の中心は、唯になった。

 それから煌は唯の優しさや寛大さに見合うような男になる為に色々と努力を重ねてきたが、決してそれは苦痛ではなく、むしろ喜びで、そう思える自分の事も、誇らしかった。

『本物の指輪をあげる』

 と小さい頃に約束した誓い通り、例え二人がどんな第二性になっても、これからもずっと穏やかに、慈しむように唯を愛する事が出来ると、思っていた。


 ──唯が、オメガになるまでは。

 唯の第二性がオメガとして発現し、それから一週間後、唯が煌の前に現れたその日。
 煌は、『頑張ったな』と初めてのヒートを終えた事を労い、何時ものように接しながら何でもないような顔をして、唯に求愛をしたが、実際は自身の腹の中のアルファが狂喜で暴れ、自分のオメガだ。と何度も何度も叫ぶ声を聞いていた。

 それは今までの穏やかさなど微塵もない、深い独占欲と、凄まじい情欲で。
 その溢れ出しそうな激しい感情が、煌にはとても恐ろしく思えた。

 己の内に眠る、禍々しいほどの唯に対するあらゆる執着心。

 それがいつか唯を壊してしまうのではないかと、煌はその日から今までと変わらない自分という仮面を被りながら常に自分の感情を圧し殺して、生きてきた。


 けれども、唯の爽やかさと甘さが混ざり合う芳しい香りは、安らぎを与えてくれると同時に自身の眠らせたい欲望を引きずり出すような強烈さがあって。
 守りたい、大事にしたい。という想いと相反するように、欲望をぶつけどろどろに溶かし、この先一生自分だけしか見れなくなれば良い。だなんて利己的な考えが日々浮かぶ事が、煌はやはり恐ろしかった。

 だからこそ、番になったあと唯に触れてしまえばその欲求を抑えられないと分かっていた煌は、戒めとしての意味も込めて、優弥に唯を抱く気はないと宣言したのだ。
 それは唯のオメガ性にとっては酷な事だと分かっていたが、抱く事はせずとも自分の欲求をひたすら我慢し圧し殺しながらでも唯の体を悦ばせる事は出来る筈だ。なんて思っていた。

 しかし、乗り気ではない飲み会の席で不意に言われた、相手が心変わりをして、他に好きな人が居ると言われたらどうするのだ。という質問に、煌は脳で考えるよりも本能が恐ろしい答えを出した事に、戦慄してしまった。

 ──その相手を殺してでも唯を奪い返して、もう自分以外見ないように唯を監禁する。

 そうハッキリと声に出してしまいそうなほど、もう自分の欲求を抑えきれなくなっている事に煌はその日、唯と離れた方が唯のためになるのではないだろうかと、深く落ち込んでしまったのだ。

 そんな自分を見透かされたのか、翌日から唯の様子がおかしくなり、番の約束は消え、最終的には唯の側に居られなくなるような事さえしでかしてしまった自身の醜悪さに、煌はまたしても鼻をグスッと鳴らした。


『僕は幸せにしてもらいたいんじゃなくて、好きな人と番になって、二人で一緒に幸せになりたいんだよ』

 そう言っていた唯の、柔らかくも力強い声がこだまする。
 その言葉はやはり愛らしく清純で、そしてどこまでも寛大で美しく。
 そんな唯に自分はあまりにも不釣り合いだと今回の件で痛いほど分かってしまった煌は、これで良かったんだ。なんて強がりでしかない言葉を心のなかで呟いた。

 ……そうだ。唯にとっては、この結果が一番良い。俺みたいな異常者に騙されて番にならなくて、良かった。本当に好きな人とこれから幸せな未来を歩んでいく事が、正しいんだ。

 なんて思いながらも、本当に好きな人という言葉が煌の胸を抉り、自分ではない誰かと幸せそうに笑う唯を思い描けば、発狂してしまいそうで。

 そんな性懲りもない自分に呆れながら、煌は顔を上げた。

 ぽっかりと空いた煌の心を、暗く深い夜が見つめている。
 変わらず木々は揺れ動き、少しだけ肌寒い風が濡れた頬を撫でていく。
 遠くで梟の鳴く声が響き消えていく中で、しかし不意に嗅ぎ慣れた匂いが鼻を擽り、煌は目を見開かせた。

 ──瑞々しい百合の花に溶ける、甘い蜜のような香り。

 それは紛れもなく、唯の匂いで。
 その香りに堪らず立ち上がって暗がりの向こうを見れば、ガサガサと木の葉を踏む音がし、まさか。と煌は息を飲んだ。




 
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