【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第49話 家族の新しいリズム

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第49話 家族の新しいリズム

職場復帰から一週間が経った。

育児休暇を終えて仕事に戻った私は、家族との新しい生活リズムに慣れようとしていた。朝は美咲と一緒に雪菜を保育園に送り、夕方はどちらか早く帰れる方が迎えに行く。そんな日々が続いていた。

「おはようございます」

朝のオフィスで、久しぶりに隣り合った席に座る美咲に挨拶した。

「おはようございます。雪菜ちゃん、今朝は『パパ、ママ、ばいばい』って言いましたね」

「成長が早いですね」

私たちは微笑み合った。同じ職場で働く夫婦として、子育てをしながら仕事をする新しいスタイルを模索していた。

---

「佐藤さんご夫妻、育児と仕事の両立はいかがですか?」

課長が心配そうに声をかけてくれた。

「おかげさまで、順調です」

美咲が答えた。

「何かあったら、遠慮なく相談してください」

「ありがとうございます」

職場の理解とサポートがあることは、本当にありがたかった。

---

昼休み、私たちはいつものように一緒にランチを取った。

「健太郎さん、今度の土曜日なんですが...」

「はい」

「雪菜ちゃんを連れて、初めて三人で遠出しませんか?」

「いいですね。どちらに?」

「鎌倉はどうでしょう?私たちの思い出の場所ですから」

鎌倉。プロポーズの前に一緒に行った、特別な場所だった。

「素晴らしいアイデアです。雪菜ちゃんにも海を見せてあげたいですね」

「きっと喜びますね」

---

その夜、雪菜を寝かしつけた後、私たちは週末の計画について話し合った。

「ベビーカーで海岸を散歩しましょう」

「雪菜ちゃん、初めての海ですね」

「写真もたくさん撮りましょう」

そんな話をしながら、私は一年前のことを思い出していた。美咲のお腹にまだ雪菜がいた頃、私たちは将来への希望を語り合っていた。そして今、その希望が現実になっている。

---

土曜日、私たちは電車で鎌倉に向かった。

「雪菜ちゃん、電車ですよ」

美咲が窓の外を指差すと、雪菜は興味深そうに外を見ていた。

「でんしゃ」

雪菜が新しい言葉を覚えたようだった。

「そうです、電車です。お利口さんですね」

鎌倉駅に到着すると、観光客で賑わっていた。

「懐かしいですね」

「そうですね。あの時とは全然違う気持ちです」

今度は三人家族として訪れる鎌倉。感慨深いものがあった。

---

海岸に着くと、雪菜は初めて見る海に目を輝かせていた。

「うみ、うみ」

「そうです、海ですね」

ベビーカーを波打ち際近くに停めて、雪菜を抱き上げた。

「雪菜ちゃん、海ですよ」

波の音を聞きながら、雪菜は不思議そうに海を見つめていた。

「大きくて驚いているのかもしれませんね」

美咲が雪菜の頭を優しく撫でた。

---

砂浜にレジャーシートを敷いて、三人でお弁当を食べた。

「美味しいですね」

「海で食べるお弁当は格別です」

雪菜も離乳食を美味しそうに食べていた。

「雪菜ちゃん、お気に入りの場所になりそうですね」

「毎年来ましょう」

「いいですね。雪菜ちゃんの成長記録にもなります」

そんな会話をしながら、私たちは穏やかな時間を過ごした。

---

午後、私たちは鎌倉の街を散策した。

「あの時入ったカフェ、まだありますね」

「入ってみましょうか」

雪菜をベビーカーに乗せて、思い出のカフェに向かった。

「いらっしゃいませ。お子様連れでも大丈夫ですよ」

店員さんが温かく迎えてくれた。

「ありがとうございます」

窓際の席に座って、私たちは過去を振り返った。

「あの時は、まさかこんな未来が待っているとは思いませんでした」

美咲がしみじみと言った。

「僕もです。でも、あの時の気持ちは今でも変わりません」

「私も同じです。むしろ、もっと深くなりました」

雪菜が私たちの会話を聞いているかのように、「あーあー」と声を出した。

---

帰りの電車で、雪菜は疲れて眠ってしまった。

「今日は楽しい一日でしたね」

美咲が小声で言った。

「本当に。雪菜ちゃんも喜んでいました」

「健太郎さん、私たちの家族時間、とても大切ですね」

「そうですね。忙しい日々の中でも、こういう時間を大切にしたいです」

「月に一度は、家族でお出かけしましょう」

「賛成です」

---

その夜、雪菜を寝かしつけた後、私たちは今日の写真を見返していた。

「この写真、雪菜ちゃんが海を見つめている表情がとても良いですね」

「本当に。初めて海を見た記念の写真ですね」

「アルバムに入れて、大きくなったら見せてあげましょう」

そんな何気ない会話をしながら、私は思った。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では家族三人の思い出を積み重ねる関係になっている。

雪菜が大きくなった時、今日の鎌倉の記憶はないかもしれない。でも、家族で過ごした温かい時間は、きっと彼女の心の奥深くに残るだろう。

美咲の手を握りながら、私は改めて家族の大切さを感じていた。

仕事も大切だが、こうした家族の時間はもっと大切だ。

これからも、三人で多くの思い出を作っていこう。そして、雪菜が大人になった時に、温かい家庭の記憶を持っていてもらおう。

そう心に誓いながら、私は今日という日に感謝していた。
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