【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第36話 帰国への準備

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第36話 帰国への準備

エミリーとの件が解決してから二週間が経った。

私の心は完全に美咲に向いていて、毎日の連絡も以前のように頻繁に取るようになっていた。残り二週間という帰国への期限も、楽しみで仕方がなかった。

「佐藤さん、プロジェクトの最終報告書、完成しましたね」

ジェームズが私の肩を叩いた。

「はい。チーム全体の努力の結果です」

「素晴らしい成果でした。本社も大満足でしょう」

六か月間のロンドンでのプロジェクトは、期待を大きく上回る成功を収めていた。私自身のキャリアにとっても、非常に意味のある経験だった。

「佐藤さん、実は提案があるんです」

上司のスミスさんが私を呼んだ。

「はい」

「ロンドン支社に正式に転籍しませんか?」

その提案に、私は驚いた。

「正式に、ですか?」

「はい。あなたの能力を高く評価しています。ヨーロッパ市場の責任者として、長期間働いてもらいたいんです」

それは非常に魅力的なオファーだった。キャリア的には大きなステップアップになるだろう。

「検討のお時間はいただけますか?」

「もちろんです。でも、返事は早めにいただきたいです」

---

その夜、私は美咲に電話をかけた。

「美咲さん、実は重要な話があります」

「どんなお話ですか?」

「ロンドン支社から正式な転籍の提案を受けました」

電話の向こうで、美咲が息を呑む音が聞こえた。

「それは...すごいことですね」

美咲の声は複雑だった。

「キャリア的には非常に良い機会です。でも...」

「でも?」

「美咲さんと離れ離れになってしまいます」

長い沈黙があった。

「佐藤さんは、どうしたいんですか?」

「正直、迷っています」

「そうですよね...」

美咲の声が小さくなった。

「美咲さんの意見を聞かせてください」

「私の意見は...」

美咲は少し考えてから答えた。

「佐藤さんのキャリアを最優先に考えてください」

「美咲さん...」

「私は待ちます。どんなに長くなっても」

美咲の献身的な言葉に、私は胸が痛んだ。

「でも、それでは美咲さんが...」

「大丈夫です。佐藤さんが成功することが、私の一番の願いですから」

---

翌日、私はエミリーに相談した。

「エミリーさん、意見を聞かせてもらえませんか?」

「もちろんです」

私は転籍の提案について話した。

「それは素晴らしいオファーですね」

「でも、美咲のことを考えると...」

エミリーは少し考えてから答えた。

「佐藤さん、愛する人のそばにいることの価値を考えたことがありますか?」

「どういう意味ですか?」

「キャリアは大切です。でも、人生で本当に大切なものは何でしょうか?」

エミリーの質問に、私は深く考えさせられた。

「美咲さんは、あなたの成功を願って自分を犠牲にしようとしている。でも、それが本当に彼女の幸せでしょうか?」

「それは...」

「私の経験から言えば、愛する人と過ごす時間に勝るものはありません」

エミリーの言葉は、私の心に深く響いた。

---

その夜、私は一人でロンドンの街を歩いた。

テムズ川沿いを歩きながら、この六か月間のことを振り返った。仕事での成功、新しい経験、そして美咲への愛の再確認。

すべてが貴重な体験だった。でも、一番大切なのは何なのか。

ビッグベンの時計を見上げながら、私は答えを見つけていた。

---

翌日、私はスミスさんのオフィスを訪れた。

「佐藤さん、決心されましたか?」

「はい。お申し出は大変光栄ですが、日本に帰国させていただきます」

スミスさんは少し残念そうな表情を見せた。

「そうですか。理由をお聞かせ願えますか?」

「大切な人が日本で待っているからです」

「愛ですか」

「はい」

スミスさんは微笑んだ。

「理解できます。愛は何よりも大切ですからね」

「ありがとうございます」

「でも、もしまた機会があれば、いつでも戻ってきてください」

「ありがとうございます」

---

その夜、美咲に報告した。

「美咲さん、決めました」

「どう決められたんですか?」

「日本に帰ります」

美咲が驚いているのが分かった。

「でも、キャリアのことを考えると...」

「美咲さんと一緒にいることが、僕の一番のキャリアです」

「佐藤さん...」

「愛する人のそばにいられない成功に、どんな意味があるでしょうか」

美咲が泣いているのが聞こえた。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございます。美咲さんがいてくれるから、僕は頑張れるんです」

---

帰国まで残り一週間。

私は荷造りをしながら、ロンドンでの日々を振り返っていた。多くのことを学び、成長できた六か月間だった。

でも、一番大切なことを再確認できたのが、最大の収穫だった。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、地球の裏側まで試された。そして、その試練を乗り越えて、より強い絆で結ばれることができた。

美咲との再会まで、あと一週間。

胸の高鳴りを抑えながら、私は帰国の準備を続けた。
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