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第七章 幸せの予約
57 秘書の事前準備(2)
しおりを挟む「おい、ハワード。エイドの大事なお嬢を、ナンパしてんじゃねぇ~よ。
お嬢が絡むと、あいつ怖いぞ、知ってるだろ?」
イーグルさんが、ハワード様に声をかけると、ハワード様が大きく目を開いて驚いた。
「エイドも来てるのか? ああそうか……。君は、ウェーバー家の人間だったな」
ハワード様も、エイドと同じくらい背が高いので、話をしていると、見下ろされているように感じる。
今も、ハワード様は、普通に話をされているだけなのに、真剣な顔で見下ろされると、つい、緊張して声が震えてしまった。
「はい」
「おい、お嬢を脅かすな。エイドなら、奥で採寸してるよ」
イーグルさんが、私をかばうように助け船を出してくれた。
「採寸? また、執事服を作るのか?」
ハワード様は不思議そうな顔をして、イーグルさんを見ながら尋ねた。
「いや、今日は、秘書の服だと言っていたぞ?」
「秘書?! エイドが?! あいつ……『向いてない』だの『大切な人たちのために料理を極める』とか言って、散々、俺の側近の誘いを断っておいて……」
ハワード様の言葉から推察すると、もしかしてエイドは、ハワード様の側近に誘われていたのだろうか?!
エイドは確かに優秀だ。だが、まさか、エイドがステーア公爵家の方に側近に誘われていなんて、全然知らなかった。
私が驚いて、立ち尽くしていると、ハワード様が私を見ながら少し大きな声を出した。
「もしかして、エイドはウェーバー子爵ではなく、君の秘書になるのか?」
「は、はい」
急に大きな声話出されて、慌てて返事をすると、ハワード様が、私には聞こえない程の小声で何かを呟いた。
「(……そうか、エイドを秘書につけるのか……確かに見る目があるな……だが、それなら……)」
もしかして、ハワード様は、エイドが私の秘書になることを快く思っていないのだろうか?
でも、私はエイドに秘書として傍にいてほしい。
何か言った方がいいのか、ハワード様の言葉を待つべきか。
緊張しながら考えていると、イーグルさんが、小さく息を吐いた。
「だ~か~ら、お嬢を威嚇すんなって。おい、腹黒次男坊、早く来いよ、服を取りに来たんだろ?! 一度、着て見ろ。最終調整するから」
私の緊張した様子を見かねた、イーグルさんが、ハワード様に声をかけた。
「ああ、そうだな。では、失礼する、シャルロッテ嬢」
ハワード様は、私の方を見て、片目を閉じると、イーグルさんに向かって叫んだ。
「イーグル!! 確かに私は、次男だが、腹黒ではないと、いつも言っているだろう!! これは貴族の標準装備だ!!」
「そんな腹黒が、標準装備な貴族は、お前だけだよ!!」
ハワード様と、イーグルさんはとても仲が良さそうにお店の奥に向かって行った。
私は、ハワード様の背中を見ながら、呆然としていた。
一体何が起こったのだろう?
もしかして、ここはステーア公爵家の御用達のお店なのだろうか?
だとしたら、とんでもないお店なのではないだろうか?
