向日葵畑で手を繋ごう

舞々

文字の大きさ
8 / 18
第二話 夕立ちとときめき

夕立ちとときめき⑤

しおりを挟む
「やばい、雨が降ってきた。琥珀走るよ!」
「うん!」
 突然バケツをひっくり返したように降り出す雨に、俺たちは大慌てで走り出す。大地を震わすように雷鳴が轟き、ピカッと目の前が光る。本格的な夕立に、俺たちは神社の境内に逃げ込んだ。


「予想より早く雨が降り出しちゃったね。琥珀大丈夫? びしょ濡れになっちゃった」
「全然平気だって。悠介だってびしょ濡れじゃん」
「俺は大丈夫だよ」
 悠介は首に掛けていたタオルで俺の髪を拭いてくれる。「またガキ扱いしやがって」と言いかけた言葉を俺は呑み込む。濡れたシャツが悠介の体に張り付き、筋肉が浮き出ているのを目の当たりにしてしまい、何も言えなくなってしまったのだ。

 
 悠介の体って、こんなに逞しいんだ……。
 洋服越しにはわからなかったけれど、そのしなやかについた筋肉に、綺麗に浮き出た鎖骨。俺は目のやり場に困って視線を彷徨わせてしまった。


「ねぇ、琥珀。この神社覚えてる?」
「ん? 神社?」
 戸惑いを隠しきれない俺は、悠介の言葉に我に返る。そっと辺りを見渡すと、そこは小さい頃悠介とよく遊びに来ていた神社だった。


「覚えてる。よくここで虫取りしたよね」
「そうそう。この神社にある天狗の仮面が怖くてさぁ。でも怖いもの見たさでよく見に来てたよね」
「うん。超懐かしい」
 俺はまだまだ降りやみそうもない、真っ暗な空を見上げる。


「今ふと思い出したんだけどさ、俺がブータン(雌のカブトムシ)を琥珀に見せたら、ゴキブリだ⁉ って大泣きしちゃってさぁ。あの時はマジで焦ったなぁ」
「だって、ブータンなんて秩父弁知らなかったし。俺、そもそも秩父弁なんかわかんないんだからさ」
「ふふっ。そうだよね。でも、琥珀はめんこいよ」
「めんこい?」
「うん。すごくめんこい……」
 めんこいってどういう意味? と口を開こうとした瞬間、稲妻が天を割き、ドンッという地響きと共に雷鳴が鳴り響く。


「わぁぁぁッ!?」
「どこか近くに雷が落ちたかもね」
 俺はすぐ隣にいた悠介に咄嗟にしがみついた。それでもこんなこと悠介は慣れっこなのだろう。飄々としている。
 雷鳴は鳴りやむどころかどんどん激しくなり、大雨で一寸先も見えない程だ。


「大丈夫? 琥珀怖い?」
「ううん。全然怖くねぇ……」
「嘘ばっかり。琥珀は、子供の頃から雷が苦手だったもんね」
 悠介は、自分にしがみつく俺の頭を優しく撫でてくれる。ガキ扱いされて癪だけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。俺は無我夢中で悠介に体を寄せた。
 濡れた洋服越しに伝わってくる悠介の体温は心地よくて、俺の恐怖心が少しずつ和らいでいくのを感じる。次の瞬間、俺はその温もりから一気に引き離されてしまった。


「は⁉ なんで突き放すんだよ! 怖いんだからくっついててもいいだろう⁉」
「やっぱり怖いんじゃん⁉」
「こんな夕立、怖いに決まってるじゃんか!?」
「でも駄目、駄目だよ、琥珀! 今は駄目!」
「今は駄目って、今怖いんだから仕方ないだろう⁉」
「でも、駄目なの! お願いだから離れて‼」
「嫌だ! だって怖いんだもん! 絶対離れねぇ!」
 まだ雨はザーザーと音をたてて降っているし、雷だって鳴っている。俺は嫌がる悠介に夢中でしがみついた。


「じゃあはっきり言うべぇか(言おうか)⁉ 今の琥珀は自分がどんな格好してるかわかってねぇだんべぇに(わかってないだろう)⁉ ち、乳首だって浮いて見えっし、俺だって男だから、そんな色っぺぇ(色っぽい)格好でひっつかれたら(くっつかれたら)たまげちまうんだよ(びっくりしちゃうんだ)‼」
「え? ちょっと、悠介……。何言ってんだかわかんないんだけど……」
「肌だってのめっこそうだし(つるつるしてそうだし)、琥珀、本当にめんこいし(可愛いし)。だら(だから)、めった(何度も)ひっつかないでくれ(くっつかないでくれ)!」
「あ、あの。えっと……。悠介、なんかわからないけど、ごめん?」
「はぁはぁはぁ……。俺こそ、ごめん」
「ぷっ。あはははは! 悠介、顔真っ赤じゃん!? ウケる!」
「ちょ、ちょっと琥珀、こっちは真剣なんだからな!」
「あはははは! だからごめんって。でも早口だし、秩父弁丸出しだし。俺、何言ってるか全然わからなかった! あはははは!」


