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回り始めた歯車
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夕飯を終え、風呂を済ませ、大学の課題に取り掛かろうとして鞄から荷物を取り出したとき、見ず知らずの教科書が顔を出した。
「……?あっ!!!もしかしてあいつの……」
その教科書に名前は書いていなかったが、工学系の教科書である。思い当たる節といえば、今日話しかけてきたものめずらしい人物に違いない。好印象を感じたあの青年、白銀奏斗である。確か工学部と言っていたはずだ。
「うそじゃん。なんでこんなところにあんの……俺見てないって言っちゃったよ。」
これではまるで泥棒だ。あるにもかかわらずないと言ってしまった。しかもつっけんどんな態度であったような気がする。雪の頭はどうしようかという考えで慌ただしい脳内シミュレーションが発生していた。
一見冷静だと思われる雪だが、予想外のことが発生すると慌てもするし、困ったりもするし、どうしていいか分からなくなってしまうこともある。しかし、それを表情に出さない術を身に付けただけなのだ。そういった態度をすると家族やかつての同級生がひどく疎ましいような表情を見せたからだ。少しでも彼らの気に障らないように、生き延びる術を身に付けた結果として、冷静だと評されるようになったのだ。
これは良い面もあれば悪い面もある。アルバイト先の人々は安心する、頼りがいがあるなどと好意的に捉えているが、そうではないことのほうが多かった。中高生のときは特にそれが顕著に現れた。
何があっても冷静にふるまう雪は、年頃の女子にとってはとりわけ格好よく見えたのだ。それを加速させたのは雪の顔である。中性的な顔立ち、白い肌、高すぎない身長が、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出していたのだ。これが女子の間で一際際立ってしまったのは言うまでもない。
それが気に入らない男子から僻みを一身に受けた雪は孤立してしまったのだ。その流れに乗っかってか、噂話をしていた女子たちも距離を置くようになった。そのため、中高時代は友人ができず、学生らしい青春を味わうことなく時が流れた。そういった学生時代の苦い経験、人の悪意の塊を受け取った雪は、人のことをあまり信用しない人間になってしまい、人の悪い面が特に目につくようになってしまったのである。
そんな雪だが、頭の中では大慌てでシミュレーションが行われている。どうしたらいいのか、この行動をしたときはどういった結果になるだろうか、あっちのほうがいいのではないか、などといったことが大慌てで、かつ高速で行われているのだ。そのときの雪の表情はあわあわしているに違いない。むろん、脳内で行われているため、周りからは冷静に思考していると思われているのだが。
それを隠す術を身に付けた雪は、現在もなおあわあわしながらも脳内では教科書と奏斗のことを考えていた。
「どうしよう……ないって言ったのに実はもってましたっていったら嘘つきだと思われて不信だよな……ってか冷静に考えたら気持ち悪くね?だってないって言ったのに家に帰ってみたらあったからって言って返すの……あいつの教科書が欲しくて持ち帰ったみたいじゃん……」
はぁ、とため息をつくが、返さないわけにもいかない。教科書ということは、奏斗の専攻に必要なものだろう。ないと困るに違いない。しかも、わざわざ教室から人がいなくなるまで、自分の世界に浸っている雪のために、声をかけるのを待っていてくれたのだ。授業終わってすぐに声をかけて聞けば済むはずなのにそうはせず、待っていてくれた。普通であれば気づかないだろう雪の世界に気づき、自分の都合を押し付けずに配慮してくれたのだ。
雪は今まで多くの悪意、特に男性からの悪意に触れてきたが、だからこそ自分基準での好ましいという枠組みができた。その中に奏斗は見事に入ったのだ。
確かにまだ一面しか知らず、もしかしたら大多数の人と変わりないのかもしれない。しかし、漠然とだが、奏斗は雪にとってどこか気を開けるような、自分から話にいけるような気がしていたのだ。
「なるべく早く返したほうがいいよな……明日返すか」
正直会えるかどうかは分からないが、わざわざ探してたということは早急に必要だからだろう。構内は広いうえに、他学部であるため学部棟も異なる。今日の授業は学部関係なしに、教養として選択して取る科目であるため偶然教室が同じだったが、別の科目は同じとは限らない。やはり、なるべく早めに探して返したほうがよいだろう。
