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第七章 幸せの予約
63 前を向くために(1)
しおりを挟むエマから幼い頃の話を聞いて、羨ましく思っていると、トントントンと扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ~」
エカテリーナが答えると、老年の執事の男性が部屋に入って来た。
「少々よろしいでしょうか?」
「セバス、丁度よかったわ。シャルロッテ、エマ。紹介するわ。シャルロッテの担当をする執事のセバスよ。長年この家の執事長をしていたのだけど、最近息子さんに執事長を譲ったのよ。執事としては、かなり有能よ。今後は、あなたを助けてくれるはずよ」
エカテリーナの話が終わると、執事のセバスさんが頭を下げた。
「セバスと申します。よろしくお願いします。私のことは、セバスとお呼び下さい」
「では、セバスさん。私は、シャルロッテと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します。シャルロッテとお呼び下さい」
「畏まりました」
あいさつを済ませると、エカテリーナが、セバスさんの方を見て言った。
「ところで、どうしたのかしら?」
「はい。こちらをホフマン伯爵家の秘書という方から、未処理の書類を預かりました。各方面から届く質問文書と、その解答文書だそうです。今回の仕分け分まで、ホフマン伯爵家の秘書の方が作られたようです。不備がないか、内容をご確認下さい、とのことです。
ですが、すでに宝石の仕分けの権利が移っているので、これまでのように書類の印をホフマン伯爵家にするわけにはいきません。新しい印を押して解答文書をお送り下さい、ということでした」
「ありがとうございます……そうですか。伯爵との最後の仕事……また、済んではいなかったのですね……」
私は、セバスさんから、書類を受け取った。
これは、各方面から寄せられる宝石の分配理由を質問される書類だ。
私は、陛下には、分配の内容を直接説明し、報告するのだが、それ以外の方々には、王宮から各方面に通達されるのだ。
中には、宝石の分配に不満を持ったり、どうしても変更してほしいという方々もいる。
その場合は再度検討する必要があるのだが、今後は、ホフマン伯爵ではなく、仕分けをした私に文書が届くのだ。
今回は、質問文書が3件。それに対しては、まだ前ホフマン伯爵がご存命の時に、2人で検討していた。いつもは、秘書の方が公的な文書にして、送ってくれているので終わっていないとは思わなかった。
――前ホフマン伯爵との最後の仕事……。
パラパラと何通も重なった書類を確認したが、やはり内容に問題はないので、印を押して送ればいい。
『シャルロッテ嬢、君ならどう説明するかな?』
ふと脳裏に前ホフマン伯爵の懐かしい声が浮かんだ。
『はい……今回は国外と価格調整のために国内の流通量を減らし、また一時的に宝石の値段が上がれば、貴族のご婦人方は、ドレスに資金を投入する傾向があるので、繊維関係への配慮……でいかかでしょうか?』
『はは、いいね。やはり君は最高の仕分け人だな。すでにシャルロッテ嬢には、私の方が、教えられてばかりだな』
『そんな、伯爵が丁寧にご指導して下さったおかげです』
『ふふふ、目を閉じれば、君の活躍する未来が見えるようだ。10年後、我がホフマン伯爵家は、侯爵と名前を変えているかもしれないな……見たかったよ、君の輝く未来を……この目で』
そう言って前ホフマン伯爵は、静かに笑った。
穏やかに笑う、前ホフマン伯爵の顔を思い出して、涙がこぼれそうになり、急いで顔を上げた。
……今後は、全てを、私1人でする必要があるのだ。
これからは、1人なんだと思うと動揺してしまいそうで、私は大きく息を吸って自分を落ち着けた。
(大丈夫よ。伯爵から、教えられた通りに確実にこなせばいいんだわ)
少し落ち着いたところで、セバスさんが、話しかけてきた。
「旦那様が、その辺りのことも含めて、お話があるとのことです。いかがでしょうか?」
「お伺い致します」
「エカテリーナ様もご一緒で構わないとのことですが、どうされますか?」
