“熟年恋愛”物語

山田森湖

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第5話「友達、という距離」

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第5話「友達、という距離」


「律子さん、また会いましたね」

洋一は、再び開かれた“シングルナイト・交流編”の会場で、赤いカーディガンを羽織った女性に声をかけた。

律子は驚いたように目を丸くし、それから柔らかく笑った。

「あら、洋一さん。こんな偶然もあるんですね」

「いえ、ちょっと期待してました。律子さん、もう一度来るような気がして」

「そうですか?私は、前回で最後にしようと思ってたんですよ」

「どうして?」

「……自分が何を求めてるのか、わからなくなったから」

律子はそう言って、テーブルのティーカップに視線を落とした。

「恋愛か、友達か、それとも、ただ寂しさを紛らわせたいだけなのか……自分でも、まだ答えが出ていないんです」

「でも、来た。きっと、それでいいと思います」

洋一の声は、やさしく、力強かった。

彼は60歳を過ぎて、定年を迎えた元高校教師。
いまは趣味のカメラを片手に、自由気ままな生活を送っている。

律子は58歳。元看護師で、数年前に早期退職。
一人暮らしを選んだが、時間ができるほど、空白が心に染みるようになった。

二人は、最初のイベントで偶然同じグループになり、他愛のない会話を交わしただけだった。
でも、それが妙に心に残っていた。

「洋一さんは、何か見つかりましたか?ここで」

「……まだ。でも、何かを探してる仲間がいるってだけで、少し気持ちが救われる気がします」

律子は、小さくうなずいた。

「……私ね、昔から、友達って苦手なんです。話を聞くのは得意なんですけど、自分のことを話すのが怖くて」

「それは、誰かに否定された経験があるから?」

律子は、少しだけ驚いた表情を浮かべた。

「……そうですね。若い頃、親友だと思っていた人に、いちばん大事なことを打ち明けたら、次の日には他の人に広まっていて。何かが壊れた気がしました」

「それ以来、壁をつくるようになった」

「はい。でも、そのせいで、本当に寂しくなったのは、自分だったのかもしれません」

洋一は、しばらく黙ってから言った。

「俺も、教師という仕事柄、ずっと“人に頼られる”側にいた。でも、定年を迎えてふと気づいたんです。自分は、誰に頼ってきただろうって」

律子の目が、そっと洋一に向けられる。

「今なら、頼ってもいいんじゃないですか?お互いに」

その言葉に、洋一は照れたように笑った。

「じゃあ……今日は、散歩でもしませんか?このあと、駅前の公園に桜が咲いてるらしいんです」

「桜?まだ早いんじゃ……」

「いえ、早咲きの種類らしくて。人も少ないし、静かに歩けます」

律子は、一瞬迷ったような表情を見せたが、やがて頷いた。

「はい。行きましょうか」

駅前の小さな公園には、確かに数本の桜が咲き始めていた。
ピンク色の花びらが、夕方の空に淡く滲んでいた。

「きれいですね……」

律子がぽつりとつぶやくと、洋一は軽く笑った。

「律子さん、なんだか学生みたいですよ」

「失礼ね。もうすぐ還暦なのに」

「還暦でも、笑う姿が素敵なら、それでいいじゃないですか」

ふと、二人の距離が近づく。

言葉にするにはまだ早い。
でも、心の奥にあった“孤独”が、そっと溶けていくようだった。

「洋一さん、私……友達、になれるかもしれません。今度こそ」

「ええ。俺も、そんな気がしています」

春は、始まりの季節。
誰かと並んで歩く、その一歩が、少しずつ未来を変えていく。
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