26 / 46
第23話 国境の大河
しおりを挟む
アリステルの悲鳴が消えると、もう何の音も聞こえない。
アリステルはガクガクと震える足を引きずって、レオンが落ちた辺りを覗き込む。
遥か遠く、眼下には水の流れが見えた。
峡谷の底は川になっているのだ。
魔獣もレオンの姿も見当たらない。
川に落ちたのだろう。
川の深さも、流れの速さも、ここからではわからない。
しかしこの高さから落ちて、ただではすまないことは、世間知らずのアリステルでもわかってしまう。
レオンが死んでしまうかもしれない。
いや、レオンならなんとか無事でいてくれるのでは。
心は千々に乱れる。
アリステルの目から、次から次へと涙が流れ落ちていく。
胸の奥から、焼けつくような悲しみと、全身を苛む苦しみが、アリステルを襲った。
これまで感じたことのない胸の痛みに、アリステルは慟哭した。
いつの間にかアリステルにとって、レオンはかけがえのない人となっていた。レオンの鼓動を聞いて馬に乗り、レオンの腕の中に守られて眠りにつく。
そんな旅をしながら、アリステルはレオンの優しさとたくましさに、心からの信頼を寄せていた。
そのことに、いま、ようやくアリステルは気が付いた。
(レオンさんを愛している…!あなたがいなくてはダメなの!どうか、無事でいて!)
長い間、泣きながら祈り、祈っても何の助けにもならず、ただただ虚しく、涙が止まった頃には、もうアリステルには体力も気力も残されていなかった。
ひたすら静かに地面にうずくまり、絶望していた。
(レオンさんがいないならば、わたくしも、もう…)
アリステルはふらふらと立ち上がると、渓谷へと身を投げ出そうとした。
「何やってるんだよ!」
がつりと腕をつかまれ、引っ張られると、アリステルは力なく崩れ落ちた。
「おい、嬢ちゃんしっかりしろ!」
アリステルを支え、軽く頬を叩く。アリステルのぼんやりとした視点が焦点を結ぶ。
「エイダンさん・・・」
アリステルを襲った男たちを警備隊に引き渡し、しつこく事情聴取をされた後、エイダンはレオンとアリステルの後を追っていた。
レオンが野営の旅に地面に残していたサインを読み解きながら、馬を走らせ、少しずつ距離を縮めていたのだ。
「レオンはどうした」
そう聞かれ、アリステルの瞳には、もう枯れたかと思った涙がまたじわりとにじみ出た。
「魔獣におそわれ、川に、魔獣と一緒に落ちて…」
エイダンは、峡谷を覗き見た。かなりの高さがある。覚悟はしなくてはいけない。
しかし、水嵩によっては、助かる可能性もゼロではない。
「レオンの奴がこんなことでくたばるもんか。あいつはもっとえらい修羅場も潜り抜けてきたんだ。悪運の強いことったら、オーウェルズ一、いや大陸一と言ってもいい。だから、そんなに泣くなよ。元気出しなって」
エイダンの声に、たしかにアリステルは勇気づけられた。
「そうですわ…。こんなことでレオンさんは、くたばりませんわね…」
力なくほほ笑むと、エイダンに助けを求めた。
「わたくし、下まで降りて、レオンさんを探したいのです。どうか、お力を貸してください」
「いいとも、お嬢様。川下に下った辺りで下に降りられる場所がある。でもその前に、飯食って、寝て、元気出さねーとな」
アリステルは、焦る気持ちをなんとか抑え、頷いた。
◆ ◆ ◆
エイダンに連れられて河岸に降り立つことができたのは、それから二日後だった。
魔獣に襲われたときにはぐれた馬が戻って来たので、馬を連れて川下へと進んだ。
丸一日歩くと小さな町があった。
そこで宿を取り、その晩は久しぶりに寝台で休むことができた。
