【完結】指先が触れる距離

第20話 遠距離の始まり

第20話　遠距離の始まり

大阪異動の決定から二週間後、私は関西に向かった。

見送りに来てくれた美咲の笑顔は少し無理をしているように見えたが、最後まで明るく振る舞ってくれた。

「頑張って」

「美咲さんも。必ず連絡します」

新幹線の窓から手を振る美咲の姿が小さくなっていくのを見ていると、胸が締め付けられる思いだった。

大阪での生活は想像以上に忙しかった。新しいプロジェクトは責任重大で、連日遅くまで仕事をすることが多くなった。

最初の一週間は、美咲と毎日電話で話していた。

「お疲れさまです。今日はどうでしたか？」

「忙しいけれど、充実しています。美咲さんは？」

「私も元気です。松田さんとも普通に話せるようになりました」

「良かったです」

でも、時間が経つにつれて、電話をする時間を見つけるのが難しくなってきた。私が仕事を終える頃には、美咲はもう眠っている時間だった。

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三週間目のある日、私は重要なプレゼンテーションの準備で徹夜をしていた。朝方になって、ようやく資料が完成した。

疲れ切った状態で携帯電話を見ると、美咲からのメッセージが入っていた。

『お疲れさまです。最近お忙しそうですね。体調は大丈夫ですか？』

時刻を見ると、昨夜の十一時に送られていた。返事をしようと思ったが、もう朝の六時になっている。今頃美咲は準備をしている時間だろう。

『おはようございます。昨夜は仕事で返事できませんでした。体調は大丈夫です』

短いメッセージを送って、私は少しだけ仮眠を取った。

昼休みに美咲から返事が来た。

『お疲れさまです。無理しないでくださいね』

以前のような長い会話ではなく、お互いに気遣う短いメッセージの交換になっていた。

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一か月が過ぎた頃、私は大阪の仕事にも慣れ、少し余裕が出てきた。久しぶりに美咲に電話をかけた。

「美咲さん、お疲れさまです」

「佐藤さん！久しぶりですね」

美咲の声が嬉しそうに弾んだ。

「最近忙しくて、なかなか連絡できなくて...」

「大丈夫です。お仕事が大変なのは分かっていますから」

「美咲さんは元気ですか？」

「はい、元気です。でも...」

「でも？」

「少し寂しいです」

正直な気持ちを聞いて、私も胸が痛んだ。

「僕も寂しいです。今度の休日、東京に帰りますから」

「本当ですか？」

「はい。会えますか？」

「もちろんです！」

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二週間後の土曜日、私は久しぶりに東京に戻った。

新幹線のホームで美咲を見つけた時、なぜか少し違和感を覚えた。以前より少し痩せたように見えた。

「お疲れさまでした」

「美咲さん、痩せました？」

「そうですか？気づきませんでした」

美咲は笑っているが、その笑顔も以前より少し無理をしているように感じられた。

私たちはいつものカフェに向かった。

「大阪はいかがですか？」

「忙しいですが、やりがいがあります。プロジェクトも順調に進んでいて」

「良かったです」

でも、会話が以前のように自然に弾まない。お互いに一か月の間に起きた出来事を報告し合っているような、少しよそよそしい感じがした。

「美咲さん、本当に大丈夫ですか？」

「大丈夫です。ただ...」

「ただ？」

「佐藤さんがいない生活に、まだ慣れなくて」

美咲が小さく笑った。でも、その笑顔が寂しそうだった。

「僕もです。一人の時間が多くて」

「お仕事が忙しいから、寂しさを感じる暇もないでしょう？」

「そんなことありません。美咲さんのことを考えない日はありません」

「ありがとうございます」

でも、何かが変わっている気がした。以前のような心の距離の近さが感じられない。

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夕方、私たちは別れの時間を迎えた。

「また連絡します」

「はい。お仕事、頑張ってください」

「美咲さんも体調を崩さないように」

「大丈夫です」

新幹線の中で、私は今日のことを考えた。確かに美咲は変わっていた。以前の明るさが少し影を潜めている。

遠距離恋愛の難しさを、改めて実感した。物理的な距離だけではない。時間的な距離、生活の違い、そして少しずつ広がっていく心の距離。

携帯電話に美咲からメッセージが入った。

『今日は本当にありがとうございました。佐藤さんに会えて嬉しかったです』

『僕も嬉しかったです。また必ず会いましょう』

『はい。でも、無理はしないでくださいね』

その言葉に、少し寂しさを感じた。「無理はしないで」という言葉の裏に、「無理をしてまで会わなくても」という意味が込められているような気がした。

大阪に着いて、私は一人のアパートで考えた。遠距離恋愛は想像以上に難しい。愛し合っていても、物理的な距離が心の距離を作り出してしまう。

でも、諦めるわけにはいかない。美咲との関係を大切にしたい。そのために、もっと努力しなければならない。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では数百キロ離れた距離になった。でも、心の距離は縮められるはずだ。

そう信じて、私は明日からの仕事に向かう決意を新たにした。