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第三話 流れ星と願い事
流れ星と願い事②
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ヤギの散歩が終わってから、俺は祖父母の店の手伝いもするようになった。年老いた祖父母に店を任せきりにしては申し訳ないという罪悪感は勿論あるのだが、俺は小さい頃から祖父母が和菓子を作っている風景を見るのが好きだった。
餡子や水飴を使って作り上げられる和菓子は、まるで芸術品のようにも思えたし、どうしてこんなにも綺麗なものが作り出せるのだろうと、不思議でもあった。
今は天然氷を使ったかき氷が大人気のようで、毎日店先には長蛇の列ができている。天然の氷を使ったかき氷はフワフワとしているのが特徴で、十種類以上のシロップが用意されている。
和室を一室休憩所にしてかき氷を食べられるようにしているのだけれど、いつもお客でいっぱいだ。
見かねた俺が祖父母の手伝いをするようになると、悠介も手伝ってくれるようになったのだった。
「ねぇねぇ、お兄さん、ここのバイト? 超可愛いじゃん。写真撮ってインスタにあげていい?」
「はぁ、それはちょっと……」
「いいじゃん。じゃあ、連絡先教えてよ? お願い!」
若い店員が珍しいのか、女の子に声をかけられることが増えて、正直俺はうんざりしていた。そんな時に「こいつシャイだから、勘弁してあげてください」と悠介がさりげなくフォローをいれてくれる。
「ヤバイ! こっちにはまた違う雰囲気のイケメンがいる!」
「背が高くてかっこいいですね!」
悠介は当り障りなく女の子たちの相手をしているようだけれど、悠介がいなければ、とっくに俺は音を上げていたかもしれない。
「あー、ようやくお客さんが途切れたね。琥珀、お疲れ」
「てか、氷がなくなったんだよ。悠介も手伝ってくれてありがとう」
「最近、テレビの旅番組で秩父の特集をやることが多いから、今年は特に人が多かったよ」
「そうなんだ。こんなのをよく、じいちゃんとばあちゃん二人で切り盛りしてたなぁ」
「本当だよね。でもこれからお盆が来るから、牡丹餅とか、仏壇に供える和菓子作りで大忙しになると思うよ」
「そっか……。俺、全然そんなこと知らなかった」
「そうだね。離れてると、わからないだろうね」
「うん。俺、知ることができてよかったって思う」
疲れた顔なんて見せずに「こうちゃん、ありがとうね」と笑う祖父母を見たら、もっと早くに手伝いに来てやればよかった……と、後悔してしまった。
悠介が縁側に寝転んだから、俺も隣に寝転ぶ。相変わらず蝉はうるさいけど、真っ青な空を流れていく雲を眺めているのは面白い。俺は、ポツリと口を開いた。
「俺さ、小さい頃、和菓子職人になりたかったんだ」
「へぇ、凄いじゃん。この店を継ぎたかったとか?」
「うん。俺、じいちゃんとばあちゃんが和菓子を作っているのを見てるのが好きだったんだ。お菓子なのに、まるで硝子細工みたいに綺麗で……。俺もいつか、あんな和菓子を作ってみたいって思ったんだ」
「今はなりたいとは思ってないの? そういった専門学校に進学する希望があるとか?」
「昔、そう思ってただけだから……。今は特に考えてない」
「ふーん。そっか」
何となく気まずくなった俺は、悠介に背中を向ける。
なんで俺は、こんなことを悠介に話してしまったんだろうか――。今になって恥ずかしくなってしまった。
「でもさ、琥珀が和菓子職人になったら秩父に帰ってくるだろう? そしたら、俺嬉しいなぁ」
「は?」
びっくりした俺が悠介のほうに体を向けると、いつものように笑っている。その笑顔を見た俺の鼓動が、一気に高鳴っていった。
「その笑顔、本当にやめてくれ……。心臓がドキドキして苦しい。どうしたらいいのか、わかんなくなる……」
呼吸さえ苦しくなってきた俺は、悠介のシャツをギュッと掴む。心の中がグチャグチャで泣きたくなってきた。そんな俺を、悠介が心配そうに覗き込んでくる。
「どうしたの、琥珀? 疲れちゃった?」
「違う。そんなんじゃねぇから」
「そっか。でも、琥珀が本当に和菓子職人になって秩父に来てくれたら、俺本当に嬉しいなぁ。だって、そうしたら、ずっとこうやって一緒にいられるじゃん」
「俺は、こんな田舎なんか御免だ」
「そっか。でも、俺は琥珀と一緒にいたいな。琥珀といると楽しいし」
「俺は田舎が嫌いだ。不便で仕方ねぇ」
