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後日談 2
しおりを挟む……え、ここどこ。
目が覚めた時、自分がどこにいるのか分からなかった。昨日は、シャノンの家に来て……。と考えたところで、バッと布団をめくって自分の姿を確認する。乱れていない服に、ホッと胸を撫で下ろしていると、
「さすがに寝ている子に手は出しませんよ」
と、声が聞こえて大げさに肩が揺れてしまった。顔を上げると、シャノンが僕の服を持って入ってくるところだった。
「まぁ、手を出したいのは山々でしたが」
だが、そう囁くように言ったあと、固まった僕を見て意地悪気に笑うと、「朝食ができているので着替えたらこちらへ」と続けて出ていってしまった。僕は力が抜けてボフッとベッドに寝転がる。あぁ、やってしまった……。自分のことを好きだと言っている人の家で無防備に寝るなんて……。いや、待って、そもそも泊まること自体駄目なのでは……?と思い始めてすごく軽いやつって思われたかもしれないと少し不安になる。いやでも、泊まることを勧めたのはシャノンだし……でも流されたのは僕で……。悶々と考えていると、
「レーテル、私が着替えさせてもいいなら喜んでしますが」
なかなか来ない僕に痺れを切らしたのか、シャノンが戻って来てそう言い、可笑しそうに笑った。それに慌てて、いい!と叫び、シャノンを部屋から追い出して急いで着替えたのだった。着替えて部屋を出ると、美味しそうな匂いが。先に顔を洗ってから行くと、テーブルの上には温かいスープとサラダとパンが置かれていた。ソーセージとエッグも焼いてくれており、お腹が空いてくる。どうぞ、と促されて食べるも、これ絶対高いパンだよね、と分かるぐらいフワフワで味がしっかりしていて驚く。思わず無言で食べ進めていたのだが、ジッと見られていることに気付いて顔を上げた。すると、頬杖を付いてシャノンが僕を見ており、以前もこの光景を見たなと思いながらも、何ですかと問う。
「いえ、可愛いなと思って。こうして朝から好きな人がいるというのは良いものですね」
恥ずかしげもなくそう言われて、喉を詰まらせそうになる。何を言っているんだこの人は……!甘いセリフなんて何度も言われているのに、その言葉には透けた欲が乗っていないためか、本当にそう思っているのだろうと分かってしまい気恥ずかしくなる。
「し、シャノンは食べないんですか」
「スープだけ頂きましたよ。君を見ていたかったので先に済ませてしまいました」
「なっ!もう、見ないで下さい!」
揶揄っているのか、本心なのか。判断つかず、そう言い返すとさっさと食べ進める。食べ終わると、ひょいと食器を下げられる。僕はお礼を良い、まだ朝早いため、一度家に帰ろうと、荷物を探す。すると、テーブルにお茶を置かれた。
「まだ仕事に行くには早いので食後の休憩にしましょう」
「え、あ、ありがとうございます」
昨日とはまた違った茶葉を使ったらしく、飲むとスッキリして目が覚める。これも美味しい。どこの茶葉ですか?と聞くと、すぐに地名を答えてくれる。そこから、その地の特色や名産品の話になり、聞けばすぐに返ってくる答えに面白くなって話し込んでいると、あっという間に時間が過ぎてしまった。
結局、そのままシャノンの家から職場へ向かう。シャノンも一緒に……。これ、いいのだろうか……。なんだか、朝一緒に行くって、そういう仲だって言っているみたいだし、そもそも僕はまだ返事もできていないし、こういう思わせぶりなことは……。
「あの、シャノン。別々で行きませんか?」
「なぜ?行き先は一緒なんですから、別で行く理由がありません」
「いや、えっと……。その、勘繰られたり、何か言われたり……」
言葉を選びながら、こういうのはあまり良くないのではないかと説明すると、あぁ、と納得したようにシャノンは頷いた。分かってくれた?とホッとすると、
「今更でしょう。散々、君と私の仲を仄めかしていたのですから。たいして何も言われないと思いますよ。」
と、あっさり言われる。ポカンとするも、確かに……とそういえばそうだったと納得してしまい、あれ、じゃあ別にいいのか……?と思考が流される。シャノンはそんな僕に笑うと、スルッと腰を抱いてきた。