「私も行くわ。セバス。お父様の部屋への案内はいいわ。それより、エマに、シャルロッテの使う日用品の選別をお願いして頂戴。石鹸や下着や、化粧品は私より、エマが選んだ方が確実よ。マリアに声をかけて」
「畏まりました。それでは、エマさん、よろしいですか?」
セバスさんが、エマを見て微笑んだ。
「もちろんです。お嬢様が快適に過ごせるように、責任もってお選び致します」
エマが頷きながら言った。
なぜか、やる気に満ち溢れたエマを見ていたら、エカテリーナが私を見て笑った。
「じゃあ、シャロッテ、行きましょうか」
「うん、一応、この書類は急ぎなので、ランゲ侯爵にお見せするわ」
「ええ、そうね」
日用品を選別してくれるというエマを残して、私たちは、ランゲ侯爵の執務室に向かった。
「ねぇ、シャロッテ。先程のハワード様とエイドが知り合いだって話、お父様にしてもいいかしら?」
「もちろんよ。後見人としてお世話になるのだもの。今後も貴族との繋がりは、報告するわ」
「ふふふ、なるほど、初めから私がお父様に報告することは、想定済みでさっきの話をしたのね」
「うん、気を悪くした?」
「全然、むしろ感謝したいくらいよ。『これくらいいいだろう』っていう繋がりが、全てを壊すことだってあるんだから……(騎士の才能に恵まれた者が、エリート騎士に会うとかね……)」
エカテリーナは切なそうに言った。なぜだか、私はその顔を見て胸が締め付けられそうになった。
私が眉を下げてエカテリーナを見ていると、エカテリーナが困った顔をした後に、笑顔を作りながら言った。
「でも……ふふふ、まさか、あのステーア公爵家との繋がりが、エイドの人助けが縁だなんて、なんだか、ほのぼのとする繋がりで癒されたわ。ただ……相手がハワード様ってところが、凄すぎて、冷静になると、冷や汗ものだけど」
「確かにそうかも」
私はエカテリーナと話をしながら、侯爵の執務室に向かったのだった。
☆==☆==
トントントン。エカテリーナが扉をノックしながら声を上げた。
「お父様、シャルロッテを連れて参りましたわ」
「ああ、どうぞ」
「失礼いたします」
「失礼いたします」
私は、エカテリーナと一緒に、ランゲ侯爵の執務室に入った。
「ああ、シャルロッテ嬢。呼び出して、すまない。仕事部屋はどうかな? 足りない物があったら遠慮なく言いなさい」
「素晴らしい環境を整えて頂きありがとうござます。少し確認したところ、足りない物は、現時点では、承認印だけだと思います」
「ふむ。実は、それについて、陛下ともご相談したんだが、当面の間は、後見人である我がランゲ侯爵家の印を承認印にすることになった。すでに専用の印を職人に作ってもらっている。それまでは、私の承認印を使おう。今、書類は持っているかな?」
「はい」
「では、今回は私が押そう。承認印が出来たら、君とゲオルグの判断で押して構わない。保管については、ゲオルグに聞いて欲しい。伝えておこう」
「わかりました。では……こちらの書類に印を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
ランゲ侯爵はゆっくりと印を押してくれた。これまでこの書類には、ホフマン伯爵家の印が押されていた。それを幼い頃から当たり前のように見てきた私には、どこか違和感のような不思議な感覚を覚えた。
「ランゲ侯爵、ありがとうございます」
「何、感謝されることではない。
さて、実は、シャルロッテ嬢に知らせたいことがあるのだ……」
侯爵に押して貰った書類を見ていた私は、急いで顔を上げた。
どこかつらそうな顔をした侯爵の顔を見て私は不安になった。
「事業が急遽移行することになったからね。一応、正式に変更したという通達は、王宮から出して貰えるが、それだけではなく、一度関係者を呼んで、お披露目式をしなければならないんだ」
確かに宝石の仕分けに多くの人が関わっているそれを、突然変更したのだ。
確かにお披露目なども必要なのかもしれない。
私が黙って、侯爵の話を聞いていると、侯爵が申し訳なさそうに言った。
「非常に言いにくいんだが……そこにどうしても、ホフマン伯爵家の者も、招待しなければならないんだ」
それを聞いて私はぐっと自分の手のひらが白くなるほど、握りしめたのだった。
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