【完結】指先が触れる距離

山田森湖

文字の大きさ
18 / 50

第18話 誤解の始まり

しおりを挟む
第18話 誤解の始まり

三週間が経った。

松田さんとの職場での関係は、美咲が心配していた通り、ますます微妙になっているようだった。

『今日、松田さんが新しい企画の打ち合わせで、私を外されました』

美咲からのメールに、私は胸がざわついた。

『外されたって、どういうことですか?』

『いつもなら私も参加する会議なのに、今日は呼ばれませんでした』

『意図的に?』

『分からないです。でも、そんな気がして...』

これは深刻な問題だった。職場での孤立は、美咲の仕事にも影響する。

その週末、私たちはいつものカフェで会った。美咲の表情は明らかに疲れていた。

「松田さんのこと、本当に困っています」

「どんな風に?」

「最低限の業務連絡以外、ほとんど話してもらえないんです。それに...」

美咲は少し迷ったような表情を見せた。

「それに?」

「他の同僚の方たちにも、何か言っているような気がして」

「何かって?」

「私のことを...良く思わないようなことを」

それは予想以上に深刻だった。

「具体的には?」

「山田さんが『美咲ちゃん、最近元気ないね』って心配してくれたんです。それで『松田さんと何かあった?』って」

職場の人間関係に亀裂が入り始めている。

「山田さんには、どう答えたんですか?」

「曖昧にしました。でも、みんな薄々感づいているみたいで...」

私は自分の責任を感じた。美咲と付き合うことで、彼女を困らせている。

「僕のせいですね」

「そんなことありません」

「でも、僕がいなければ、松田さんも諦めがついて...」

「佐藤さん」

美咲が私の手を取った。

「私は佐藤さんを選んだんです。それは変わりません」

でも、美咲の強がりが痛々しく感じられた。

---

その翌週、事態はさらに悪化した。

『松田さんが、上司に私のことで相談しているようです』

美咲からの電話での声は震えていた。

「相談って、どんな?」

「詳しくは分からないんですが、田中課長が私を呼んで『何か困ったことはない?』って聞いてくるんです」

「それは...」

「きっと松田さんが、私との関係で仕事に支障が出ているって相談したんだと思います」

これは予想以上に深刻だった。上司が関わってくると、美咲の査定にも影響するかもしれない。

「美咲さん、課長には何と答えたんですか?」

「『特に問題ありません』って答えましたが...信じてもらえているか分からなくて」

美咲の声が今にも泣きそうだった。

「すぐ会いに行きます」

「でも、平日に横浜から...」

「大丈夫です。今から行きます」

私は有給を取って、美咲に会いに行った。

---

夕方、私たちは美咲の最寄り駅近くの静かなカフェで話した。

「本当に来てくれたんですね」

美咲の目が赤くなっていた。泣いていたのかもしれない。

「当然です。美咲さんが困っているのに、放っておけません」

「ありがとうございます...でも、どうしたらいいか分からなくて」

「松田さんと、直接話してみませんか?」

「え?」

「きちんと話し合えば、分かってもらえるかもしれません」

「でも、何を話せば...」

「美咲さんの気持ちを、正直に伝えるんです」

美咲は不安そうだった。

「一人で話すのが不安なら、僕も一緒に行きます」

「佐藤さんが?」

「はい。僕も元々同じ職場にいたんだし、松田さんとも顔を合わせたことがあります」

美咲は少し考えてから、頷いた。

「お願いします。一人では、どう話していいか...」

---

翌日の夕方、私たちは美咲の職場近くで松田さんを待った。

「緊張します」

「大丈夫ですよ。きっと分かってもらえます」

午後六時頃、松田さんが出てきた。私たちを見ると、明らかに驚いた表情を見せた。

「松田さん、お疲れさまです」

美咲が声をかけた。

「田中さん...それに、佐藤さん?」

「お疲れさまです。少しお時間いただけませんか?」

私が頭を下げた。

松田さんは少し迷ったような表情を見せたが、最終的に頷いてくれた。

近くの喫茶店で、私たちは向き合って座った。

「松田さん、この度は美咲さんがご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

私が最初に謝った。

「いえ、迷惑だなんて...」

松田さんの声は小さかった。

「でも、最近職場で気まずい思いをさせてしまって...」

「それは...」

松田さんが口ごもった。

「松田さん」

美咲が勇気を出して話し始めた。

「私、佐藤さんとお付き合いさせていただいています」

松田さんの表情が少し曇った。

「お食事のお誘いをお断りしたのも、そのためです。曖昧なお返事をして、申し訳ありませんでした」

「そうでしたか...」

長い沈黙があった。

「松田さん、美咲さんは何も悪いことをしていません」

私が続けた。

「職場での関係に影響させてしまって、申し訳ないです」

松田さんは少し考えてから、口を開いた。

「正直、ショックでした。でも、田中さんが悪いわけではありませんね」

「松田さん...」

「僕の方こそ、大人げなかったです。申し訳ありませんでした」

そう言って、松田さんは深く頭を下げた。

話し合いは思っていたより良い方向に進んだ。松田さんも、自分の行動が職場に悪影響を与えていることを理解してくれたようだった。

「明日からは、今まで通り仕事をしましょう」

松田さんがそう言ってくれた時、美咲は安堵の表情を見せた。

別れ際、松田さんが言った。

「佐藤さん、田中さんを大切にしてください」

「はい、必ず」

私は心を込めて答えた。

---

帰り道、美咲が言った。

「話し合って良かったです。松田さん、本当は優しい方なんですね」

「そうですね。きっと、戸惑っていただけなんでしょう」

「佐藤さんが一緒に来てくれて、本当に良かった」

美咲の笑顔を見て、私も安心した。

誤解は解けた。でも、恋愛というものの複雑さを、改めて実感した出来事だった。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では他の人をも巻き込む大きなものになっていた。

その責任の重さを感じながら、私は美咲の手を握った。これからも、二人で乗り越えていこう。そう心に誓いながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

稲妻の契り~生贄に出された娘は雷神様から一途な溺愛を受ける~

cheeery
恋愛
「ここをキミの居場所にすればいい」 神と心を通わせることが出来る存在、神話守になるべくして育てられた美鈴。 しかし、神聖な式典当日に倒れたことを理由に、彼女は神に拒まれた呪いの子として村から追放されてしまう。 さらに干ばつが続いたことで、生贄として村の神、雷神様に差し出されることに。 「お姉様生まれてきてくれてありがとう♡」 しかし、それは全て妹の策略だった。 神話守は妹のものとなり、美鈴は村のために命を差し出すことが決まってしまう。 村を守ることが出来るのなら……。 死を覚悟した美鈴だったが、待っていたのは──。 「泣いてる顔より、笑っている方がいい」 「美鈴……キミを守り通すと誓おう」 心優しい雷神様との幸せな暮らしだった。 あなたと出会ってから、人のために生きることがどういうことなのか、よくやく分かった気がする。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

離した手の温もり

橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...