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しおりを挟む「唯……?」
まさかここに唯が来る筈がないと知っていながらも、ぽろりと唯の名前を呟いた煌。
しかしその声に反応するよう草を踏み鳴らす足音が速くなり、煌は目を見開いたまま、ドクドクと心臓を鳴らした。
──どうして、なんでここに、
だなんて取り留めもない言葉が頭をグルグルと回るなか、けれども見間違う筈もないその人が暗闇から現れ、煌は息を飲んだ。
「煌くん、やっぱりここに居た!」
凛とした声が響いたと同時に、月明かりが晴れやかに頭上から降り注ぐ。
そして暗がりでも分かるほどキラキラとした笑顔を見せる唯の姿を、はっきりと浮かび上がらせた。
その笑顔は、今までと何一つ、変わってなどいなくて。
真っ直ぐに自分を見て笑う唯の屈託のないその美しさに、煌は無意識にぽろりと涙を溢し、ただただ唖然とするばかりだった。
「……え、煌くん!? 泣いてるの!?」
見つけた! と笑っていたが、静かに涙を流す煌を見た唯が慌てて駆け寄ってきては、驚きに声をあげる。
しかし煌はみっともない所を見られたと、咄嗟に顔を背けた。
「……泣いてない」
「えぇ、泣いてたよ!」
「泣いてない! それよりなんでここにいるんだよ」
だなんて子どもみたいなやり取りをしたあと、醜態を晒したあとに泣いている所まで見られるなんて最悪だ。と自暴自棄になりかけながら、煌がグスッと鼻を啜る。
そんな煌に唯は一度瞬きをしたあと、それからふっと笑い、煌へと腕を伸ばした。
「煌くん、こっち向いてよ」
「……」
「ほら」
まるで子どもに言い聞かせるような声で唯が煌の顔を両手で掴み、それから服の裾で煌の濡れた頬を拭っていく。
そこには、先程までの息が詰まりそうな緊張感は微塵もなく、まるでいつも通りの空気が漂っていて。
その優しい手付きに様々な想いが渦巻くなか、煌がでかい図体を屈ませ唯の温かな指にされるがままになっていれば、唯は煌を見上げ、眉を下げて笑った。
「……煌くん、僕たち、話す事がたくさんありそうだね」
だなんて言う唯の、優しい声と表情。
それに煌はやはり惨めさや安堵、それから不安や期待など様々な感情でぐちゃぐちゃになったまま、ただただ唯を見つめる事しか出来なかった。
***
「……どうしてここに来たんだ?」
二人して木の根元に腰掛け、しばらくしたあと。
気まずい空気が漂うなかぽつりとそう呟いた煌に、唯は何から切り出そうかと迷っていた思考から抜け出し、ハッとしたように答えた。
「あ、えっと、煌くんが行っちゃったあと、すぐ追いかけたんだ。でも、お家に行っても真っ暗だったから、」
「……あぁ……、今、母さんと父さん二人で旅行中なんだ」
「っ、そう、なんだ……」
以前ならばどんな些細な情報でも全て知っていた筈なのに、この数日でもう自分の知らない煌の事情があった事が衝撃だったのか、唯が小さく息を飲む。
そして、このままならばきっとこれからそんな事が増え続け、いつしか何一つ分からなくなるのだろう。と唯は耐え難い未来に泣きそうになりながら、勇気を振り絞り、口を開いた。
「……あ、それで、もしかしたらここかもって、そんなに遠くないし、僕たちにとってたくさん思い出がある場所だったから……」
「っ、」
「……それで、えっと……、煌くん、僕ね、煌くんに嘘ついてた。ごめんね」
「……うそ?」
泣いたせいで少しだけ赤くなった目尻のまま、不思議そうに見つめてくる煌。
その顔がなんだか少年のようで、……こんな煌くん中々見れないなぁ。だなんて唯は可愛さと愛おしさからぽかぽかと胸が温かくなる気分のまま、微笑んだ。
「好きな人が出来たなんて、嘘だよ。僕の好きな人は、ずっとずっと、煌くんだけだから」
そう言いきった唯が、ここ数日の胸のつかえが取れたかのように、息を吸う。
自身を偽り、好き。といつものよう煌に告げられなかった事が無意識下でも相当苦しかったのか、唯はツンと鼻の奥が痛くなり視界がゆらゆらと揺らぐなか、隣に座る煌をしっかり見た。
「ごめんね。嘘ついて。でも、僕のせいで煌くんが不幸になるのは、嫌だったんだ」
