セカンドライフ!

みなみ ゆうき

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本編

86.結論が出ました!

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ベッドに俯せになったままの俺はあの日と同じように、ただぼんやりと部屋に備え付けのバスルームに消える東條を眺めていた。


(あー、やっちゃったな……。でも)


「ヤベェ……。マジで最高だった……。もう他のヤツとデキる気がしねぇ……」


仰向けの体勢になるために寝返りを打ちながらボソリと呟くと。


「それがホントだったら光希はもう俺と付き合うしかないって事だな」


バスルームに行った筈の東條の声がして俺は内心大いに焦りながらも視線だけをそっちに向けた。


「……シャワー浴びに行ったんじゃなかったのかよ?」

「バスタブを使えるよう準備してきただけだ」


心なしかニヤついてる東條の表情に、聞かれちゃマズい言葉をバッチリ聞かれてしまった事を確信した俺は、最早気まずさしか感じられなかった。


「で? 俺ともう一度セックスしてみての光希の結論は?」

「……さっきの聞いてただろ」

「俺が今聞いてんのは、お前が俺をどう思ってるのかって事のほうだけど?」


東條の問い掛けに俺は言葉を詰まらせた。

正直に言えばこうしてセックスしたところでやっぱりよく分からないというのがホントのところで。
もし心と身体が直結してるっていうのならたぶん好きなんだろうな、という感想しか抱けない。

だって俺。今更だけどこの歳になってもまだ初恋すら経験してないし。
はっきり言って他人を好きになる感情ってのがよくわからないっていうか、どこからが特別な感情なのかっていう心の線引きの仕組みが未だにさっぱりわかっていないのだ。

でも。


「……好きとかそういうのなのかはわからないけど、先生以外じゃ身体が反応するかどうかはあやしい気がする。……かも」


グダグダ考えるのが面倒になり思ったことを素直に口にすると。


「はぁ……。お前はそれがスゲェ殺し文句だって自分で気付いてないだろ」


ため息交じりにそう言われ、そんなつもりは微塵もなかった俺は少々面食らってしまった。


「そういうんじゃねぇし」


すぐに否定してみたものの、東條はそれをわかってくれたのかどうなのかあやしい程の余裕の表情で、寝転がったままの俺にキスを落としてきた。

──俺がこのキスに弱いのをわかっててやってるところが憎たらしい。


「お前がどう言おうと俺以外じゃ身体が反応しないってことは、俺じゃないとダメだって言ってんのと同じだぞ?」


心も身体も溶かされるような深いキスの後、唇が触れあう距離で囁かれ、うっかり流されそうになりながらも素直に認める気には到底なれない俺は、半ば意地で挑むような視線を向けてみた。


「……気がするって言っただけ。確定じゃない」

「だとしてもそんな蕩けた顔してたら説得力ゼロだな。それとも俺にしか反応しないってわかってる身体で他の人間と付き合おうってのか?」

「……身体の関係だけが全てじゃないだろ?……いつかはアンタを越える人が現れるかもしれないし」


東條の言葉に同意するのが癪でついそんな事を言った俺に、東條は少しだけ切なそうに目を眇めた。

途端にツキリと胸が痛む。

いつも自信満々で余裕の表情しか見せない男が俺の言葉で傷ついたような表情をするのが意外すぎたせいなのか、悪いことを言ってしまったような気にさせられる。

視線を合わせたまま沈黙している状態が超気まずい。

でもなんとなくここで視線を逸らしちゃいけないような気がして、何か言わなきゃとほとんど無意識に口を開きかけたその時。


「だったら余所見してる暇なんてないくらい俺がお前を愛し尽くしてやる。だから俺の側にいろよ、光希。
──誰よりも近くでその名前を呼ぶ権利を俺にくれ」


やっぱりいつもどおり自信過剰にも程がある東條らしい言葉と、最後の懇願するような言葉とのギャップに。

俺は苦笑いしながらも、そういう結論も悪くないんじゃないかと思ってしまったのだった。



◇◆◇◆



一応お付き合いというものをすることで話が纏まった俺たちは、寮の門限にギリギリ間に合う時間まで東條の部屋で色んな話をすることにした。

出会った時はあのとおりのお互いの名前すら知らない状況ですれ違って印象最悪。しかも再会したのは担任教師と生徒としてだったせいか俺は東條の事をあまりに知らなすぎた。


好きかどうかはともかくとして、付き合う相手のことはある程度知っておかなきゃならないと思ったんだけどさ……。


東條が教師なんてしてるのが不思議な程のセレブだっていうのは知ってたけど、まさか自分でいくつも会社を経営しているすごい人だとは知らなかった俺はただただ驚くことしか出来ずにいた。

だって、このマンション一棟まるまる自分の持ち物で、しかも各階に入ってる企業とかテナント契約しているところ全てが東條の関係する事業だっていうんだから驚かずにはいられないだろ?

