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第2話「仮面の笑顔たち」
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第2話「仮面の笑顔たち」
「初めまして。よろしくお願いします」
「……どうも、初参加です」
会場のあちこちで、名刺交換のようなやりとりが交わされていた。
お互いに探り探りで、でもどこか少し、笑顔が浮かぶ。
年齢を重ねれば、誰しもそれなりの過去を持つ。
傷もある。手放したものもある。
けれど、そのすべてを隠して、笑って過ごすこともまた、人生の一部なのだろう。
圭介は、ワインを一口飲みながら、周囲の様子を静かに眺めていた。
佳奈美と会話を交わしたあと、不思議と緊張がほどけていた。
彼女の話し方は柔らかく、どこか包み込むような空気がある。
無理に近づこうとはしない。それが逆に心地よかった。
「……ひとりでいると、やっぱり人恋しくなるわね」
近くのテーブルにいた女性がふと漏らした声が、圭介の耳に届いた。
その女性は、鮮やかなスカーフを首に巻き、朗らかに笑っていたが——
目の奥には、どこか影があった。
名前は杉浦律子(すぎうら りつこ)。
60歳を越えているとは思えないほど姿勢が美しい。
元教師で、退職後にこうしたイベントに参加し始めたという。
「若いときはね、恋なんてもう十分って思ってたの。でも今は、誰かとごはんを食べたいだけなのよ。特別な関係じゃなくてもいい、会話がある日常がほしいのよ」
律子は、そう言って笑った。
その近くでは、控えめな雰囲気の男性が小さな声で自己紹介をしていた。
松下洋一(まつした よういち)。
52歳。早期退職したばかり。
話すのが得意ではないようで、グラスを持つ手もどこかぎこちない。
「……今日は、来るのをやめようかと何度も思ったんですけどね」
と、洋一は圭介にぽつりと話しかけた。
「でも、来てよかったかもしれないです。誰かと目を合わせて、話すだけでも違いますね」
圭介はうなずいた。
似たような気持ちを抱えていたから、わかる気がした。
イベントが始まって一時間ほど。
それぞれが会話に少しずつ慣れ、空気がほどけてきたころ——
佳奈美が再び圭介のそばに来た。
「……あ、さっきはどうも。圭介さん、どんなお仕事されてたんですか?」
「建設関係の営業をしてました。30年以上ですね。先月で定年でした」
「お疲れさまでした。それだけ長く続けられるって、すごいことですよ」
「いえ、家族のために働いてたようなもんです。今はもう……娘も遠くに嫁いで、ひとり暮らしですけど」
「私も、同じような感じです」
佳奈美は、カップを両手で包み込みながら言った。
「二十代で結婚して、三十代で離婚。娘が一人います。しっかり者で、母親の私より大人みたい。先月、『お母さん、もう自分の時間を大事にして』って言われて……。なんだか拍子抜けして、ここに来たんです」
そこには照れくささと、少しの寂しさが混ざっていた。
「そういうの、いいですね」
と、圭介はふと口にした。
「ん?」
佳奈美が首をかしげる。
「……そうやって、誰かが『行っておいで』って背中を押してくれるの、羨ましいなって。俺は誰にも言われなかったから、自分で決めるしかなくて。…怖かったです」
佳奈美は、一瞬黙って、優しく笑った。
「でも、来てよかったじゃないですか。こうして、お話できたんですから」
その言葉に、圭介の胸の中に、小さな温もりがともった。
会場の照明が少し落とされ、音楽が流れ出す。
次のプログラムは「ペアで行う簡単なゲーム」と司会が案内する。
まるで若者向けの合コンのように思えて、少し戸惑いもあるが——
どこか、胸の奥が高鳴るのを、圭介は感じていた。
「組みませんか?」
そう声をかけてきたのは、佳奈美だった。
彼女の手元にあるカップには、まだ少しだけ紅茶が残っていた。
「初めまして。よろしくお願いします」
「……どうも、初参加です」
会場のあちこちで、名刺交換のようなやりとりが交わされていた。
お互いに探り探りで、でもどこか少し、笑顔が浮かぶ。
年齢を重ねれば、誰しもそれなりの過去を持つ。
傷もある。手放したものもある。
けれど、そのすべてを隠して、笑って過ごすこともまた、人生の一部なのだろう。
圭介は、ワインを一口飲みながら、周囲の様子を静かに眺めていた。
佳奈美と会話を交わしたあと、不思議と緊張がほどけていた。
彼女の話し方は柔らかく、どこか包み込むような空気がある。
無理に近づこうとはしない。それが逆に心地よかった。
「……ひとりでいると、やっぱり人恋しくなるわね」
近くのテーブルにいた女性がふと漏らした声が、圭介の耳に届いた。
その女性は、鮮やかなスカーフを首に巻き、朗らかに笑っていたが——
目の奥には、どこか影があった。
名前は杉浦律子(すぎうら りつこ)。
60歳を越えているとは思えないほど姿勢が美しい。
元教師で、退職後にこうしたイベントに参加し始めたという。
「若いときはね、恋なんてもう十分って思ってたの。でも今は、誰かとごはんを食べたいだけなのよ。特別な関係じゃなくてもいい、会話がある日常がほしいのよ」
律子は、そう言って笑った。
その近くでは、控えめな雰囲気の男性が小さな声で自己紹介をしていた。
松下洋一(まつした よういち)。
52歳。早期退職したばかり。
話すのが得意ではないようで、グラスを持つ手もどこかぎこちない。
「……今日は、来るのをやめようかと何度も思ったんですけどね」
と、洋一は圭介にぽつりと話しかけた。
「でも、来てよかったかもしれないです。誰かと目を合わせて、話すだけでも違いますね」
圭介はうなずいた。
似たような気持ちを抱えていたから、わかる気がした。
イベントが始まって一時間ほど。
それぞれが会話に少しずつ慣れ、空気がほどけてきたころ——
佳奈美が再び圭介のそばに来た。
「……あ、さっきはどうも。圭介さん、どんなお仕事されてたんですか?」
「建設関係の営業をしてました。30年以上ですね。先月で定年でした」
「お疲れさまでした。それだけ長く続けられるって、すごいことですよ」
「いえ、家族のために働いてたようなもんです。今はもう……娘も遠くに嫁いで、ひとり暮らしですけど」
「私も、同じような感じです」
佳奈美は、カップを両手で包み込みながら言った。
「二十代で結婚して、三十代で離婚。娘が一人います。しっかり者で、母親の私より大人みたい。先月、『お母さん、もう自分の時間を大事にして』って言われて……。なんだか拍子抜けして、ここに来たんです」
そこには照れくささと、少しの寂しさが混ざっていた。
「そういうの、いいですね」
と、圭介はふと口にした。
「ん?」
佳奈美が首をかしげる。
「……そうやって、誰かが『行っておいで』って背中を押してくれるの、羨ましいなって。俺は誰にも言われなかったから、自分で決めるしかなくて。…怖かったです」
佳奈美は、一瞬黙って、優しく笑った。
「でも、来てよかったじゃないですか。こうして、お話できたんですから」
その言葉に、圭介の胸の中に、小さな温もりがともった。
会場の照明が少し落とされ、音楽が流れ出す。
次のプログラムは「ペアで行う簡単なゲーム」と司会が案内する。
まるで若者向けの合コンのように思えて、少し戸惑いもあるが——
どこか、胸の奥が高鳴るのを、圭介は感じていた。
「組みませんか?」
そう声をかけてきたのは、佳奈美だった。
彼女の手元にあるカップには、まだ少しだけ紅茶が残っていた。
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