あなたは僕の運命なのだと、

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 ──煌がみっともなく泣き、唯がよしよしと慰めてから、数分後。
 ようやく涙が引っ込んだ煌は、ぐっと唯の腕を引っ張り自身の膝の上に乗せ、唯の肩に顔をぐりぐりと押し付けた。

「わっ、」
「……あ~……おれ、ほっっんと、みっともねぇ……」

 好きな子の前でメソメソ泣き、挙げ句の果てに慰めてもらうという、昔と何一つ変わっていない自分に煌が恥ずかしさで顔を上げられずにいれば、唯は突然抱き寄せられ驚きつつも、クスクスと笑うだけだった。

「みっともなくなんかないよ」
「……」

 未だ顔を上げない煌の旋毛に、一瞬だけ躊躇したあと、……ちゅ。と唇を寄せる唯。
 この数日で随分と離れてしまった、心と体の距離。
 それがようやく元に戻ったとはいえ、少しだけ勇気を出して煌のあまり見ることのない旋毛にキスをした唯が、えへへ。と満足げに笑う。
 そんな可愛い事をしてくる唯に、以前ならば平常心を保とうとしていた煌は、けれどももう我慢しない。と言わんばかりに唯の首筋に顔を埋めた。

「唯、好きだよ」
「僕も大好き」

 穏やかで幸せな空気が漂い、二人の匂いが混じりあってゆく。

 それはまるでバラバラになってしまったパズルのピースがぴったりと収まるような、そんな完璧なハーモニーに二人ともうっとりと息を吐き、それから数日間の空白を埋めるよう、互いの匂いを嗅ぎあった。

 唯のふわふわとした髪の毛が鼻先を擽り笑う煌の深く穏やかな声と、煌の腕の温かさの中で大好きな匂いに包まれる安堵感に、なんだか泣きそうになった唯が鼻を啜る音。

 それだけが静かに辺りを裂き、しかしそれから煌は唯の新品の匂いがする服に、微かに眉間に皺を寄せた。


「……これ、嫌だ」
「ふぇ?」
「今唯が着てる服。すごく可愛いけど、俺の匂いがしないし、どうせあいつが選んだ服なんだろ? それを考えるとすごい嫌」
「……」
「……唯?」

 普段ならば何かしらのリアクションをする筈の唯が黙っている事に、煌が不思議そうにしながら顔をあげる。
 そこには顔を真っ赤にしながら、口をつぐんでいる唯が居て。
 そのあまり見たことがない照れた様子の唯に、煌が目を瞬かせば、唯は恥ずかしそうに口を開いた。

「な、なんか、煌くん、いつもと違うから……。嫉妬してくれたの?」

 そう言いながら見つめてくる唯は、可愛いのにどこか色っぽく。
 煌は堪らずごくりと喉を鳴らしたあと、唯の太ももへと手を滑らせた。

「あっ、」
「するよ。めちゃくちゃする。こんなエロい格好してる唯見て、俺色んな意味で息止まるかと思った」
「……っ、」

 すり、すり。と剥き出しの生足を撫でる煌が、下から唯の顎先に鼻を埋め、囁く。
 今までこんな風に意図を持って触られた事も、そんな事も言われた事がなかった唯がヒクンと体を震わせあえかに息を乱せば、煌は顔を上げて唯を見た。

「……唯、嫌ならちゃんと言って。さっきは勢いに任せて色々言っちゃったけど、唯が嫌がる事はしたくないんだ」

 なんて言っては見つめてくる煌の、優しい眼差し。
 それに唯は一瞬だけぽかんとしたあと、堪らずふふっと笑い、煌の首に回した腕に力を込めて抱きついた。

「ほらね、やっぱり煌くんは僕の嫌がるような事はしないでしょ」
「それは、」
「ふふ、煌くん大好き」

 煌の誠実な優しさにキュンキュンと胸をときめかせながら、唯はすりすりと顔を煌の首に擦り付けたあと、パッと顔をあげて、笑った。

「煌くんになら、何されても嫌じゃないよ」
「っ、」
「それに、あの、ぼ、僕ももう二十歳になるし、大人だから、」

 だなんて急に言葉を濁し顔を赤くした唯が、自分だってもうそういう事に興味がある年頃なんだと、控えめに主張する。
 今までこういった話題を徹底的に避けてきた二人がようやくきちんと互いへの欲を露にし、二人して顔を真っ赤にしながら、見つめあった。

 お互いの視線が瞳と唇を行き来しては、甘い吐息が溢れていく。
 密着した体は温かく、魅惑的で。

 二人の間に良い緊張感が流れてゆき、煌がすりっと唯の唇を長い指で撫で、それに堪らず唯が目を瞑った、その瞬間。

 ──ホゥ、ホゥ、ホゥ。

 と頭上で大きな梟の鳴き声が響き、二人はハッと顔を見合せ、固まった。


「……」
「……」
「……ぷ、あははっ!!」
「ははっ」

 まさかの梟の声でムードを壊された二人が、それでも楽しげに、幸せそうに笑う。
 その声はどこまでも軽やかで美しく、キラキラと輝く笑顔を浮かべた二人はそれからしばらく互いの首に顔を埋め笑い声をこだまさせたが、しかしそれから煌は慌てて唯の肩を掴み、引き離した。

「ちょっと待って!」
「うわぁっ!? な、なに、煌くん、」
「携帯、時間、今何時だ!?」

 なんて普段あまり焦らない煌が、慌てて自身の携帯を探し始めていて。
 その急な態度に唯が少しだけむくれ唇を突き出していたが、煌はそんな唯に気付かず、ようやくお目当ての携帯を取り出した。

 暗がりに、突然パッと弾けるように光るブルーライト。

 それに二人とも目が眩むなか、しかし煌は表示された時間を見て、ぎょっと目を見開かせた。

「やばい、あと一時間もない!」
「うん?」
「唯、帰ろう!!」

 唯が未だ眩しい光に目をシパシパとさせるなか、しかし煌はというと慌てて唯を抱いたまま、立ち上がるばかりで。

「わぁ!?」
「唯、しっかり掴まってて。そのまま走って下山するから」
「へ!? え、わ、ちょ、わぁ!!」

 だなんて突然の状況に対応できていない唯の声が、森に響いてはこだまする。
 しかしやはり煌はそんな唯の困惑など気にもせず、けれどしっかりと唯を腕に抱いて走り出し、唯は訳が分からないままそれでも落ちぬよう煌の首に必死に腕を回してしがみついては、ビュンビュンと流れ変わっていく森の景色を見つめる事しか、出来なかった。




 
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