【完結】指先が触れる距離

第32話 出発の日

第32話　出発の日

ロンドン出張まで残り一週間となった。

この三週間、私と美咲は出発の準備と、半年間の別れへの心の準備を並行して進めてきた。職場での婚約発表も済ませ、同僚たちからは温かい祝福と激励の言葉をもらっていた。

「佐藤さん、荷造りは順調ですか？」

朝のコーヒーを飲みながら、美咲が気遣わしげに聞いた。

「はい、大体済んでいます。でも、美咲さんと離れることの準備は、まだできていません」

「私もです」

私たちは微笑み合ったが、その笑顔の裏に寂しさが隠れていることを、お互いに理解していた。

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昼休み、私たちは最後の思い出作りとして、初めて一緒に行ったコーヒーショップを再訪することにした。

「ここで初めて二人でコーヒーを飲みましたね」

「あの時は、まさか婚約者になるなんて思いませんでした」

美咲が感慨深そうに言った。

「僕もです。でも、あの時から特別だったんでしょうね」

店内は平日の昼間で静かだった。私たちは窓際の席に座り、思い出話に花を咲かせた。

「佐藤さん、ロンドンではどんなお仕事をされるんですか？」

「新しい市場開拓のプロジェクトです。ヨーロッパ全体を視野に入れた大きな企画です」

「やりがいがありそうですね」

「はい。でも、美咲さんがいないと思うと...」

「大丈夫です。佐藤さんなら、きっと成功されます」

美咲の励ましに、私は胸が熱くなった。

「美咲さん、僕がいない間、何か困ったことがあったらすぐに連絡してください」

「はい。でも、私も成長しないといけませんね」

「成長？」

「佐藤さんに頼りすぎていた部分があったので、この半年間で自立したいんです」

美咲の前向きな考えに、私は感心した。

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その夜、私たちは美咲のアパートで最後の夜を過ごした。

「佐藤さん、これ」

美咲が小さな包みを差し出した。

「何ですか？」

「お守りです。ロンドンで持っていてください」

開けてみると、小さなお守りと、私たちの写真が入った小さなフレームが入っていた。

「ありがとうございます。大切にします」

「寂しくなった時に見てください」

「美咲さん」

私は自分が用意していたものを取り出した。

「僕からも」

それは、美咲の誕生石であるサファイアのネックレスだった。

「きれい...」

「僕がいない間も、いつも美咲さんと一緒にいられるように」

美咲の目に涙が浮かんだ。

「ありがとうございます」

私たちは静かに抱き合った。明日の別れを思うと、胸が締め付けられる思いだった。

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出発の日の朝、美咲は空港まで見送りに来てくれた。

「佐藤さん、本当に行ってしまうんですね」

「半年間だけです。必ず帰ってきます」

チェックインを済ませ、出国ゲートの前で私たちは最後の時間を過ごした。

「美咲さん、この半年間で僕たちの関係がより深くなると信じています」

「私もそう思います」

「遠距離恋愛の経験があるから、今度は大丈夫ですね」

「はい。でも、今度は国際遠距離恋愛ですね」

美咲が少し笑った。

「時差があるから、連絡のタイミングが難しいかもしれません」

「大丈夫です。お互いに工夫しましょう」

搭乗時間が近づいてきた。

「美咲さん、愛しています」

「私も愛しています、佐藤さん」

私たちは長い間抱き合った。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

ゲートをくぐる時、振り返ると美咲が手を振っていた。その姿が見えなくなるまで、私も手を振り続けた。

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機内で、私は美咲からもらったお守りを握りしめていた。

窓から見える雲海を眺めながら、これからの半年間のことを考えた。新しい環境、新しい仕事、新しい人々との出会い。

でも、一番大切なものは東京にある。美咲との愛情、そして私たちの未来。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今度は地球の裏側ほどの距離になる。でも、愛情に距離は関係ない。

そう信じて、私は新しい挑戦に向かった。

半年後、私は必ずより成長した姿で美咲のもとに帰る。そして、春の結婚式を迎える。

その日まで、私たちの愛情は距離を超え続けるだろう。

飛行機がロンドンに向かって高度を上げていく中、私は美咲への想いを胸に、新しい人生の章を始めた。