「っ、……俺が不幸……?」
「……この間、煌くんがゼミの飲み会に参加した日があったでしょ。そのあと、お兄ちゃんと煌くんが話してるの、聞いちゃったんだ」
「っ、」
唯の突然の告白に脳が処理出来ず、ショートしたままオウム返しをすれば、またしても衝撃的な事実を聞かされ、煌が息を飲む。
しかしそんな煌の態度に唯は腹を括るよう一度深呼吸をし、どんな結果になっても受け止めよう。と決意しては言葉を紡いだ。
「煌くんが僕と番になりたいって言ってくれてたのは、小さい時の怪我と約束のせいなんだよね……。それなのに僕がその事すら忘れて、バカみたいにずっと好き好き言ってたから、煌くんは責任取ろうとしてくれてたんでしょ? だから、番になる前にどうにかしようって、あんな嘘ついたんだ」
「……は?」
「煌くんは優しいから。でもちゃんと煌くんにとって幸せだと思える選択をして欲しい。僕に遠慮なんかしないで、煌くんはちゃんと好きになった人と結ばれるべきなんだよ」
だなんて思わず口から出た、言葉。
それに唯は、当たって砕けようって思ったのに。だなんて聞き分けの良い事しか言えない自分の情けなさに悲しくなりながら、ぎゅっと膝を抱え、固まったままの煌をチラリと見た。
「……」
「……煌くん?」
なぜか黙り込む煌に、唯が不思議そうに首を傾げる。
その顔は何を思っているのか分からず、……結局煌くんを困らせちゃったな。と唯は申し訳なさそうにしつつ、煌もきちんと本音を打ち明けてくれるのを待った。
「……」
「……唯は俺を好きだって言ってくれたけど、たぶんそれは雛の刷り込みみたいなものなんだよ。それに俺は唯が思ってるような人間じゃない。だから、唯の方こそ、ちゃんと好きになった人と結ばれるべきだ」
煌の言葉をじっと待っていた唯に降ってきた、予期せぬ台詞。
それに唯は先ほどの煌と同じく、……はい? という顔をして固まった。
「……雛の刷り込みって、なに」
「だからそれは、」
「僕の気持ちを勝手に煌くんが決めないでよ」
煌の言葉を聞く前に、唯がピシャリと言い放つ。
そんな唯に煌が驚きに目を見開いたのが分かったが、唯は泣きそうになるのを我慢して、震える唇を開いた。
「僕が、僕がどんな想いでこの数日過ごしたか、今だって、どんな想いで僕以外の人と幸せになってねって言ったと、思っ、て、」
声が震えぬようにと、涙が溢れぬようにと必死に耐えようとした唯が、しかし我慢が出来ず声を上擦らせながら、言葉を紡ぐ。
「ちがっ、俺は、」
「それにっ、僕はちゃんとずっと幸せだった! 煌くんが僕を大事に想ってくれてる事は、ちゃんと分かってる! ……その愛が同じじゃないのはしょうがない事だけど、今までの煌くんが全部嘘だったみたいな言い方はしないで。僕の好きを、否定しないでよ……」
煌が慌てて慰めようとする声に被せるよう大声を出した唯が、けれどもやはり最後は声を詰まらせ、ぽろりと涙を流す。
それは、自分の気持ちを信じてもらえなかった悲しみや、自分自身を卑下するような事ばかり言う煌への、憤りの涙で。
ひく。と喉が引きつり、悔しさから涙を乱暴にゴシゴシと拭ったあと、唯はもうどうにでもなれと言わんばかりに煌を睨み付けた。
「雛の刷り込みだとか、僕が思ってるような人間じゃないだとか、そんなのどうだって良いから、僕は煌くんが僕をどう思ってるか知りたいだけだよ。誤魔化さないで」
そうハッキリと告げる唯に、煌が目を見開き、ヒュッと息を飲む。
しかしその困惑すらも、許さない。と唯が真剣な眼差しで見つめ続ければ、煌は口をまごつかせたあと、懺悔するよう、ゆっくりと開いた。
「……俺は、唯を愛してる」
「……うん」
「でも、それは唯が思ってるようなもんじゃない」
「っ、うん……」
煌からハッキリと告げられる、拒絶。
その本音を覚悟していたものの、グサッと矢で全身を刺されたかのような傷みに唯が言葉を詰まらせ、涙を滲ませたが、しかしそれでも小さく返事をする。
しかし、その後に続いた煌の言葉に、唯は思わず涙を引っ込ませ、眉間に皺を寄せてしまった。
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