【完結】“熟年恋愛”物語

山田森湖

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第6話「孤独を知る者たち」

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第6話「孤独を知る者たち」


「今日も、無事に終わった……っと」

控室の小さな椅子に腰かけながら、美咲はホッと息をついた。
参加者が全員帰った後の会場には、わずかに紅茶の香りと、誰かの笑い声の残り香が漂っていた。

50代以上限定のイベント「シングルナイト」。
立ち上げたのは、彼女自身だった。

今年で59歳になる美咲は、元イベントプランナー。
夫とは5年前に死別し、それ以来ひとり暮らしをしている。

きっかけは、夫の三回忌が過ぎた冬の夜だった。

「ねえ、美咲さん。もうひとりじゃ寂しくないの?」

古い友人にそう言われたとき、口では「慣れたわ」と笑っていたけれど、胸の奥では、何かが崩れそうになっていた。

──私、ほんとうは寂しいのよ。
──でも、寂しいって言う場所が、どこにもなかった。

だから、作ろうと思ったのだ。
“寂しい”を言える場所を。

最初の開催は、参加者がたったの4人。
でも、誰かが「来てよかった」と言ってくれるたび、少しずつ増えていった。

人はみな、見えない荷物を背負っている。
それは、過去の喪失だったり、誰にも言えない後悔だったり、名前のない孤独だったりする。

「でも、誰かと繋がれば——ほんの少し、軽くなることもある」

美咲は、そう信じていた。

その日、美咲は片づけを終えて、エレベーター前で足を止めた。
すると、背後から声がかかった。

「今日は、ありがとうございました」

振り返ると、律子が立っていた。
少し頬が赤く、でも目はまっすぐに見つめていた。

「こちらこそ。来てくださって嬉しかったです」

「……あの、もし失礼じゃなければ、お聞きしてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「どうして、このイベントを開いてるんですか?正直、運営は大変でしょうし……儲けが出るようにも思えなくて」

美咲は、一瞬目を見開いたが、すぐにふっと笑った。

「……ですよね。でも、必要だと思ったんです。こういう場所が」

「必要?」

「うん。誰かに“寂しい”って言える場所。……そして、もう一度“会いたい”と思える誰かに出会える場所」

律子はゆっくり頷いた。

「……その気持ち、わかる気がします」

美咲の目に、一瞬だけ涙のような光が宿った。

「大切な人を亡くした後、自分が“ひとり”であることを初めて知るんですよね。……家に帰っても、ただの“無音”しかない。時計の音すら、時々つらくなるほど」

「わかります。……夜、ふと泣いてしまうことがあるんです。理由もわからずに」

「律子さん、よかったら、今度スタッフとしてお手伝いしてくれませんか?」

「え?」

「参加者としてじゃなくて、“迎える側”として見える景色って、また違うんですよ。それに、あなたのような人がいてくれたら、安心する方もきっといます」

律子は、少し迷った表情を浮かべたが——

「……考えてみます」

と、静かに答えた。

それだけで、美咲の胸には温かいものが灯った。

会場を出ると、春の夜風が頬を撫でた。

「美咲さんも……まだ、大切な人のこと、忘れていないんですね」

「ええ。一生忘れません。……でも、だからこそ、今の人たちを大事にしたいんです」

夜空には、かすかに月が浮かんでいた。
その明かりは、誰の上にも平等に降り注いでいた。

孤独を知る者だからこそ、寄り添える誰かがいる。
そして、また誰かの灯りになれる。

美咲の「シングルナイト」は、静かに、そして確かに、誰かの人生に小さな光を灯していた。
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