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第七章 幸せの予約
62 意外な繋がり
しおりを挟む――18年前。
エイド7歳、エマ6歳の頃。ウェーバー子爵家。
「うっ……」
「奥様、本当に、本当に大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ、エイド。心配してくれてありがとう」
ウェーバー子爵夫人は、お腹に新しい命を宿していた。
夫人は、つわりで、苦しんでいたのだが、夫人を手助けしてくれる大人は、夫人の夫であるウェーバー子爵しかいなかった。
当時、エイドやエマを引き取り、育てていたウェーバー子爵家には、侍女や料理人を雇う余裕はなかったのだ。
「ねぇ……本当にお医者様を呼ばなくていいの?」
エマが心配そうに、夫人の顔を覗き込みながら言った。
「大丈夫よ。それより、お夕食が少し遅くなってもいいかしら? 今は動けないの。旦那様の帰り……今日は、遅くなると言っていたし……」
「奥様!! 俺が用意してもいい?」
エイドは、婦人を真剣な顔で見つめながら言った。
「え? エイドが?!」
「うん。パン屋さんでパンを買ってきて、八百屋さんで野菜を買ってきてサンドウィッチを作るよ。服屋のイーグルも、1人で、お使いしてるって言ってたし、俺も大丈夫だよ。奥様は寝てて!」
エイドがそう言うと、エマも声を上げた。
「私も、エイドのお手伝いする~~!!」
夫人はしばらく考えたが、エイドやエマは、普段から町のお友達のところに遊びに行っている。
買い物は、いつも一緒に行くが、店の場所はきっと問題なくわかるはずだし、普段からよく買い物に付き合ってくれる2人はきっと、店の人に顔を覚えられているだろう。
夫人は、普段より少しだけお金を多めに入れて、財布をエイドに渡した。
「……じゃあ、申し訳ないけど、パンと野菜を買って来てくれる? 他にすぐに食べられそうな果物でもあったら、買っていらっしゃい」
正直に言うと、今日はとても体調が悪く、買い物に行くのは難しいし、子爵は、今日は仕事で少し離れた場所に外出しており、夕食を用意してもらうのはどうしても、遅くなる。まだ幼いエイドとエマに空腹を我慢させるのも忍びなかった。
「では、いってきます!!」
「いってきます!!」
「いってらっしゃい」
夫人は、ベットの中から2人を見送ったのだった。
☆==☆==
エイドとエマはなんの問題もなく、パン屋に着いた。
「こんにちは~。いつものパンを下さい」
エイドが声を上げると、パン屋のおかみさんが、にっこりと微笑んでくれた。
「あら? エイドとエマがお手伝いしてるの? えらいね~~。あ、奥様、もしかして身体つらいの?」
「うん。だから、パンを買いに来たんだ」
エイドの返事を聞いたおかみさんは、いつもの細長くて硬い黒パンではなく、具材のいっぱい入った、今まで食べたこともない高額な総菜パンを4つもくれた。
「じゃあ、こっちのパンを持ってお帰り。そうすれば料理をしなくてもすぐに食べられるだろ?」
「でも、そんなお金……」
エイドが困っていると、おかみさんはにっこりと笑った。
「今いくら持っているんだい?」
「これ」
エイドが差し出した金額は、おかみさんがくれた惣菜パン4つのうち、2つ分の金額でしかなかった。
「じゃあ、それでいいよ。困った時はお互い様ってね。早く帰って夫人に食べさせておあげ。赤ちゃんには栄養が大事だからね」
「ありがとう!!」
エイドとエマは何度もお礼を言って、パン屋を出た。
パン屋を出てしばらく歩くと、男の子が道にうずくまっていた。
「どうした?」
エイドが正面に回り込んで、しゃがみながら男の子を見ると、男の子は転んだようで、両足の膝から血を流していた。
「なんだ! お前は!!」
エイドは、困っているなら手助けしようと、当たり前にように声をかけたのだが、男の子に随分と警戒されてしまって、エイドの方が驚いてしまった。
「なんだ、って……ケガしてるから、声かけただけだけど。そんな驚くのか?」
「え? ケガをしてたから声をかけた? 嘘だな。きっと高貴な僕から、何かを取ろうとしたのだろう」
男の子は、疑い深そうにエイドを見つめていた。
エイドは、溜息をつくと、男の子の前から立ち上がった。
「あ、そう。じゃあ、助けはいらないんだな」
エイドがそう言って立ち去ろうとすると、男の子は必死にエイドの服の裾を掴んだ。
「待て!! そんなことは言っていない」
エイドは溜息を着くと、もう一度、男の子の前に座り込んだ。
「そもそも、お前、身なり良さそうなのに、誰か大人はいないのか?」
「家を抜け出して来たんだから、いるわけないだろ?」
「家を抜け出す?! それ、絶対ダメなヤツだろ」
エイドは、頭をかくと、パンと財布の入ったカゴをエマに手渡した。
「は~~。悪い、エマ。パン持って。俺、こいつ担ぐわ」
「うん」