何が起こったのかを整理出来ずに立ち尽くしていると、親方さんに声をかけられた。
「お嬢。エイドの服の生地を見てみるか?」
ハワード様と話をして、動揺していた私だが、エイドの服の生地を選ぶと言われたら、そちらに意識が向かった。
「はい!」
そんな私を見ながら、親方さんは、楽しそうに笑って、店にある大きなテーブルに、数種類の生地の見本を並べてくれた。
「あはは、おいで。今回は、陛下への謁見もあるらしいからな。このあたりの生地で作ろうと思うんだが、どうだ? 見本だから好きに触ってもいいぞ」
私は、触ってもいいと言われて、遠慮なく触ってみることにした。
丈夫で重厚なのに、軽い生地。光を集めて、まるで生地が、自らが輝いているような錯覚に陥った。
(これは……とてもいい生地だわ)
並べられた生地は、どれも一級品だとわかるほど、素晴らしい布地だった。
「どれも素敵ですね、綺麗だし、肌ざわりがいいです」
私が、生地に触れながら言うと、親方さんが嬉しそうに言った。
「おお、お嬢、この生地の良さがわかるのか? さすがだな」
「どれも素晴らしくて、エイドに似合いそうです」
きっとこんな素敵な生地で作った服を着たエイドはとてもカッコイイだろうと、思った。――だが、これほどいい生地を使うとなると、やはり金額が不安になった。
ここは、ステーア公爵家の方が利用されるほどのお店だ。
いくらお父様に、『妥協するな』と言ってもらったとはいえ、2着も購入することができるだろうか?
私もハンスの家に長年通っていたので、紳士服の相場は知っているつもりだ。
生地を見ながら考え込んでいると、親方さんに顔を覗き込まれた。
「お嬢、どうした? 不安そうだな……あ、このくらいの金額で作る予定だ」
親方さんは、思い立ったように紙とペンを取ると、サラサラと金額を書いてくれた。
「え?」
私は、親方さんの書いた紙を見て驚いてしまった。
いつもホフマン伯爵家の方々と、行っていた店に置いてあった服の半分の値段だった。
あのお店に置いてあった物よりも、生地の質はいいように思えるのに、この値段は信じられなかった。
「ん? 不満か?」
「いえ!! こんないい生地を使っているのに、この価格でいいのかと思いまして」
慌てて、声を上げると、親方さんが口角を上げて笑顔で言ってくれた。
「ああ。2着も頼んでくれるからな。2着でこのくらいだ」
「2着でこの金額ですか?」
私は、てっきり1着の値段だと思っていたので、2着でこの値段だというのには驚いてしまった。
エイドにいい服を着てもらえることが嬉しくて、少し顔を緩めると、親方さんが頭をかきながら言った。
「ああ、だからな、既製服じゃなく、2着ともオーダーメイドで作ってもいいか?
エイドは、ああ見えて、いい身体してるんだわ。既製服だと、身体の一部が窮屈だったり、だぶついたりして、長時間着てると、疲れると思うんだよ。
普段からなんでも一生懸命なエイドのことだ。そんなヤツが、これまで、ずっと大切にしていたお嬢の秘書になんかなったら、きっと魂込めて全力で仕事するに決まってるからな。せめて、疲れない服を着せてやりてぇ。最短で1着、5日で作るから、な?」
「たった5日で??」
ハンスの服は、3ヶ月以上はかかると言われていたので驚いてしまった。
既製品が欲しかった理由は、すぐにエイドの服が欲しかったからだが、5日で作って頂けるのなら、エイドのことを思って、エイドにぴったりの服を作ってもらえる方がいいに決まっている。
「お嬢、どうだい?」
「親方さん、どうか、よろしくお願い致します」
私が親方さんに頭を下げると、親方さんは、豪快に笑った。
「あはは。よせ、あんたのような貴族が、俺のようなヤツに頭を下げるな。だが、任せておけ!
エイドにぴったりの最高の服を作ってやるからな」
「ありがとうございます!! 親方さん!!」
「じゃあ、お嬢。生地はどれがいい? 好きなのを選んでくれ」
「私が選んでもいいのでしょうか? エイドが選んだ方が……」
私が悩んでいると、親方さんが、笑いながら言った。
「あ~~大丈夫、大丈夫。
エイドが、お嬢の選んだ生地を気に入らねぇ…なんてことはないから!!
あははは!! むしろ、お嬢が選んだ方が、いいんじゃねぇかな?」
「そうでしょうか? では……」
私は、エイドの服の生地を選ぶことに夢中になったのだった。
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