「でも俺は、琥珀と一緒にいたいもん」
「俺は東京に帰りたい」
「嫌だ。ずっと秩父にいてよ」
そんな答えの出ない押し問答は、「そろそろ店を閉めるよ」と祖母が声をかけてきてくれるまで、続いたのだった。
餡子や水飴を使って作り上げられる和菓子は、まるで芸術品のようにも思えたし、どうしてこんなにも綺麗なものが作り出せるのだろうと、不思議でもあった。
今は天然氷を使ったかき氷が大人気のようで、毎日店先には長蛇の列ができている。天然の氷を使ったかき氷はフワフワとしているのが特徴で、十種類以上のシロップが用意されている。
和室を一室休憩所にしてかき氷を食べられるようにしているのだけれど、いつもお客でいっぱいだ。
見かねた俺が祖父母の手伝いをするようになると、悠介も手伝ってくれるようになったのだった。
「ねぇねぇ、お兄さん、ここのバイト? 超可愛いじゃん。写真撮ってインスタにあげていい?」
「はぁ、それはちょっと……」
「いいじゃん。じゃあ、連絡先教えてよ? お願い!」
若い店員が珍しいのか、女の子に声をかけられることが増えて、正直俺はうんざりしていた。そんな時に「こいつシャイだから、勘弁してあげてください」と悠介がさりげなくフォローをいれてくれる。
「ヤバイ! こっちにはまた違う雰囲気のイケメンがいる!」
「背が高くてかっこいいですね!」
悠介は当り障りなく女の子たちの相手をしているようだけれど、悠介がいなければ、とっくに俺は音を上げていたかもしれない。
「あー、ようやくお客さんが途切れたね。琥珀、お疲れ」
「てか、氷がなくなったんだよ。悠介も手伝ってくれてありがとう」
「最近、テレビの旅番組で秩父の特集をやることが多いから、今年は特に人が多かったよ」
「そうなんだ。こんなのをよく、じいちゃんとばあちゃん二人で切り盛りしてたなぁ」
「本当だよね。でもこれからお盆が来るから、牡丹餅とか、仏壇に供える和菓子作りで大忙しになると思うよ」
「そっか……。俺、全然そんなこと知らなかった」
「そうだね。離れてると、わからないだろうね」
「うん。俺、知ることができてよかったって思う」
疲れた顔なんて見せずに「こうちゃん、ありがとうね」と笑う祖父母を見たら、もっと早くに手伝いに来てやればよかった……と、後悔してしまった。
悠介が縁側に寝転んだから、俺も隣に寝転ぶ。相変わらず蝉はうるさいけど、真っ青な空を流れていく雲を眺めているのは面白い。俺は、ポツリと口を開いた。
「俺さ、小さい頃、和菓子職人になりたかったんだ」
「へぇ、凄いじゃん。この店を継ぎたかったとか?」
「うん。俺、じいちゃんとばあちゃんが和菓子を作っているのを見てるのが好きだったんだ。お菓子なのに、まるで硝子細工みたいに綺麗で……。俺もいつか、あんな和菓子を作ってみたいって思ったんだ」
「今はなりたいとは思ってないの? そういった専門学校に進学する希望があるとか?」
「昔、そう思ってただけだから……。今は特に考えてない」
「ふーん。そっか」
何となく気まずくなった俺は、悠介に背中を向ける。
なんで俺は、こんなことを悠介に話してしまったんだろうか――。今になって恥ずかしくなってしまった。
「でもさ、琥珀が和菓子職人になったら秩父に帰ってくるだろう? そしたら、俺嬉しいなぁ」
「は?」
びっくりした俺が悠介のほうに体を向けると、いつものように笑っている。その笑顔を見た俺の鼓動が、一気に高鳴っていった。
「その笑顔、本当にやめてくれ……。心臓がドキドキして苦しい。どうしたらいいのか、わかんなくなる……」
呼吸さえ苦しくなってきた俺は、悠介のシャツをギュッと掴む。心の中がグチャグチャで泣きたくなってきた。そんな俺を、悠介が心配そうに覗き込んでくる。
「どうしたの、琥珀? 疲れちゃった?」
「違う。そんなんじゃねぇから」
「そっか。でも、琥珀が本当に和菓子職人になって秩父に来てくれたら、俺本当に嬉しいなぁ。だって、そうしたら、ずっとこうやって一緒にいられるじゃん」
「俺は、こんな田舎なんか御免だ」
「そっか。でも、俺は琥珀と一緒にいたいな。琥珀といると楽しいし」
「俺は田舎が嫌いだ。不便で仕方ねぇ」
「でも俺は、琥珀と一緒にいたいもん」
「俺は東京に帰りたい」
「嫌だ。ずっと秩父にいてよ」
そんな答えの出ない押し問答は、「そろそろ店を閉めるよ」と祖母が声をかけてきてくれるまで、続いたのだった。
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