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噂とは独り歩きするもの
しおりを挟む「待って、グリンダ。きっと、その話は社交場で聞いたのよね?」
「はい、そうです。最近、晩餐会や舞踏会では皆様『女嫌いのウィリアム閣下がついに相手を見つけた』という噂で夢中なんですよ」
「そうなのね。どんな噂なの?」
「噂によれば教会での儀式でお二人は隣の席に座っていて談笑なさっていたとか。それに、メアリーの身に危険が及んだ時は、ウィリアム閣下が守って下さったそうですね?」
「そうね。情報自体は嘘偽りのない事実だわ」
「まぁ、なんて羨ましいの!」
グリンダは用意されたスコーンを頬張りながら、片手をほっぺに当てた。
「私のお父様も最近、そろそろ結婚相手を見つけろとうるさくて……元々人見知りな性格なので、嫁ぎ先探しにはあまり気乗りしていなかったんです。私にもメアリーぐらい誰にでも親しく話しかけるぐらいの勇気があればいいのになぁ」
「あら、私もさすがに閣下とお話した際は緊張していたわよ」
「それでも気に入られるぐらい上手に話していたのでしょう? やっぱり羨ましいわぁ」
身分の高いウィリアムと親しくなりたい感情があることは否定しないが、彼と交際したいとか、そのようなことは一切考えていない。
というか身分の高い方と結婚することは、そんなに良いこと?
相手の性格とか能力は大切ではないの?
結婚した相手が、よくロマンス小説に出てくる妻と共寝しない冷徹な男とか、酒に溺れた無能な男だったら嫌よ。
メアリーがなんと返答しようか迷っていると、ドアがコンコンとノックされる。
「お嬢様、女中頭の補佐の方から預かったお菓子をお持ち致しました!」
中に入ってきたのは銀色のワゴンを押すアンジーと、ティーポットが乗ったお盆を持ったアルであった。
「ありがとう、ワゴン重かったでしょ?」
「いえいえ、私とアルは教会にいたときからずっと雑用をこなしてきましたから、この程度大したことはありませんよ」
誇らしそうに胸を張るアンジーをメアリーは複雑そうな表情で見つめていた。
豊穣祭の後、保護された子供たちのほとんどは然るべき引き取り手の元に向かったが、唯一アルとアンジーだけはターレンバラ家の使用人になりたいと主張し続けていた。
メアリーとしては助けた子供たちが恩返しとして仕えてくれることは、この上なく嬉しいことである。しかし、同時に複雑な気持ちにもなった。
むかしから、広告業者の『家事をするだけで稼げる仕事』という宣伝文句につれられて、田舎から出稼ぎに来る子供は後を絶たない。
だが、大抵の子供は、働き始めてから広告業者から聞いていた仕事内容と、実際の仕事量が全く違うことに気づくのだ。
メアリーは二人に使用人の仕事は決して楽なものではないことを念入りに伝えたが、二人の意思が揺らぐことはなかったため、何人かの上級使用人に相談して、背丈が高く大人びたアンジーを給仕係、アルを執事見習いとして雇ってもらうことにした。
「ちょっと、二人とも。無駄話していないで早く仕事に戻りなさい!」
廊下の奥から姿を現わしたのは、教会からターレンバラ家に戻ってきた元侍女――否、現役侍女である。
世間でモルガナ教会の悪評が広まったことにより、メアリーが「あんなところに元使用人を預けておくわけにはいかない。絶対につれて帰る」と主張することができたのだ。
執事から過去ターレンバラ家で働いていた使用人のリストをもらい、今までフィネラによって教会へ送られていた使用人を可能な限りで連れ戻すことができた。
警備隊の調査官や父が諦めて、メアリーの主張を受け入れる中。唯一、心底不快そうな表情を浮かべていたフィネラを思い返すと、今でも笑いがこみ上げてくる。
きっと、排除したい邪魔者を送る先がなくなって困っているんでしょうねぇ。
「お嬢様、新米二人が申し訳ございません」
謝る侍女に対してメアリーが答える。
「別にいいわよ。サボるのはダメだけど、自由時間とか休日は目一杯遊ばせてあげてね」
子供の仕事は遊びと勉強だもの。
今まで一方的に虐げられてきた彼らが笑える日が来たことを喜びつつ。メアリーの中では、また一つ達成感が芽生えていた。
これで信頼できる使用人が増えた。
新米使用人の二人ならフィネラに怪しまれずに探りを入れられるかも。
「承知いたしました」
侍女は頭を下げたまま話を続ける。
「お嬢様、やはり貴方はお優しい。私は貴方のような方に仕えることができて幸福の至りです」
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