体は泥のように重く疲れているが、アリステルは眠れずにいた。
脳の中心がじんじんとしびれたように痛み、浅くまどろみかけては物音にびくっと反応して目が覚めるといったことを繰り返した。
朝になって川のすぐそばまで来てみると、川幅がかなり広いことがわかった。
それなりの深さもある。
早くレオンを探さなければと、アリステルは気が急いた。
「まずは上流へ向かって行こう。落ちた辺りまで上って見つからなかったら、また戻って来て今度は下流へ向かう」
「わかりました」
「…嬢ちゃんは、宿で待っていなよ。俺がさっさと探してくるからよ」
エイダンは、アリステルを連れてレオンを探すのは難しいと感じていた。
川岸は歩きにくい岩場で、場所によっては水の中を歩かなくてはならない。
川は一見穏やかに流れているように見えるが、その実、流れは速い。
足を滑らせれば、あっという間に流されてしまうだろう。
レオンがケガを負って助けを待っているかもしれないと思えば、なるべく早く見つけてやりたい。
もうすでに二日が経っているのだ。
一刻を争う事態である。
アリステルは思わぬことを言われ、エイダンの目をじっと見た。
ここまで何も言わず連れて来てくれたエイダンが、理由もなくそのように言うわけがない。
(わたくし、足手まといなんだわ・・・)
アリステルはこの二日間、レオンが心配でろくに眠れなかったし、食欲もなく、無理矢理に口に何か入れてはいたが、ほとんど食べられなかった。
不安に突き動かされて、必死にここまでやってきたが、たしかに足手まといにしかなりそうになかった。
レオンを一刻も早く見つけること、それだけを考え、アリステルは苦渋の決断をした。
「わかりました。エイダンさん、お願いします」
アリステルが意地を張ったら面倒だと思っていたので、すぐに頷いてくれて、エイダンはほっとした。
「必ず宿に戻るから、そこで待ってろよ」
そう言ってエイダンは足早に川上へと進んだ。
アリステルはしばらくエイダンの背中を見送っていたが、自分もこの近辺くらいなら少しは探して歩けると思い、川下へ向かって捜索を始めた。
こうしてレオンの捜索が始まったが、何の手がかりもなく、二人は川下へと進むことになる。
海に近づいて来たところで橋を渡り、今度はスコルト国側の岸辺を川上へと上っていく。
時はすでに2週間を過ぎていた。
アリステルはガクガクと震える足を引きずって、レオンが落ちた辺りを覗き込む。
遥か遠く、眼下には水の流れが見えた。
峡谷の底は川になっているのだ。
魔獣もレオンの姿も見当たらない。
川に落ちたのだろう。
川の深さも、流れの速さも、ここからではわからない。
しかしこの高さから落ちて、ただではすまないことは、世間知らずのアリステルでもわかってしまう。
レオンが死んでしまうかもしれない。
いや、レオンならなんとか無事でいてくれるのでは。
心は千々に乱れる。
アリステルの目から、次から次へと涙が流れ落ちていく。
胸の奥から、焼けつくような悲しみと、全身を苛む苦しみが、アリステルを襲った。
これまで感じたことのない胸の痛みに、アリステルは慟哭した。
いつの間にかアリステルにとって、レオンはかけがえのない人となっていた。レオンの鼓動を聞いて馬に乗り、レオンの腕の中に守られて眠りにつく。
そんな旅をしながら、アリステルはレオンの優しさとたくましさに、心からの信頼を寄せていた。
そのことに、いま、ようやくアリステルは気が付いた。
(レオンさんを愛している…!あなたがいなくてはダメなの!どうか、無事でいて!)
