【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第47話 勇気の瞬間

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第47話 勇気の瞬間

雪菜が八か月になった夏の日、私たちに新たな転機が訪れた。

「健太郎さん、実は相談があるんです」

美咲が夕食の準備をしながら切り出した。

「どんなことですか?」

「職場復帰のことなんです」

美咲は産休中だったが、そろそろ復職について考える時期だった。

「課長から連絡があって、来月から復帰できるかどうか聞かれたんです」

「それは...どうしたいですか?」

美咲は少し迷うような表情を見せた。

「正直、仕事にも戻りたいし、でも雪菜ちゃんとの時間も大切で...」

母親としての気持ちと、働く女性としての気持ちの間で揺れているのが分かった。

---

「美咲がしたいようにすればいいよ」

私は美咲の手を握った。

「でも、雪菜ちゃんの保育園も探さなければいけないし...」

「一緒に探しましょう。僕も育児休暇を取ることもできますから」

「本当ですか?」

「もちろんです。家族のことが最優先です」

美咲の表情が少し明るくなった。

「ありがとうございます。でも、健太郎さんのお仕事も大切だから...」

「大丈夫です。上司に相談してみます」

---

翌日、私は部長に相談した。

「育児休暇ですか?」

「はい。妻の職場復帰に合わせて、短期間でも取らせていただければ」

部長は少し考えてから答えた。

「佐藤さんの国際事業部での働きぶりは素晴らしい。でも、家族も大切ですからね」

「ありがとうございます」

「一か月程度なら問題ありません。その間は他のメンバーでカバーします」

思ったよりもスムーズに話が進んで、私は安心した。

---

週末、私たちは保育園の見学に行った。

「こちらが一歳児クラスの保育室です」

園長先生が案内してくれた明るい部屋で、多くの子どもたちが楽しそうに遊んでいた。

「給食も園内で手作りしています」

栄養士さんが説明してくれる給食の内容は、とても充実していた。

「雪菜ちゃんも、お友達ができて楽しいでしょうね」

美咲が嬉しそうに言った。

「先生方も、とても優しそうですね」

私も好印象を持った。

「ぜひお預かりさせてください」

園長先生の温かい言葉に、私たちは安心して雪菜を預けられると確信した。

---

その夜、雪菜を寝かしつけた後、美咲が言った。

「本当に大丈夫ですか?私が働くことで、健太郎さんに負担をかけてしまって」

「負担だなんて。僕たちは夫婦なんだから、支え合うのは当然です」

「でも...」

「美咲、僕は美咲が自分らしく生きることを応援したいんです」

美咲の目に涙が浮かんだ。

「仕事をすることも、雪菜ちゃんのお母さんでいることも、どちらも美咲らしさの一部ですから」

「ありがとうございます」

---

復職の一週間前、美咲は勇気を出して決断した。

「やってみます。働きながら、良いお母さんになれるよう頑張ります」

「きっと素晴らしいワーキングマザーになりますよ」

「健太郎さんも、育児休暇を取ってくれて...本当にありがとうございます」

「僕も雪菜ちゃんとの時間を楽しみにしています」

---

美咲の復職初日、私たちは一緒に保育園に雪菜を送った。

「雪菜ちゃん、お母さんは夕方に迎えに来ますからね」

美咲が雪菜にやさしく話しかけた。

「ばば...」

雪菜が初めてはっきりとした音を出した。

「今、何か言いましたね!」

保育士さんも驚いている。

「『ママ』って言おうとしたのかもしれませんね」

私たちは感動で胸がいっぱいになった。

---

美咲を職場まで送った後、私は雪菜を迎えに保育園に向かった。

「お疲れさまでした。雪菜ちゃん、とても良い子でしたよ」

「ありがとうございました」

雪菜を抱き上げると、彼女は安心したような表情を見せた。

「雪菜ちゃん、お母さんのお迎えまで、お父さんと待ちましょうね」

---

夕方、美咲が迎えに来た時、雪菜は嬉しそうに手を伸ばした。

「雪菜ちゃん、お母さんですよ」

「まま...」

今度ははっきりと「ママ」と言った。

「初めて『ママ』って言いました!」

美咲が涙を流しながら雪菜を抱きしめた。

「記念すべき日ですね」

保育士さんも一緒に喜んでくれた。

---

その夜、三人で夕食を取りながら、美咲が言った。

「今日は緊張したけれど、やっぱり仕事は楽しいですね」

「良かったです」

「でも、雪菜ちゃんと離れるのは寂しかったです」

「それが母親の気持ちですよ」

「健太郎さんも、今日は一日お疲れさまでした」

「僕も楽しかったです。雪菜ちゃんとの時間は貴重ですね」

---

ベッドで雪菜を寝かしつけながら、私は思った。

今日は美咲にとって大きな一歩だった。仕事への復帰という勇気ある決断。

そして雪菜にとっても、初めて「ママ」と言った記念すべき日だった。

私にとっても、育児休暇という新しい体験の始まりだった。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今ではお互いの夢を支え合い、子どもの成長を一緒に見守る、深い絆で結ばれている。

勇気を出すことで、新しい可能性が開かれる。

美咲の復職も、きっと私たち家族により豊かな未来をもたらしてくれるだろう。

雪菜の寝顔を見つめながら、私は明日への期待で胸を膨らませていた。
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