向日葵畑で手を繋ごう

舞々

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第三話 流れ星と願い事

流れ星と願い事①

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「本当に田舎って最悪だよなぁ。あー、また蚊に刺された! 秩父では蚊に食われたって言うんだっけ……。痒い、痒いー!」


 俺は腕に止まっていた蚊を手で叩き落とそうとしたものの、逃げられてしまった。
 秩父には武甲山ぶこうざんという大きな山があり、秩父市内はグルッと山に囲まれた盆地だ。車に乗って街中まで行けばコンビニはあるけど、悠介の家みたいにド田舎になってしまうとコンビニなんてものはない。店だって十九時には閉まってしまうところが多いし、とにかく虫が多い。


 加えて夜道を歩けば狸や鹿に遭遇することもあり、身の危険を感じることも多い。
 それでも夕暮れ時になると、空が紫色に染まり幻想的な世界へと姿を変える。縁側には涼しい風が吹いて、風鈴が心地よい音を鳴らす。蚊取り線香の懐かしい香りが鼻腔を擽り、目を閉じてヒグラシの声に聞き入ると、何とも心穏やかになっていくのを感じた。
 夕日が沈んだ後には空一面に星が広がり、その瞬く音さえ聞こえてきそうな気がする。満月の夜は、月が明るくて電気をつける必要もないくらいなのだ。


「でも、やっぱり田舎は不便過ぎる! 近くにあるバス停の最終のバスが十六時ってどういうことなんだよ?」
「仕方ないじゃん。電車だって一時間に一本しかないし、都会みたいに遅くまで走ってないもん。出掛けるなら、俺の自転車使ってもいいよ?」
「秩父の道は上り坂ばっかで、自転車なんか乗ってられるかよ!」
「もう、琥珀は本当に文句ばっかりなんだから」
「だいたい、夜はみんな何して過ごしてるの? 二十時過ぎると、辺りは真っ暗じゃん」
「だいたいみんな、明日の早起きに備えて二十一時までには寝るんだよ」
「はぁ⁉ そんなのつまんなくないか?」
「そんなことないよ。朝日と共に目を覚ますなんて気持ちいいじゃん!」
「ごめん。ちょっと俺には理解できない……」
 そんな苦情を悠介にぶつけたことがあったけれど、悠介はいつもみたいに笑っていた。



 それでも、秩父に来た翌日から俺は朝の四時には起きて、悠介の家の畑に向かい農作業の手伝いをするようになった。と、言っても俺に任された仕事は、ヤギのメイとキイの散歩なのだけれど――。


「今日もよろしく頼むからな。とにかく道草はしないこと。それから、三十分後にはここに戻ってくること。わかったか?」
「メエ―メエ―」
「本当にわかってる?」
 俺は大きく息を吐きながら二匹分のリードを握り、散歩へと向かう。それでも散歩に慣れてきた俺は、二匹をさりげなく進みたい方向へ誘導することができるようになってきた。


 そして最近は、悠介の双子の弟である功丞こうすけ宗助そうすけも散歩についてくるようになった。元々子供は得意ではない俺も、悠介に似て人懐こい二人のことは可愛く感じていた。
「琥珀兄ちゃん、功丞はね、ケンケンパができるんだよ」
「宗助はね、高くジャンプができるの」
「へぇ、凄いじゃん! 今度琥珀兄ちゃんに見せてよ!」
「いいよ! 見せてあげるね」
 三人と二匹の散歩も悪くはない。俺は、文句を言いながらも、この田舎生活にも慣れてきていた。そして、こんな生活も悪くないのかもしれない……と、感じてしまっているのだ。
「あー、人間の環境適応能力って怖いなぁ」
 俺はポツリと呟く。


「ねぇ琥珀兄ちゃん。ずっと秩父にいてよ。功丞、琥珀兄ちゃん大好き!」
「俺も琥珀兄ちゃん好きだよ!」
 そう笑う功丞と宗助の笑顔は、どことなく悠介に似ている。
「でも、夏が終わったら俺は帰らなくちゃなんだ」
 真っ青な空には大きな入道雲が浮かび、朝から蝉の大合唱が聞こえてくる。道端に生えた向日葵が、太陽に負けじと大輪の花を咲かせていた。
それに、こうやって散歩をしていると「いいあんべぇです」と近所の人が挨拶をしてくれる。都会にはない温かな人々の交流も悪くはない。


「ずっとここにいるのも悪くないのかな……」
 ハッと我に返った俺は、「そんなはずはないだろう!」と頭を振って雑念を振り払ったのだった。


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