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しおりを挟む「俺の唯への愛は、唯が抱いてくれてるような、純粋で清らかで美しい愛なんかじゃない」
「……ん?」
「だから、俺のはもっと、独占欲とか、情欲とか、そういう汚くてどろどろしたものなんだよ」
「……じょうよく……」
煌の言葉に今度は唯がオウム返しになってしまいながら、普段聞いたことのない単語だと目をぱちくりと瞬かせる。
しかし煌はというと、とうとう自身の奥底に眠らせていたかった想いをよりによって本人の前で吐露する事になるなんて。と項垂れ、震えるばかりで。
「……えっと、それってつまり、どういう、」
だなんて唯が困惑したよう呟けば、煌は唯の方を見て悲しげな顔をしながらも、口を開いた。
「唯が俺だけしか見なくなればいいと本気で思ってるし、唯に触って、どろどろにして、ぐちゃぐちゃになってる唯を見たいって事だよ」
もう半ばやけくそになりながら、強い言葉で煌が言い放つ。
しかしそうでもしないとこの狂暴さを唯は理解してくれないだろうと、煌は恥や情けなさをかなぐり捨てて、本音をぶつけた。
「っ、そ、それって、……でも、待って、煌くん、僕の事、だ、抱けないって言ってたじゃん!!」
煌の言葉にみるみるうちに唯が顔を真っ赤にしたあと、しかしハッと思い出したように、声を上擦らせながら否定する。
そんな焦る唯を眺め、まだ分かっていないのか。と煌はため息をつきながら、鈍い唯でも分かるよう、噛み砕いて説明をしてあげた。
「俺が唯を抱けないって言ったのは、一度でも抱くともう自分の気持ちを抑えきれなくなって暴走するからだよ」
「ぼっ、ぼうそう……」
「……唯、俺はね、唯が他の人を好きになったって言った時、やっぱりそうだよなって思ったと同時に、そいつを殺して唯を監禁したいと思うような奴なんだ」
「……え」
煌の過激な発言に、えっと驚いた声を上げた唯。
その鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔に煌は小さく笑い、それから目を逸らした。
「……な。俺と唯の想いは、全然一緒じゃない。俺の愛は歪んでて、みっともなくて、醜い。そんな俺と唯とじゃ、釣り合わないんだ」
心の内全てを打ち明けた煌が、長年の重みが一気に軽くなった気がして、ふぅ。と息を吐く。
言葉にしてみればたったそれだけだというのに、しかしそこにはおぞましさがありありと浮かんでいて。
心は軽くなったが、しかしぽっかりと穴が空いたような空虚感と恐怖、そして何より押し黙ったままの唯に、……ああもう完全に軽蔑された。と煌は項垂れ、まるで刑罰を言い渡されるような気分のまま、唯の言葉を待った。
「……」
「……」
「……煌くん」
「……はい」
「……さんざん僕を不安にさせておいて、煌くんが悩んでた事がそれだなんて……」
「……え」
「それって、何か問題、ある?」
「……は?」
唯の言葉に、思わず顔をあげた煌が、何を言ってるんだ? という表情で唯を見る。
しかし唯は少しだけむくれた表情をしつつ顔を赤く染めたまま、隠せないキラキラとした瞳で煌を見つめてくるだけで。
「そりゃあ誰かを殺しちゃったりだなんてそんな物騒で危険で法律的にも駄目な事は絶対にしちゃ駄目だし、ずっと監禁されるのも困るけど、でも僕、煌くん以外を好きになったりしないよ? それなら煌くんは人殺しにはならないし、何の問題もないよね?」
「っ!?」
「あっ、雫くんを殴っちゃったのは本当に駄目な事だからね!! 後でもう一回ちゃんと謝ろうね! 僕も一緒に謝るから!」
だなんて、煌の戸惑いを一切気にせず、唯がずずいっと顔を近付けてくる。
その、一緒に謝ろうね。とまるで子どもに言うような口振りと、しかし煌が今の今まで必死に漏れ出ぬようにと押さえ付けていた感情をいとも容易く受け入れ、それに何の問題があるのだ。というような態度を取る唯に、煌はぐっと息を詰まらせてしまった。
「煌くん、聞いてる?」
「っ、……あいつにはちゃんとまた謝るけど、でも今俺が言ったのは唯が思ってるような簡単な事じゃなくて……」
「……? 僕の事がすごーくすごーく好き。って事じゃないの……?」
そう少しだけ不安そうにしたあと、こてん。と首を傾げて、問いかけてくる唯。
その破壊力余りある姿に煌はングッと息を飲んだあと、顔を掌で覆った。
「そうじゃなくて、いやそうだけどっ……、」
今の流れでどうやってこんな会話に行き着くんだ!? と全くもって予想外の展開に煌があたふたとしだすが、しかし唯はやはり不思議な顔をして、煌へと近寄るだけだった。
「煌くん?」
「……」
「こっち見てよ、煌くん」
「……」
「煌くんは優しいから、いっぱい僕の事も、僕との事も考えてくれたんだよね」
唯の言葉に、どうして良いか分からないながらも顔をあげた煌に、唯が穏やかな声で優しく言葉を紡いでいく。
それはまるで、女神様のように神々しく、とても美しくて。
そんな唯の姿に煌は息を飲み、そして言い表せない感情で喉の奥がじわじわと熱くなってゆくのを感じた。
「でもね、煌くんが不安がる未来なんて起こらないよ。だって、煌くんは僕が嫌がる事は絶対にしないから」
「っ、そんなの、分からない、」
「分かるよ。煌くんは、そんな事しない」
「……」
唯の力強い、心のこもった声。
それが煌のモヤモヤと燻っていた気持ちを丸ごと浄化していくばかりで、煌が堪らずグスッと鼻を啜り涙を溢せば、唯はまたしても手を伸ばして煌の涙を優しく拭った。
「それに、僕が煌くんにされて嫌な事なんて、ひとつもないよ。だからね、泣かないでよ煌くん」
「……っ、」
「僕たち、難しくあれこれ考えすぎて遠回りしちゃったけど、結局は凄くシンプルな事だと思うんだ。釣り合うとか釣り合わないとか、純粋だとか醜いとか、そういうのじゃなくて、僕は煌くんが大好きで、煌くんも僕が大好き。ただそれだけのシンプルな話だよ。そうでしょ?」
だなんて涙を一生懸命拭い笑う唯の目には期待が溢れ、笑顔は輝いていて。
それはいつかの病院での姿と何一つ変わらず、煌は溢れる嗚咽を噛み殺しきれずに呻きながら、……やっぱりいつだって自分は唯のその美しい心ひとつに救われるんだ。なんて煌はボタボタと涙を溢し、昔のようにみっともなく泣きながら、それでも晴れやかな顔で笑った。
「……グスッ、うん……。俺は、唯が大好きだよ……」
そう溢した煌の声は昔よりもうんと低く、けれどもここ数年で一番純粋で素直で、混じりけのない愛そのもので、溢れていた。
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