エマがカゴを受け取ると、エイドは、しゃがんだまま男の子に背中を向けた。
「ほら、乗れ。おんぶしてやる。さすがに、抱きかかえるの無理だ」
「抱きかかえるだと?! 人を赤子扱いとは無礼な!! それに、お前のような子供に、この僕がおんぶされるなど!!」
男の子の悪態にエイドが立ち上がろうとした。
「じゃあ、ばいばい」
だが、男の子はすかさず、エイドの手を握った。
「待て!! 乗ってやらないこともない」
「はぁ~。面倒だな。どっちなんだよ。乗るの? 乗らないの?」
エイドが正面から、男の子をじっと見つめると、男の子が恥ずかしそうに叫んだ。
「乗るよ!!」
すると、エイドは、また男の子に背中を向けた。
「ほら、乗れよ」
「ああ」
今度は、素直に乗った。
エイドは軽々と男の子を背負うと、イーグルの家の方に向かって歩き出した。
「エマ、イーグルの家に寄る。先に帰るか?」
エイドが隣を歩くエマに話かけると、エマが少し考え込んで答えた。
「ん~~エイドが心配だから、一緒に行くよ」
「そう、じゃあ、先に言って、親方やイーグルに伝えて?」
「わかった」
エマは、先に走ってイーグルの家に向かった。
エマを見送って、エイドはゆっくりと歩きながら、背中に乗っている男の子に尋ねた。
「お前、どこから来たの?」
「お前って言うな!! 僕にはハワードという名前があるんだ」
「ハワードは、どこから来たんだ?」
エイドの質問に、ハワードが右や左を指さしながら答えた。
「え? あ~あっちか? いや、こっちかも」
エイドは、ハワードの答えを聞いて、思わず大きな溜息をついた。
「あのさ、ハワードって、1人で帰れるのか?」
「な、な、な。当たり前じゃないか!! ただ……少し家までの道を忘れただけだ!!」
「あ~やっぱり、迷子なのか」
「迷子じゃない!!」
「あ~~ハワードのところはどうか知らないけど、俺たちは、それを迷子っていうんだわ」
エイドは、背中で暴れるハワードに「暴れるな」注意しながら歩いたのだった。
それから、すぐにイーグルの家に着いた。
「おう、エイド、表で傷口洗ってこい」
「うん」
店に入ると、エマが事情を伝えてくれたようで、親方が待っていてくれた。
エイドは、ハワードを井戸に連れて行くと、服をめくりあげて、ハワードの足を洗った。
「ほら、足」
「お前が洗ってくれるのか?」
ハワードの驚いた姿にエイドは当たり前のように答えた。
「ハワードは貴族だろ? たぶん、俺がやった方が早い」
エイドは、慣れた手付きでハワードの傷口を洗った。
「……痛い、もう少し優しくしろ」
「はいはい、もうすぐ終わるからな」
エイドは、ハワードの言葉を聞き流しながら、洗い続けた。
「なぁ、名前、なんていうんだ?」
先程まで痛みに耐えていたハワードが、口を開いた。
「俺? エイド」
「エイド。エイドか~~。おい、エイド。お前を俺の専属の遊び相手にしてやってもいいぞ」
エイドは、井戸の桶の水を替えながら言った。
「イヤだよ。俺、忙しいし。俺と遊びたいなら、お前がここに来いよ。大抵この辺りで遊んでるから。ただし、家の人に言って来いよ。大人がここに来るのを禁止したら、絶対に来るな。
ハワードは貴族だろ? 貴族に睨まれたら、親方や旦那様に迷惑がかかるからな。遊びたいなら、親説得してから来い。勝手に抜け出して、他人に迷惑をかけるな」
「う……だが……父上が、そのようなことを許すはずがない……」
「じゃあ、あきらめろ」
悲しそうなハワードにエイドは、スッパリと言い切った。
すると、先程まで泣きそうだったハワードが、どこか大人びた表情で、エイドをじっと見ながら言った。
「イヤだ。絶対にエイドと遊ぶ。では、勉強を頑張ることを条件に交渉してみる」
「交渉?? どういう意味だ?」
「話し合って、お互いに納得して、取り引きするってことだ」
「取り引き……? まぁ、よくわかんねぇけど、話し合って、納得すんのならいいか。頑張れ」
「ああ」
それから、ハワードは、約束通り両親から、ここに通う権利を勝ち取り、エイドたちと一緒に遊ぶようになったのだった。
☆==☆==
「ということで、腹黒次男坊とは、私にとっては、缶蹴りや、チェスの相手で、服屋のイーグルにとっては、服を大量に発注してくれる金づる兼、遊び相手で、エイドにとっては、世話の焼ける友人という関係です」
エマの言葉に、エカテリーナが眉を寄せながら呟いた。
「それって……ハワード様を腹黒にしたのって、エイドなんじゃ……きっと、ハワード様は、エイドと遊びたいから、ステーア公爵を説得するために交渉術を極限まで磨いたのね……」
私より、先にハワード様は、エイドとエマと出会って一緒に遊んでいたと聞き、私は、少しだけ、エマとエイドの幼い頃を知っているハワード様が、羨ましく思ったのだった。
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