【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第44話 冬の始まり

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第44話 冬の始まり

妊娠八か月になった十一月、美咲のお腹はかなり大きくなっていた。

「おはようございます」

朝、美咲が起き上がるのに少し時間がかかるようになっていた。

「大丈夫?手伝います」

「ありがとうございます。最近、雪菜ちゃんが重くて...」

私は美咲の手を取って、優しく支えた。

「もう少しですね」

「はい。楽しみです」

美咲の笑顔は、母になることへの期待に満ちていた。

---

この頃から、美咲は産休に入ることになった。

「寂しくなりますね」

最終出社日、同僚たちが別れを惜しんでくれた。

「また戻ってきてくださいね」

「はい。必ず戻ってきます」

美咲のプロジェクトも無事に成功し、引き継ぎも完了していた。

「美咲さんのおかげで、素晴らしいプロジェクトになりました」

チームメンバーからの感謝の言葉に、美咲は涙を浮かべていた。

「私の方こそ、皆さんのおかげです」

---

私の方は、シンガポール出張から帰国したばかりだった。

「健太郎さん、お疲れさまでした」

美咲が空港まで迎えに来てくれた。お腹が大きくなった彼女を見て、一週間の間にも変化があったことに気づいた。

「美咲、大丈夫だった?」

「はい。母が毎日来てくれて、とても助かりました」

「良かった。もう出張は控えめにしようと思います」

「でも、お仕事も大切ですから」

美咲の理解に、改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。

---

十一月下旬、私たちは出産に向けての最終準備を始めた。

「入院の準備、確認しましょうか」

美咲が用意したバッグの中身をチェックした。

「パジャマ、下着、洗面用具...」

「赤ちゃんの退院時の服も用意しました」

小さな白いドレスを見ると、もうすぐ雪菜ちゃんに会えるという実感が湧いてきた。

「病院への道順も確認しておきましょう」

「はい。陣痛が始まったら、慌てずにいきましょう」

私たちは何度も病院までのルートを確認し、タクシー会社の電話番号もメモしておいた。

---

十二月に入り、予定日まで二週間を切った頃、美咲に変化が現れた。

「健太郎さん、少しお腹が張るようになりました」

「前駆陣痛かもしれませんね。病院に電話してみましょう」

産婦人科に相談すると、「様子を見て、規則的になったら来てください」とのことだった。

「もうすぐですね」

「はい。ドキドキします」

美咲の緊張と期待が伝わってきた。

---

十二月十日の夜、ついにその時が来た。

「健太郎さん、陣痛が始まりました」

深夜二時、美咲が私を起こした。

「間隔はどのくらい?」

「十分おきくらいです」

私たちは慌てずに準備をし、病院に向かった。

「大丈夫、大丈夫。一緒だから」

タクシーの中で、美咲の手を握りながら励ました。

「はい。雪菜ちゃんに会えるんですね」

---

病院に到着すると、すぐに分娩室に案内された。

「順調ですね。お産は初回なので、時間がかかるかもしれません」

助産師さんが説明してくれた。

「美咲、頑張って」

「はい...痛みが強くなってきました」

陣痛の合間に、私は美咲の額の汗を拭いた。

「健太郎さんがいてくれて心強いです」

「僕も一緒だから。雪菜ちゃんも頑張っているよ」

---

朝の六時頃、陣痛がより強くなった。

「もう少しです。頭が見えてきました」

医師の声に、私たちの心は高鳴った。

「美咲、最後の頑張り」

「はい...」

美咲が最後の力を振り絞った時、産声が聞こえた。

「おめでとうございます。女の子です」

生まれたばかりの雪菜ちゃんを見た瞬間、私は言葉を失った。

「美咲...ありがとう」

「健太郎さん...私たちの赤ちゃんですね」

助産師さんが雪菜ちゃんをきれいにして、美咲の胸の上に置いてくれた。

小さな手、小さな足。でも、しっかりと生きている。

「雪菜ちゃん、初めまして」

美咲が涙を流しながら語りかけた。

「お父さんですよ、雪菜ちゃん」

私も初めて我が子に声をかけた。

---

数時間後、個室で私たちは三人の時間を過ごしていた。

「本当に可愛いですね」

雪菜ちゃんは美咲の腕の中で静かに眠っていた。

「健太郎さんに似ていますね、鼻の形が」

「いえいえ、美咲に似て美人さんです」

私たちは我が子を見つめながら、幸せに浸っていた。

「雪菜ちゃん、これからよろしくお願いします」

小さな手に指を触れると、雪菜ちゃんが私の指を握った。

その瞬間、私は父親になったことを実感した。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では三人の家族の絆として完成していた。

雪菜ちゃんの小さな指が、私たちの指を繋いでくれている。

これから始まる新しい人生を、三人で歩んでいこう。

そう心に誓いながら、私は家族の温もりを感じていた。

窓の外では、初雪が舞い始めていた。雪菜ちゃんの名前にぴったりの、美しい冬の始まりだった。
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