20 / 28
20
「唯……?」
まさかここに唯が来る筈がないと知っていながらも、ぽろりと唯の名前を呟いた煌。
しかしその声に反応するよう草を踏み鳴らす足音が速くなり、煌は目を見開いたまま、ドクドクと心臓を鳴らした。
──どうして、なんでここに、
だなんて取り留めもない言葉が頭をグルグルと回るなか、けれども見間違う筈もないその人が暗闇から現れ、煌は息を飲んだ。
「煌くん、やっぱりここに居た!」
凛とした声が響いたと同時に、月明かりが晴れやかに頭上から降り注ぐ。
そして暗がりでも分かるほどキラキラとした笑顔を見せる唯の姿を、はっきりと浮かび上がらせた。
その笑顔は、今までと何一つ、変わってなどいなくて。
真っ直ぐに自分を見て笑う唯の屈託のないその美しさに、煌は無意識にぽろりと涙を溢し、ただただ唖然とするばかりだった。
「……え、煌くん!? 泣いてるの!?」
見つけた! と笑っていたが、静かに涙を流す煌を見た唯が慌てて駆け寄ってきては、驚きに声をあげる。
しかし煌はみっともない所を見られたと、咄嗟に顔を背けた。
「……泣いてない」
「えぇ、泣いてたよ!」
「泣いてない! それよりなんでここにいるんだよ」
だなんて子どもみたいなやり取りをしたあと、醜態を晒したあとに泣いている所まで見られるなんて最悪だ。と自暴自棄になりかけながら、煌がグスッと鼻を啜る。
そんな煌に唯は一度瞬きをしたあと、それからふっと笑い、煌へと腕を伸ばした。
「煌くん、こっち向いてよ」
「……」
「ほら」
まるで子どもに言い聞かせるような声で唯が煌の顔を両手で掴み、それから服の裾で煌の濡れた頬を拭っていく。
そこには、先程までの息が詰まりそうな緊張感は微塵もなく、まるでいつも通りの空気が漂っていて。
その優しい手付きに様々な想いが渦巻くなか、煌がでかい図体を屈ませ唯の温かな指にされるがままになっていれば、唯は煌を見上げ、眉を下げて笑った。
「……煌くん、僕たち、話す事がたくさんありそうだね」
だなんて言う唯の、優しい声と表情。
それに煌はやはり惨めさや安堵、それから不安や期待など様々な感情でぐちゃぐちゃになったまま、ただただ唯を見つめる事しか出来なかった。
***
「……どうしてここに来たんだ?」
二人して木の根元に腰掛け、しばらくしたあと。
気まずい空気が漂うなかぽつりとそう呟いた煌に、唯は何から切り出そうかと迷っていた思考から抜け出し、ハッとしたように答えた。
「あ、えっと、煌くんが行っちゃったあと、すぐ追いかけたんだ。でも、お家に行っても真っ暗だったから、」
「……あぁ……、今、母さんと父さん二人で旅行中なんだ」
「っ、そう、なんだ……」
以前ならばどんな些細な情報でも全て知っていた筈なのに、この数日でもう自分の知らない煌の事情があった事が衝撃だったのか、唯が小さく息を飲む。
そして、このままならばきっとこれからそんな事が増え続け、いつしか何一つ分からなくなるのだろう。と唯は耐え難い未来に泣きそうになりながら、勇気を振り絞り、口を開いた。
「……あ、それで、もしかしたらここかもって、そんなに遠くないし、僕たちにとってたくさん思い出がある場所だったから……」
「っ、」
「……それで、えっと……、煌くん、僕ね、煌くんに嘘ついてた。ごめんね」
「……うそ?」
泣いたせいで少しだけ赤くなった目尻のまま、不思議そうに見つめてくる煌。
その顔がなんだか少年のようで、……こんな煌くん中々見れないなぁ。だなんて唯は可愛さと愛おしさからぽかぽかと胸が温かくなる気分のまま、微笑んだ。
「好きな人が出来たなんて、嘘だよ。僕の好きな人は、ずっとずっと、煌くんだけだから」
そう言いきった唯が、ここ数日の胸のつかえが取れたかのように、息を吸う。
自身を偽り、好き。といつものよう煌に告げられなかった事が無意識下でも相当苦しかったのか、唯はツンと鼻の奥が痛くなり視界がゆらゆらと揺らぐなか、隣に座る煌をしっかり見た。
「ごめんね。嘘ついて。でも、僕のせいで煌くんが不幸になるのは、嫌だったんだ」
「っ、……俺が不幸……?」
「……この間、煌くんがゼミの飲み会に参加した日があったでしょ。そのあと、お兄ちゃんと煌くんが話してるの、聞いちゃったんだ」
「っ、」
唯の突然の告白に脳が処理出来ず、ショートしたままオウム返しをすれば、またしても衝撃的な事実を聞かされ、煌が息を飲む。
しかしそんな煌の態度に唯は腹を括るよう一度深呼吸をし、どんな結果になっても受け止めよう。と決意しては言葉を紡いだ。
「煌くんが僕と番になりたいって言ってくれてたのは、小さい時の怪我と約束のせいなんだよね……。それなのに僕がその事すら忘れて、バカみたいにずっと好き好き言ってたから、煌くんは責任取ろうとしてくれてたんでしょ? だから、番になる前にどうにかしようって、あんな嘘ついたんだ」
「……は?」
「煌くんは優しいから。でもちゃんと煌くんにとって幸せだと思える選択をして欲しい。僕に遠慮なんかしないで、煌くんはちゃんと好きになった人と結ばれるべきなんだよ」
だなんて思わず口から出た、言葉。
それに唯は、当たって砕けようって思ったのに。だなんて聞き分けの良い事しか言えない自分の情けなさに悲しくなりながら、ぎゅっと膝を抱え、固まったままの煌をチラリと見た。
「……」
「……煌くん?」
なぜか黙り込む煌に、唯が不思議そうに首を傾げる。
その顔は何を思っているのか分からず、……結局煌くんを困らせちゃったな。と唯は申し訳なさそうにしつつ、煌もきちんと本音を打ち明けてくれるのを待った。
「……」
「……唯は俺を好きだって言ってくれたけど、たぶんそれは雛の刷り込みみたいなものなんだよ。それに俺は唯が思ってるような人間じゃない。だから、唯の方こそ、ちゃんと好きになった人と結ばれるべきだ」
煌の言葉をじっと待っていた唯に降ってきた、予期せぬ台詞。
それに唯は先ほどの煌と同じく、……はい? という顔をして固まった。
「……雛の刷り込みって、なに」
「だからそれは、」
「僕の気持ちを勝手に煌くんが決めないでよ」
煌の言葉を聞く前に、唯がピシャリと言い放つ。
そんな唯に煌が驚きに目を見開いたのが分かったが、唯は泣きそうになるのを我慢して、震える唇を開いた。
「僕が、僕がどんな想いでこの数日過ごしたか、今だって、どんな想いで僕以外の人と幸せになってねって言ったと、思っ、て、」
声が震えぬようにと、涙が溢れぬようにと必死に耐えようとした唯が、しかし我慢が出来ず声を上擦らせながら、言葉を紡ぐ。