「あの人、白銀くん……良い感じの人だったな……もうちょっと話してみたいかも……なんて」
今日のことを思い返しながら、フッと笑いながらそう呟いた。
「……?あっ!!!もしかしてあいつの……」
その教科書に名前は書いていなかったが、工学系の教科書である。思い当たる節といえば、今日話しかけてきたものめずらしい人物に違いない。好印象を感じたあの青年、白銀奏斗である。確か工学部と言っていたはずだ。
「うそじゃん。なんでこんなところにあんの……俺見てないって言っちゃったよ。」
これではまるで泥棒だ。あるにもかかわらずないと言ってしまった。しかもつっけんどんな態度であったような気がする。雪の頭はどうしようかという考えで慌ただしい脳内シミュレーションが発生していた。
一見冷静だと思われる雪だが、予想外のことが発生すると慌てもするし、困ったりもするし、どうしていいか分からなくなってしまうこともある。しかし、それを表情に出さない術を身に付けただけなのだ。そういった態度をすると家族やかつての同級生がひどく疎ましいような表情を見せたからだ。少しでも彼らの気に障らないように、生き延びる術を身に付けた結果として、冷静だと評されるようになったのだ。
これは良い面もあれば悪い面もある。アルバイト先の人々は安心する、頼りがいがあるなどと好意的に捉えているが、そうではないことのほうが多かった。中高生のときは特にそれが顕著に現れた。
何があっても冷静にふるまう雪は、年頃の女子にとってはとりわけ格好よく見えたのだ。それを加速させたのは雪の顔である。中性的な顔立ち、白い肌、高すぎない身長が、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出していたのだ。これが女子の間で一際際立ってしまったのは言うまでもない。
それが気に入らない男子から僻みを一身に受けた雪は孤立してしまったのだ。その流れに乗っかってか、噂話をしていた女子たちも距離を置くようになった。そのため、中高時代は友人ができず、学生らしい青春を味わうことなく時が流れた。そういった学生時代の苦い経験、人の悪意の塊を受け取った雪は、人のことをあまり信用しない人間になってしまい、人の悪い面が特に目につくようになってしまったのである。
そんな雪だが、頭の中では大慌てでシミュレーションが行われている。どうしたらいいのか、この行動をしたときはどういった結果になるだろうか、あっちのほうがいいのではないか、などといったことが大慌てで、かつ高速で行われているのだ。そのときの雪の表情はあわあわしているに違いない。むろん、脳内で行われているため、周りからは冷静に思考していると思われているのだが。
それを隠す術を身に付けた雪は、現在もなおあわあわしながらも脳内では教科書と奏斗のことを考えていた。
「どうしよう……ないって言ったのに実はもってましたっていったら嘘つきだと思われて不信だよな……ってか冷静に考えたら気持ち悪くね?だってないって言ったのに家に帰ってみたらあったからって言って返すの……あいつの教科書が欲しくて持ち帰ったみたいじゃん……」
はぁ、とため息をつくが、返さないわけにもいかない。教科書ということは、奏斗の専攻に必要なものだろう。ないと困るに違いない。しかも、わざわざ教室から人がいなくなるまで、自分の世界に浸っている雪のために、声をかけるのを待っていてくれたのだ。授業終わってすぐに声をかけて聞けば済むはずなのにそうはせず、待っていてくれた。普通であれば気づかないだろう雪の世界に気づき、自分の都合を押し付けずに配慮してくれたのだ。
雪は今まで多くの悪意、特に男性からの悪意に触れてきたが、だからこそ自分基準での好ましいという枠組みができた。その中に奏斗は見事に入ったのだ。
確かにまだ一面しか知らず、もしかしたら大多数の人と変わりないのかもしれない。しかし、漠然とだが、奏斗は雪にとってどこか気を開けるような、自分から話にいけるような気がしていたのだ。
「なるべく早く返したほうがいいよな……明日返すか」
正直会えるかどうかは分からないが、わざわざ探してたということは早急に必要だからだろう。構内は広いうえに、他学部であるため学部棟も異なる。今日の授業は学部関係なしに、教養として選択して取る科目であるため偶然教室が同じだったが、別の科目は同じとは限らない。やはり、なるべく早めに探して返したほうがよいだろう。
「あの人、白銀くん……良い感じの人だったな……もうちょっと話してみたいかも……なんて」
今日のことを思い返しながら、フッと笑いながらそう呟いた。
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