「心配しなくても、何かあれば私が守ります」
「っ、じ、自分の身は自分で守れます!」
言われたことに対し、思わず可愛くないことを返してしまった。すると、シャノンは、
「えぇ、知っています。私が君を守りたいと思っているだけですよ」
余裕の表情でそう言われて、「そ、そう……」とよく分からない返事をしてしまう。それに対して特に何も言われず、そのまま歩くシャノンに、え、このまま行くの?と慌てる。
「ちょ、あの、さすがに職場へは……」
「今日一緒に来ている時点でどう行っても同じです。」
シャノンは気にせずそう言い、確かにそれもそうだけど……と思うが、誰かに見られたらと気が気じゃない。月夜祭の日を一緒に過ごして次の日に一緒に来ていたら、もうそういうことだと思われるのは理解しているのだが、なんだか落ち着かない。そうこうしているうちに、職場に着いた。向こうから人が歩いてきて、思わず身構えるが、挨拶を交わすだけで通り過ぎていく。あれ、と思うが、それからもみんな同じで、本当に僕だけが気にしているだけか……と恥ずかしくなる。
「では仕事が終わったら迎えに来ますので、待っていて下さいね」
僕の仕事場に着くと、シャノンはそう言って離れると、僕の返事も聞かないまま行ってしまう。え、と口を開くと、後ろから来た別の人がシャノンに何やら書類を見せながら言い始めて、タイミングをなくしてしまった。そのまま行ってしまったシャノンにため息をついて、僕も仕事するか、と仕事場へと入ったのだった。
ーーー
「レーテル、仕事辞めないよね?」
「君に辞められたら僕達は終わっちゃうよぉ~」
「レーテル辞めないで~!」
仕事中、何故か同僚たちが事あるごとにそう言ってきて鬱陶しい。どうして僕が辞める話になるんだ。泣くな!いいから仕事しろ!と尻を叩くもみんなチラチラと不安そうに見てくる。
「辞めないって!そんな話してないでしょ!」
そう言うのに、全然みんな納得しない。なんなんだ、一体。そりゃ、確かにシャノンと月夜祭を過ごしたけど、それだけだし……ん?あれ、月夜祭の日に朝まで一緒に過ごしたということは、そういう仲だということなんだけど……。
「あぁ!!」
突然叫んだ僕に、周りはぎょっとした目で見てくるが、それどころではない。とんでもなく大事なことを思い出した。月夜祭を一緒に過ごして朝まで共にいるということは、つまり、そういう仲だというだけでなく、婚姻の申し込みをされて受けたということだった……!どうしてそんな重要なことを忘れていたのか、めまいがしそうで机に突っ伏す。
学生の時など、祭りや催し物などはユンと回っていたからすっかりそんなこと頭から抜け落ちていた。そういう恋人同士の特別な決まり事や言い伝えとかが面倒臭くて、毎回断ったり別れたりしていたんだった。ユンと一緒にいる方が楽しかったし、ユンと回りたかったからっていうのもあるけれど。
「……僕としたことが」
あぁ、これ、もう無理だな。月夜祭では僕がシャノンと一緒に回っていたことは知られているだろうし、今日一緒に来たことで朝まで過ごしたと確信付けている。してやられた。そもそも、この時点でようやく気付いた僕も僕だ。シャノンと離れてやっと落ち着いて考えることができたが、もう遅いなこれ。外堀、しっかり埋められている。逃がす気がないシャノンの手腕に思わず笑ってしまう。
「シャノン、結構僕のこと好きだよね」
「何言ってるんだよぉ。宰相様、レーテルのことすごく可愛がっているじゃないか」
突っ伏して頬を机に付けたままそう言うと、タイラが返してくる。そうか、周りから見てもやっぱりそう思うんだ。あー、もういいや。どうせもう逃げられない。敵うわけないんだよ、シャノンが相手の時点で。幸いにも、シャノンのことは尊敬しているし、好き、かもしれないし。なら、もう素直に愛されてみよう。僕のことを逃がしたくなくて、先に外堀埋めて囲ってくるぐらい、愛してくれているらしいから。そう思うと、今まで色々考えてモヤモヤしていたことがスーッと消えていく。
僕は、起き上がると仕事に取り掛かる。同僚たちは不思議そうに見てきたけれど、僕は心が軽くなったようにスッキリしたため、晴れ晴れと気にせず仕事を終わらせていったのだった。
ーーーー
「レーテル、すみません。少し仕事が長引いてしまいまして」