「ちがっ、俺は、」
「それにっ、僕はちゃんとずっと幸せだった! 煌くんが僕を大事に想ってくれてる事は、ちゃんと分かってる! ……その愛が同じじゃないのはしょうがない事だけど、今までの煌くんが全部嘘だったみたいな言い方はしないで。僕の好きを、否定しないでよ……」
煌が慌てて慰めようとする声に被せるよう大声を出した唯が、けれどもやはり最後は声を詰まらせ、ぽろりと涙を流す。
それは、自分の気持ちを信じてもらえなかった悲しみや、自分自身を卑下するような事ばかり言う煌への、憤りの涙で。
ひく。と喉が引きつり、悔しさから涙を乱暴にゴシゴシと拭ったあと、唯はもうどうにでもなれと言わんばかりに煌を睨み付けた。
「雛の刷り込みだとか、僕が思ってるような人間じゃないだとか、そんなのどうだって良いから、僕は煌くんが僕をどう思ってるか知りたいだけだよ。誤魔化さないで」
そうハッキリと告げる唯に、煌が目を見開き、ヒュッと息を飲む。
しかしその困惑すらも、許さない。と唯が真剣な眼差しで見つめ続ければ、煌は口をまごつかせたあと、懺悔するよう、ゆっくりと開いた。
「……俺は、唯を愛してる」
「……うん」
「でも、それは唯が思ってるようなもんじゃない」
「っ、うん……」
煌からハッキリと告げられる、拒絶。
その本音を覚悟していたものの、グサッと矢で全身を刺されたかのような傷みに唯が言葉を詰まらせ、涙を滲ませたが、しかしそれでも小さく返事をする。
しかし、その後に続いた煌の言葉に、唯は思わず涙を引っ込ませ、眉間に皺を寄せてしまった。
あなたにおすすめの小説
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。
叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。
オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
政略結婚のはずが恋して拗れて離縁を申し出る話
藍
BL
聞いたことのない侯爵家から釣書が届いた。僕のことを求めてくれるなら政略結婚でもいいかな。そう考えた伯爵家四男のフィリベルトは『お受けします』と父へ答える。
ところがなかなか侯爵閣下とお会いすることができない。婚姻式の準備は着々と進み、数カ月後ようやく対面してみれば金髪碧眼の美丈夫。徐々に二人の距離は近づいて…いたはずなのに。『え、僕ってばやっぱり政略結婚の代用品!?』政略結婚でもいいと思っていたがいつの間にか恋してしまいやっぱり無理だから離縁しよ!とするフィリベルトの話。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
陰日向から愛を馳せるだけで
麻田
BL
あなたに、愛されたい人生だった…――
政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。
結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。
ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。
自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。
「好きになってもらいたい。」
…そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。
それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。
いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。
結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…
―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…
陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。
よかったはずなのに…
呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。
◇◇◇
片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。
二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。
セリ (18)
南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵
ローレン(24)
北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵
◇◇◇
50話で完結となります。
お付き合いありがとうございました!
♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。
おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎
また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!
昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる
遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。
「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。
未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ)
自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。
ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。
少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。