 息を切らしながら顔を真っ赤にしている悠介を見ていると、可笑しくて――。
 俺は腹を抱えて笑ってしまう。あぁ、俺ってまだこんな風に笑えるんだなって、びっくりしてしまった。


 いつの間にか夕立は去って、空が夕焼けに染まっていた。温かな風が境内の中を吹き抜けていき、濡れた髪を揺らしていった。
「言い合いしてるうちに雨が上がったな。このまま髪と洋服が乾いちゃいそう」
「本当だね。大丈夫? 琥珀、風邪ひかない?」
「大丈夫だよ。それより、今鳴いてる蝉がカナカナだろう?」
「そう。ヒグラシのことをカナカナって言うんだ」
「俺、カナカナの鳴き声を聞くと凄く落ち着く」
 ようやく普段通りの落ち着きを取り戻したのか、悠介が前髪を掻き上げている。乱れた長い髪が頬に掛かる姿が色っぽい。相変わらず濡れた洋服から透ける筋肉が、今の俺には目の毒だ。
 悔しいけれど、悠介は男らしくてかっこいい。


「あ、琥珀、虹が掛かってるよ」
「本当だ。それに二重になってる!」
「超ラッキーじゃん! 綺麗だね」
 二人して顔を見合わせて笑う。
「雨で地面がぬかるんでるから、手を繋ごう? ほら、手を貸して」
「だから、俺はガキじゃないって」
「でも、琥珀って昔からよく転んで怪我ばっかりしてたじゃない?」
 少しだけ照れくさそうに悠介が手を差し伸べてくれたから、俺は文句を言いながらもその手を掴む。悠介がギュッと握り締めてくれた瞬間、嬉しくて胸が締め付けられた。


「ねぇ、琥珀。帰ったらお風呂に入ろう」
「は? 一緒に入るの? 悠介のエッチ」
「違うって。別々に入るんだよ。琥珀こそ、俺と一緒に入りたいんじゃないの? どうしても一緒に入りたいなら、入ってあげないこともないけど……」
 悪戯っ子のように笑って見せる悠介の頬も、うっすら赤くなっている。それは夕日のせいだろうか。恥ずかしくなってしまった俺は、照れ隠しに話題を変えてしまう。


「それより俺、早く魚が食べたい!」
「うん、新鮮なうちに食べよう! 俺、魚捌くのも得意なんだよ」
「マジで? 超楽しみ!」
「沢蟹がないのは残念だけどね……」
「うっせぇよ。今度はクーラーボックスいっぱいに捕まえてやるからな!」
「それは楽しみだなぁ」
二人で顔を見合わせて笑う。俺に向って微笑む悠介に、ドキドキせずにはいられなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

僕は何度でも君に恋をする

すずなりたま
BL
由緒正しき老舗ホテル冷泉リゾートの御曹司・冷泉更(れいぜいさら)はある日突然、父に我が冷泉リゾートが倒産したと聞かされた。 窮地の父と更を助けてくれたのは、古くから付き合いのある万里小路(までのこうじ)家だった。 しかし助けるにあたり、更を万里小路家の三男の嫁に欲しいという条件を出され、更は一人で万里小路邸に赴くが……。 初恋の君と再会し、再び愛を紡ぐほのぼのラブコメディ。

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

【完結】禁断の忠誠

海野雫
BL
王太子暗殺を阻止したのは、ひとりの宦官だった――。 蒼嶺国――龍の血を継ぐ王家が治めるこの国は、今まさに権力の渦中にあった。 病に伏す国王、その隙を狙う宰相派の野心。玉座をめぐる見えぬ刃は、王太子・景耀の命を狙っていた。 そんな宮廷に、一人の宦官・凌雪が送り込まれる。 幼い頃に売られ、冷たい石造りの宮殿で静かに生きてきた彼は、ひっそりとその才覚を磨き続けてきた。 ある夜、王太子を狙った毒杯の罠をいち早く見破り、自ら命を賭してそれを阻止する。 その行動をきっかけに、二人の運命の歯車が大きく動き始める――。 宰相派の陰謀、王家に渦巻く疑念と忠誠、そして宮廷の奥深くに潜む暗殺の影。 互いを信じきれないまま始まった二人の主従関係は、やがて禁じられた想いと忠誠のはざまで揺れ動いていく。 己を捨てて殿下を守ろうとする凌雪と、玉座を背負う者として冷徹であろうとする景耀。 宮廷を覆う陰謀の嵐の中で、二人が交わした契約は――果たして主従のものか、それとも……。

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

キャロットケーキの季節に

秋乃みかづき
BL
ひょんな事から知り合う、 可愛い系26歳サラリーマンと32歳キレイ系美容師 男性同士の恋愛だけでなく、ヒューマンドラマ的な要素もあり 特に意識したのは リアルな会話と感情 ほのぼのしたり、笑ったり、時にはシリアスも キャラクターの誰かに感情移入していただけたら嬉しいです

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

処理中です...