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しおりを挟む「うっ……ひっく……ごめんな、さい……!」
私は、カフカ殿下の胸に顔をうずめたまま、謝罪の言葉を繰り返した。
「わたくし、何も知らずに……! あなたを『クズ』だなんて……! 勝手に絶望して、傷つけて……! 本当に、ごめんなさい……!」
後悔の念が、嗚咽となって、次から次へと溢れ出す。
すると、まだ自由にならないであろう彼の腕が、ゆっくりと持ち上がり、私の髪を、優しく、優しく撫でた。
「……違う」
カフカ殿下は、静かに言った。
「傷つけていたのは、私のほうだ」
私は、顔を上げた。
彼の翠色の瞳は、熱を帯びて、まっすぐに私を見つめていた。
「君に、本当のことを言えなかった。ずっと、嘘をつき続けていた」
彼の口から、全ての真実が、語られ始める。
オルデンブルク宰相の陰謀を暴くための、壮大な計画。
そして、なぜ、私にだけ、冷たい態度をとっていたのか。
「君を、危険に晒したくなかった」
その声は、愛しさに満ちていた。
「私の婚約者となった君を、あの宰相が、見逃すはずがない。君を特別扱いすればするほど、君は、奴の標的になる。それが、怖かったんだ」
「……殿下」
「誰よりも、大切だからこそ、遠ざけるしかなかった。君の心を、これほどまでに傷つけていると知りながら……。すまない、リルティア」
他の令嬢に、平等に優しくしていたのも、全ては、私を守るため。
私だけを、危険な渦の中に巻き込まないための、彼の苦渋の選択だったのだ。
「そんな……わたくし、そんなことも知らずに……」
「君が、知るはずがない。私が、知らせなかったのだから」
カフ-カ殿下は、私の頬を伝う涙を、そっと指で拭ってくれた。
「君が、婚約破棄を叫んでくれたおかげで、宰相は完全に油断した。結果的に、君は、私の計画を成功へと導いてくれたんだよ」
それは、彼の優しさからくる、慰めの言葉かもしれない。
それでも、その言葉は、私の罪悪感を、少しだけ、溶かしてくれた。
「……ありがとう、リルティア。君を、愛している」
「……!」
初めて、はっきりと告げられた、愛の言葉。
私の心臓が、甘く、そして、きつく締め付けられる。
「わたくしも……わたくしも、あなたを、お慕いしておりました……!」
全ての誤解が解け、私たちの心は、ようやく、本当の意味で一つになった。
お互いの気持ちを確かめ合うように、見つめ合う。
しかし、感傷に浸っていられる時間は、長くは続かなかった。
「……だが、まだ終わりではないな」
カフカ殿下が、鋭い目つきで、部屋の扉を見据えた。
その言葉に応えるかのように、扉の外から、多数の兵士たちが駆けつけてくる、騒々しい足音が、聞こえ始めた。
宰相が、異変に気づいたのだ。
本当の戦いは、まだ、始まったばかりだった。
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