シャノンが僕を迎えに来たのは、仕事が終わって1時間が経過した時だった。僕としては、月夜祭の次の日なので仕事は多いだろうなと思っていたから予想以上の早い迎えに驚く。そもそも、今までシャノンは遅くまで仕事をしている事が多かった。仲を仄めかすようになってから、時々食事に行ったりしていたが、たまたま仕事が早く終わっただけなのだと思っていた。
「いえ、僕は構いませんが……。仕事終わったんですか?」
「?えぇ。……あぁ、別に仕事はいつも終わっているんですよ。君を口説く前は、早く帰ってもすることがなかったので暇潰しで仕事をしていただけです」
さらっととんでもないこと言ったんだけどこの人。優秀なのは知っているが、退屈だから遅くまで仕事していたのか。そんなシャノンに唖然とするが、同時に笑ってしまう。
「ふふ、そうなんですね。今日は、どこに連れて行ってくれるんですか」
夜ご飯を食べに行くのだろうと予想してそう聞いたのだが、
「そうですね、ジュエリーショップに行って指輪を決めましょう。その後は私の家でディナーを。良い肉でも買って帰りましょうか」
腰に回された腕で促され、一緒に歩き出すとそう返される。僕は目をパチパチして、ん?とシャノンの言葉を反芻する。
「……ジュエリー?……指輪?」
「えぇ。届けはまだ出さなくていいですが、指輪は早く決めてしまいしょう」
「え、は?ま、待って、早くない!?」
「何故です?一人になって冷静になったら気付いたでしょう。もう逃がす気はないんですよ。私を待ってくれていたのは、少なからず受け入れてくれているのでしょう?」
「い、いや、そうだけど、でももうちょっとゆっくりでも……」
「君は私のものだと分かるようにしたいんですよ。私も君のものだということもね。」
もうこのままシャノンに流されてみようと決めたところだったのに、思ってもいなかった展開に慌て敬語も外れる。しばらくはご飯に行ったり、デートしたりしていくのかと思いきや、もう婚約させられそうになっているんだけど!
嫌なわけでもなく、拒否する理由もない僕は促されるまま歩いて、上品そうな綺麗な外観の店に連れて行かれる。そのまま中に入ると、煌びやかな店内に場違いのような気がして少し緊張してしまう。さすがに、こんな高級店には入ったことがない。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
すぐに店の人に案内されて、奥の部屋に通されたかと思うと高そうなソファに座るように促された。シャノンは慣れたようにして僕を促してから自分も座り、店員が僕たちの前のテーブルに箱を置いて開けた中には様々な指輪が綺麗に並べられていた。シンプルなものもあれば、小さいが宝石が付いていたり、特徴的な形のものがあったりと色々な種類がある。良し悪しは分からないが、どれも高いことだけは分かる。店員が説明してくれるが、全然頭に入ってこない。え、買わないよね?明らかに高そうなんだけど……。
「レーテル、この中でデザインが好きなものを選んでくれますか。ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
シャノンは僕の背中をゆっくりとさするようにしてそう言うと、箱の中を視線で示した。僕は促されるまま見るが、どれも綺麗で高そうで、全く決められず。さっさと選んで出たいのだが、なかなか決められない。どれも良い気がするし、もはやどれでもいいと思えて来てしまった僕に、
「こちらとこちらでは、どちらの方が好きですか?」
シャノンが2つを示し聞いてくる。どちらかといえば……と指を指すと、次は宝石の大きさ、リングの幅、色々と比べながら聞かれて答えていく。
「では、それでお願いします」
「畏まりました。受け渡しは後日になります」
何をお願いしたのか、何を了承されたのか、分からないまま終わってしまった。そのまま連れ出されて、これまた高級店のレストランに入るとオーナーらしき人が出てきて、袋を渡される。こういうところでは袋でさえ高そうなんだなぁと現実逃避していた僕は、シャノンに連れられるまま、またしてもシャノンの家に帰って来たのだった。
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