【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第17話 新しい関係

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第17話 新しい関係

日曜日の午後、カフェの窓際で、私たちは初めてお互いの本当の気持ちを確認し合った。

「僕も、美咲さんを大切に思っています」

その言葉を口にした時、長い間胸の奥にあった想いが、ようやく形になったような気がした。

「本当ですか?」

美咲の目が少し潤んでいた。

「はい。ずっと前から...隣に座っていた頃から」

「私も同じです。でも、言えなくて...」

私たちはしばらく無言でお互いを見つめていた。これまでの関係から、新しい段階に進んだ実感がじわじわと湧いてくる。

「これからは、どうしましょう?」

美咲が小さく聞いた。

「どうって?」

「私たち、恋人同士ということになるんでしょうか?」

その言葉に、私は少し照れてしまった。「恋人同士」。まだ実感が湧かない。

「そうですね...そういうことになりますね」

「なんだか不思議です」

「不思議?」

「長い間、隣に座っていて、毎日顔を合わせていたのに...気持ちを伝えるまで、こんなに時間がかかるなんて」

確かに、その通りだった。指先が触れる距離にいながら、心の距離を縮めるのには、こんなにも時間が必要だったのだ。

「でも、その時間があったからこそ、今があるのかもしれません」

「そうですね。急に告白されても、きっと戸惑っていたでしょう」

美咲の笑顔を見ていると、胸が温かくなった。

「松田さんのことは、どうされますか?」

私は気になっていたことを聞いた。

「丁寧にお断りしようと思います。曖昧にしておくのは良くないですから」

「そうですね」

「佐藤さんは...嫉妬してくれたんですか?」

美咲が少しいたずらっぽく聞いた。

「正直、しました」

「嬉しいです」

そんな会話を交わしながら、私たちは新しい関係について話し合った。

---

翌週、美咲は松田さんに食事の誘いを丁寧にお断りしたそうだ。

『松田さん、とても紳士的に受け入れてくださいました』

メールでそう報告してくれた。

『良かったです。気まずくなりませんでしたか?』

『少し心配でしたが、普通に接してくださっています』

ほっとした。職場の人間関係が悪くなるのは避けたかった。

それから、私たちは週末に会うようになった。横浜と東京、それほど遠くない距離だが、平日に会うのは難しい。だから、土曜日や日曜日が特別に大切な時間になった。

ある土曜日、私たちは鎌倉を再び訪れた。前回来た時とは、明らかに関係性が変わっている。

「この前来た時は、まだお互いの気持ちがはっきりしていませんでしたね」

美咲が海を見ながら言った。

「そうですね。あの時、美咲さんの頬に触れた時...」

「覚えています。とてもドキドキしました」

「僕もです」

海辺を歩きながら、私たちは自然に手をつないだ。初めての手つなぎだった。美咲の手は小さくて、少し冷たくて、でもとても温かく感じられた。

「指先が触れる距離から、手をつなぐ距離になりましたね」

美咲が嬉しそうに言った。

「そうですね。でも、心の距離はもっと近くなりました」

夕日を見ながら、私たちは将来のことを話した。

「佐藤さんは、横浜のお仕事をずっと続けられるんですか?」

「分かりません。でも、当分は横浜だと思います」

「そうですか...」

「寂しいですか?」

「寂しいです。でも、週末に会えるから」

「僕も平日は寂しいです。でも、週末が楽しみで」

そんな会話をしながら、私は美咲との距離について考えていた。物理的な距離はあるが、心の距離は確実に近づいている。

---

一か月が経った。

私たちの関係は順調に発展していた。週末のデート、平日のメールや電話。恋人らしい時間を過ごしていた。

でも、ある日、美咲から気になるメールが来た。

『最近、松田さんの様子が少し変なんです』

『変って、どんな風に?』

『前より話しかけてくれなくなって...必要最低限のことしか話さないんです』

それは少し心配だった。

『気まずくなってしまったのでしょうか』

『分からないんです。お断りした時は理解してくださったように見えたんですが...』

職場の人間関係は微妙だ。特に、恋愛が絡むと複雑になる。

次の土曜日、私たちは会って、そのことについて話し合った。

「松田さん、まだ美咲さんに気持ちがあるのかもしれませんね」

「そうでしょうか...」

「男性として、その気持ちは分かります」

「困りました。毎日隣に座っているのに、気まずいのは辛いです」

美咲の困った表情を見ていると、申し訳ない気持ちになった。私と付き合うことで、彼女に迷惑をかけているのかもしれない。

「僕のせいですね」

「そんなことありません」

「でも、僕がいなければ、こんなことには...」

「佐藤さん」

美咲が私の手を握った。

「私は、佐藤さんと一緒にいることを選びました。それで困ったことがあっても、後悔はしません」

その言葉に、私は深く感動した。

「ありがとうございます」

「私たちは、正しいことをしています。時間が解決してくれると思います」

美咲の強さに、私は改めて惹かれた。

でも、松田さんの件は、私たちの関係に小さな影を落としていた。恋愛というのは、二人だけの問題では済まないものなのだと、改めて実感した。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では手をつなぎ、気持ちを確認し合う関係になった。でも、それと同時に、新しい悩みも生まれていた。

恋愛の複雑さを味わいながら、私たちは少しずつ大人になっていくのだと思った。
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