しかも、俺が引きこもり期間中に始めたスマホアプリの人気ゲームも東條が役員を務める会社が作ったものだと聞き、俺は密かにその事に一番驚いていた。

東條とゲーム。……最高にミスマッチな感じがする。

そんな事を考えていると。


「あの会社は元々、風紀副委員長やってる橘の兄貴に頼まれて出資しただけで、俺はほぼ名前だけの役員だ。正直ゲーム関係のことはさっぱりわからないから経営のほうはほぼ圭吾に任せっきりだしな。
──まあ、その無関心さが禍して今紅鸞で教師なんてやる羽目になってるんだが……」


それから苦々しい表情で母校の教師になった経緯を聞かされた俺は、正直複雑な心境にさせられた。


当時まだ大学生だった東條は圭吾さんに説得されてそのゲーム会社に出資したものの、副委員長のお兄さんが作ったゲームがまさかヒットするとは微塵も思っていなかったらしく、二年以内に出資した金額を超える売上げを出すことが出来るかどうかという賭けを持ち掛けてきた圭吾さんに、絶対無理だという返事を返したのだそうだ。

しかし、予想に反して二年も経たずに副委員長のお兄さんは結果を出し、賭けに負けた形となった東條は、本人に最も向いていない職業と思われる母校の教師を三年間やるという約束をさせられたらしい。


「まさかそんな理由で教師になってるなんて生徒としては複雑だけど、先生は見るからに教師って感じの人じゃないからある意味納得」

「……教師らしくないとはよく言われる。俺も自分に向いてるとは思ってない。たぶん紅鸞時代の俺が聞いたら、何の冗談だって鼻で嗤ってるだろうな。まさか今になってあの時の先生の苦労が理解出来るようになるとは夢にも思わなかった」


ちょっとだけ拗ねたようなその言い方が、いつもの東條とは違って妙に可愛く感じてしまい、思わずクスリと笑ってしまった。

たぶん紅鸞時代の東條は今の生徒会長様のように皆の憧れの的であったのと同時に、教師からしたら言うことは聞かない、常に問題が起きる原因となる困った生徒だったに違いない。

でも。


「確かに先生には見えないし、こうなったのは不本意だろうけど、今はそれなりにちゃんと教師やってるんだから案外向いてるのかもよ」


お世辞でも何でもなく思ったことを口にすると、東條は満更でもなさそうな表情をした。
向いてないとか言いながらも、今となっては教師をやってる自分も悪くないとか思ってたりするのかもしれない。


俺も最初は成り行きでセックスした相手が担任教師だなんて最悪だと思ったけど、東條がわりとまともに教師をやってるのがわかったから一応担任という認識が持ててたもんな。

……コイツが変に口説いてくるまでは。


「そういえば。一応付き合うことなったって言っても、学園内では今までどおりただの教師と生徒でお願いします」

「わかってる。一応そのくらいのわきまえはあるつもりだ。
でも二人きりの時くらいは光希って呼んでもいいだろ?」

「……名前で呼ぶくらいなら別にいいけど」


俺は少しだけ戸惑いつつも了承の返事をした。
ホントは学校であんまりそういう雰囲気を出してもらいたくないんだけど、二人きりの時なら仕方ない。
……一応付き合ってるんだし。

なるべくそういう感じにならないように気をつけようと固く心に誓っていると。


「お前も俺のこと響夜って呼べよ」

「え……?」


いきなりの呼び方指定に俺はたっぷり十秒は固まってしまった。


…………。付き合ってるんだから名前呼び。
当たり前の事なんだろうけど、それが担任教師となると途端にハードルが高くなったような感じがするのは俺の気のせいじゃないよな?


「え~と。もしうっかり学校で呼んだりしたらマズいんで、それは教師と生徒っていう関係じゃなくなってからでもいいんじゃないかと思うんですけど……」


咄嗟にしては尤もらしい事を言ったなと我ながら感心したのも束の間。

俺はすぐにこの発言を後悔することになった。


「圭吾との約束の三年間は今年度いっぱいで終わりだから、四月からは名前で呼んでくれるってことだな?
じゃあそこまでは我慢してやるから、その代わり、初めて呼ぶ時はたっぷりと甘い愛の告白付きってことでよろしく頼む」

「は!?何言ってんの?! 名前で呼ぶのはともかくとして、愛の告白なんて約束出来るわけないじゃん!第一それまでに俺が先生のこと好きになってるかどうかもわかんないし!!」


まるで俺が東條のことを確実に好きになっていると断言されているようで面白くなくて、ちょっと焦りながら言い返すと。


「だったらその日が来るまでじっくりとお前を口説き落とせばいいんだろ? やっとスタートラインに立てたんだ。絶対に手離すつもりはない。
──そうだな。まずはお前がハッキリと好きだと認めているところから攻めていくことにするか」


そう言うなり東條は俺の顎を掬い上げ、チュッと音がするような軽いキスを落とした後、すぐに舌を絡めとってきたのだ。


「ん…っ……」


途端に甘く痺れていく身体。

心まで溶かされるような激しいキスに……。

俺は早くも完全陥落の予感を感じて恐ろしくなったのだった。



【終】
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