長い間、泣きながら祈り、祈っても何の助けにもならず、ただただ虚しく、涙が止まった頃には、もうアリステルには体力も気力も残されていなかった。
ひたすら静かに地面にうずくまり、絶望していた。
(レオンさんがいないならば、わたくしも、もう…)
アリステルはふらふらと立ち上がると、渓谷へと身を投げ出そうとした。
「何やってるんだよ!」
がつりと腕をつかまれ、引っ張られると、アリステルは力なく崩れ落ちた。
「おい、嬢ちゃんしっかりしろ!」
アリステルを支え、軽く頬を叩く。アリステルのぼんやりとした視点が焦点を結ぶ。
「エイダンさん・・・」
アリステルを襲った男たちを警備隊に引き渡し、しつこく事情聴取をされた後、エイダンはレオンとアリステルの後を追っていた。
レオンが野営の旅に地面に残していたサインを読み解きながら、馬を走らせ、少しずつ距離を縮めていたのだ。
「レオンはどうした」
そう聞かれ、アリステルの瞳には、もう枯れたかと思った涙がまたじわりとにじみ出た。
「魔獣におそわれ、川に、魔獣と一緒に落ちて…」
エイダンは、峡谷を覗き見た。かなりの高さがある。覚悟はしなくてはいけない。
しかし、水嵩によっては、助かる可能性もゼロではない。
「レオンの奴がこんなことでくたばるもんか。あいつはもっとえらい修羅場も潜り抜けてきたんだ。悪運の強いことったら、オーウェルズ一、いや大陸一と言ってもいい。だから、そんなに泣くなよ。元気出しなって」
エイダンの声に、たしかにアリステルは勇気づけられた。
「そうですわ…。こんなことでレオンさんは、くたばりませんわね…」
力なくほほ笑むと、エイダンに助けを求めた。
「わたくし、下まで降りて、レオンさんを探したいのです。どうか、お力を貸してください」
「いいとも、お嬢様。川下に下った辺りで下に降りられる場所がある。でもその前に、飯食って、寝て、元気出さねーとな」
アリステルは、焦る気持ちをなんとか抑え、頷いた。
◆ ◆ ◆
エイダンに連れられて河岸に降り立つことができたのは、それから二日後だった。
魔獣に襲われたときにはぐれた馬が戻って来たので、馬を連れて川下へと進んだ。
丸一日歩くと小さな町があった。
そこで宿を取り、その晩は久しぶりに寝台で休むことができた。
体は泥のように重く疲れているが、アリステルは眠れずにいた。
脳の中心がじんじんとしびれたように痛み、浅くまどろみかけては物音にびくっと反応して目が覚めるといったことを繰り返した。
朝になって川のすぐそばまで来てみると、川幅がかなり広いことがわかった。
それなりの深さもある。
早くレオンを探さなければと、アリステルは気が急いた。
「まずは上流へ向かって行こう。落ちた辺りまで上って見つからなかったら、また戻って来て今度は下流へ向かう」
「わかりました」
「…嬢ちゃんは、宿で待っていなよ。俺がさっさと探してくるからよ」
エイダンは、アリステルを連れてレオンを探すのは難しいと感じていた。
川岸は歩きにくい岩場で、場所によっては水の中を歩かなくてはならない。
川は一見穏やかに流れているように見えるが、その実、流れは速い。
足を滑らせれば、あっという間に流されてしまうだろう。
レオンがケガを負って助けを待っているかもしれないと思えば、なるべく早く見つけてやりたい。
もうすでに二日が経っているのだ。
一刻を争う事態である。
アリステルは思わぬことを言われ、エイダンの目をじっと見た。
ここまで何も言わず連れて来てくれたエイダンが、理由もなくそのように言うわけがない。
(わたくし、足手まといなんだわ・・・)
アリステルはこの二日間、レオンが心配でろくに眠れなかったし、食欲もなく、無理矢理に口に何か入れてはいたが、ほとんど食べられなかった。
不安に突き動かされて、必死にここまでやってきたが、たしかに足手まといにしかなりそうになかった。
レオンを一刻も早く見つけること、それだけを考え、アリステルは苦渋の決断をした。
「わかりました。エイダンさん、お願いします」
アリステルが意地を張ったら面倒だと思っていたので、すぐに頷いてくれて、エイダンはほっとした。
「必ず宿に戻るから、そこで待ってろよ」
そう言ってエイダンは足早に川上へと進んだ。
アリステルはしばらくエイダンの背中を見送っていたが、自分もこの近辺くらいなら少しは探して歩けると思い、川下へ向かって捜索を始めた。
こうしてレオンの捜索が始まったが、何の手がかりもなく、二人は川下へと進むことになる。
海に近づいて来たところで橋を渡り、今度はスコルト国側の岸辺を川上へと上っていく。
時はすでに2週間を過ぎていた。
43
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
ある、王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
うさぎくま
恋愛
白銀の騎士と言われている神がかった美貌の騎士アレン・メルタージュとボルタージュ王国王女エルティーナの純愛物語。
今世そして来世にまでまたぐ、「魂」が巡る二人の物語…。
美貌の騎士からの惜しみない愛を感じてください。
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!
灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ?
天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。
そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。
彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。
そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。
しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。
戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。
8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!?
執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる