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第22話 渓谷
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レオンとアリステルは、幾晩か野営をしながらスコルト国を目指し、明日には国境を越える所まで来ていた。
人目につかないよう気を付けて移動していたこともあり、その後はアリステルをつけ狙っていた連中や、盗賊の類に出くわすこともなく、順調に旅をしていた。
食料や水を補給するために小さな村に立ち寄ったりもしたが、補給の回数を減らすため、レオンが狩った小型魔獣の肉を焼いて食べた。
アリステルは魔獣を食べるのは初めてだったが、意外な美味しさに驚いた。
「わたくし、町で串焼きにされたお肉を食べたことがあります。あれもとてもおいしかったのですけれど、もしかして魔獣のお肉だったのかしら?」
「いや、それは普通の牛だろ。ふつうは魔獣の肉は好まれない。ゲテモノ食いの連中が通う一部の店でしか魔獣肉は食えない」
「そうなのですね。このようにおいしいのに」
「ああ。冒険者でもなければ魔獣を食おうと思わないだろう」
魔獣は見た目がよろしくない。
禍々しい色の体毛や、醜悪な顔、どろりと濁ったような瞳。
その見た目から、まず食欲を失わせる。
それに、すべての魔獣が美味しいわけではない。
レオンと出会ったときにアリステルが襲われていたあの灰色狼などは、肉が筋張っていて食べれたものではないらしい。
「わたくし、魔獣肉をいただいたのですもの、もう立派な冒険者ですわ」
アリステルは少し誇らしげに胸を張った。
もちろん冒険者の何たるかなどはまったく理解していない。
「お前は冒険者にならなくていい」
レオンは真顔でアリステルの頭をくしゃっとなでた。
アリステルと旅をしているうちに、レオンは深い葛藤を抱くようになっていた。
アリステルが魔の森に捨てられることになった事情をアリステルから聞いていた。
アリステルがナバランドの伯爵家の娘であると知って、驚きはしなかった。
初めから貴族の令嬢であることは明白だったから。
スコルト国にいる兄上と会えたら、アリステルは行ってしまうだろう。
自分とは住む世界が違い過ぎる。
そう思いながらも、心ではアリステルを手放したくない、共に生きていきたいとの気持ちが日に日に大きくなっていた。
冒険者を辞めて、アリステルの専属の護衛として雇ってはもらえないか。
アリステルの兄上に頼もうかと真剣に考え始めていた。
しかし、護衛になって、アリステルがいつかだれか別の男のもとへ嫁ぐのを、自分は黙って見ていられるのか。そう考えると我慢などできる気がしない。
いつまでもこのまま、スコルト国への旅を続けていたい。
そう思ってしまうのだ。
物思いにふけりそうになったレオンが、ハッと耳を澄ます。
「アリス、静かに馬に乗れ」
緊張感がみなぎる声音に、アリステルは黙ってうなづくと、なるべく音をたてないように気を付けながら、馬に歩み寄る。
レオンに助けられながら馬に跨ると、すかさずレオンも飛び乗り、すぐさま馬の腹を強く蹴った。
馬がいななき、すごい勢いで駆けだしたとき、背後から「グオォォォ」と獣の太い雄叫びが響き、ドスンドスンと音を立てて追いかけてくる足音が聞こえた。
「しっかりつかまっていろ!」
アリステルはレオンの体に手を回し抱き着いていたが、それでも振り落とされそうになる。
ぎゅっと目をつむり、必死でレオンにしがみつく。
馬の駆けるスピードは相当なものであったが、背後の獣も重そうな足音に反して速いのか、なかなか引き離せない。ならば、迎え撃つか。
木立を抜ける瞬間、レオンはアリステルを抱いたまま、滑るように馬から降りた。
もちろん立ってなどいられない。
アリスを抱え込んだまま、ゴロゴロと地面を転がる。
草むらが多少はクッションになってくれるが、アリステルは天地がぐるぐると回って、何がなんだかわからなくなる。
大きな木の陰にアリステルを隠すと、レオンは剣を抜き、走り寄ってくる魔獣に向き合った。
それは、大きな熊に似た魔獣であった。
レオンの目の前まで駆けてくると、後ろ足で立ち上がり、前足を振り回して攻撃をしてきた。
その前足に付いた鉤爪は丈夫で鋭い。当たれば体をえぐり、致命傷となりかねない威力である。
レオンは鋭く剣を振り、魔獣の片腕をスパッと切り落とした。
辺りに血が飛び散る。
「グオォォォォ!!」
痛みと怒りで我を忘れた魔獣が予測もつかない動きでレオンに体当たりをした。
避け切れずレオンが吹き飛ばされ、地面に転がる。
「うっ・・・!」
「グオォォォォ!!」
再び体当たりをしようとするのをかろうじてレオンは避けると、なんとか体勢を立て直そうとする。
しかし、魔獣の動きも早く、残された片腕を振り回し、じわじわとレオンを後退させている。
レオンが思い切って後ろへ飛びのき、少し距離を開けて対峙したとき、魔獣は急に体ごと真後ろに振り返り、アリステルを見た。
「させるか!」
魔獣がアリステルへ向かって動き出そうとすると同時に、レオンは魔獣の背に向かって飛び上がり、剣を首に突き刺した。
首を切り落とせれば、あっけなく勝負がついたのかもしれない。
しかし、剣はガツッと音をたてて首の骨に刺さり、それ以上肉を斬り裂かなかった。
魔獣が断末魔の叫び声を上げ、めちゃくちゃに暴れ出した。
レオンは首に刺さったままの剣の柄を握りしめ、魔獣の背中に両足を踏みつけた。
剣を引き抜こうとしたが抜けない。
魔獣は狂ったようにもがき、走り、アリステルから離れて行った。
その先はスコルト国との国境である渓谷だった。
魔獣はレオンを背に乗せたまま、深い渓谷へと落ちて行った。
一瞬のできごとであった。
「いやぁぁぁぁ!」
アリステルの悲鳴が虚しく渓谷に吸い込まれて消えた。
人目につかないよう気を付けて移動していたこともあり、その後はアリステルをつけ狙っていた連中や、盗賊の類に出くわすこともなく、順調に旅をしていた。
食料や水を補給するために小さな村に立ち寄ったりもしたが、補給の回数を減らすため、レオンが狩った小型魔獣の肉を焼いて食べた。
アリステルは魔獣を食べるのは初めてだったが、意外な美味しさに驚いた。
「わたくし、町で串焼きにされたお肉を食べたことがあります。あれもとてもおいしかったのですけれど、もしかして魔獣のお肉だったのかしら?」
「いや、それは普通の牛だろ。ふつうは魔獣の肉は好まれない。ゲテモノ食いの連中が通う一部の店でしか魔獣肉は食えない」
「そうなのですね。このようにおいしいのに」
「ああ。冒険者でもなければ魔獣を食おうと思わないだろう」
魔獣は見た目がよろしくない。
禍々しい色の体毛や、醜悪な顔、どろりと濁ったような瞳。
その見た目から、まず食欲を失わせる。
それに、すべての魔獣が美味しいわけではない。
レオンと出会ったときにアリステルが襲われていたあの灰色狼などは、肉が筋張っていて食べれたものではないらしい。
「わたくし、魔獣肉をいただいたのですもの、もう立派な冒険者ですわ」
アリステルは少し誇らしげに胸を張った。
もちろん冒険者の何たるかなどはまったく理解していない。
「お前は冒険者にならなくていい」
レオンは真顔でアリステルの頭をくしゃっとなでた。
アリステルと旅をしているうちに、レオンは深い葛藤を抱くようになっていた。
アリステルが魔の森に捨てられることになった事情をアリステルから聞いていた。
アリステルがナバランドの伯爵家の娘であると知って、驚きはしなかった。
初めから貴族の令嬢であることは明白だったから。
スコルト国にいる兄上と会えたら、アリステルは行ってしまうだろう。
自分とは住む世界が違い過ぎる。
そう思いながらも、心ではアリステルを手放したくない、共に生きていきたいとの気持ちが日に日に大きくなっていた。
冒険者を辞めて、アリステルの専属の護衛として雇ってはもらえないか。
アリステルの兄上に頼もうかと真剣に考え始めていた。
しかし、護衛になって、アリステルがいつかだれか別の男のもとへ嫁ぐのを、自分は黙って見ていられるのか。そう考えると我慢などできる気がしない。
いつまでもこのまま、スコルト国への旅を続けていたい。
そう思ってしまうのだ。
物思いにふけりそうになったレオンが、ハッと耳を澄ます。
「アリス、静かに馬に乗れ」
緊張感がみなぎる声音に、アリステルは黙ってうなづくと、なるべく音をたてないように気を付けながら、馬に歩み寄る。
レオンに助けられながら馬に跨ると、すかさずレオンも飛び乗り、すぐさま馬の腹を強く蹴った。
馬がいななき、すごい勢いで駆けだしたとき、背後から「グオォォォ」と獣の太い雄叫びが響き、ドスンドスンと音を立てて追いかけてくる足音が聞こえた。
「しっかりつかまっていろ!」
アリステルはレオンの体に手を回し抱き着いていたが、それでも振り落とされそうになる。
ぎゅっと目をつむり、必死でレオンにしがみつく。
馬の駆けるスピードは相当なものであったが、背後の獣も重そうな足音に反して速いのか、なかなか引き離せない。ならば、迎え撃つか。
木立を抜ける瞬間、レオンはアリステルを抱いたまま、滑るように馬から降りた。
もちろん立ってなどいられない。
アリスを抱え込んだまま、ゴロゴロと地面を転がる。
草むらが多少はクッションになってくれるが、アリステルは天地がぐるぐると回って、何がなんだかわからなくなる。
大きな木の陰にアリステルを隠すと、レオンは剣を抜き、走り寄ってくる魔獣に向き合った。
それは、大きな熊に似た魔獣であった。
レオンの目の前まで駆けてくると、後ろ足で立ち上がり、前足を振り回して攻撃をしてきた。
その前足に付いた鉤爪は丈夫で鋭い。当たれば体をえぐり、致命傷となりかねない威力である。
レオンは鋭く剣を振り、魔獣の片腕をスパッと切り落とした。
辺りに血が飛び散る。
「グオォォォォ!!」
痛みと怒りで我を忘れた魔獣が予測もつかない動きでレオンに体当たりをした。
避け切れずレオンが吹き飛ばされ、地面に転がる。
「うっ・・・!」
「グオォォォォ!!」
再び体当たりをしようとするのをかろうじてレオンは避けると、なんとか体勢を立て直そうとする。
しかし、魔獣の動きも早く、残された片腕を振り回し、じわじわとレオンを後退させている。
レオンが思い切って後ろへ飛びのき、少し距離を開けて対峙したとき、魔獣は急に体ごと真後ろに振り返り、アリステルを見た。
「させるか!」
魔獣がアリステルへ向かって動き出そうとすると同時に、レオンは魔獣の背に向かって飛び上がり、剣を首に突き刺した。
首を切り落とせれば、あっけなく勝負がついたのかもしれない。
しかし、剣はガツッと音をたてて首の骨に刺さり、それ以上肉を斬り裂かなかった。
魔獣が断末魔の叫び声を上げ、めちゃくちゃに暴れ出した。
レオンは首に刺さったままの剣の柄を握りしめ、魔獣の背中に両足を踏みつけた。
剣を引き抜こうとしたが抜けない。
魔獣は狂ったようにもがき、走り、アリステルから離れて行った。
その先はスコルト国との国境である渓谷だった。
魔獣はレオンを背に乗せたまま、深い渓谷へと落ちて行った。
一瞬のできごとであった。
「いやぁぁぁぁ!」
アリステルの悲鳴が虚しく渓谷に吸い込まれて消えた。
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