7 / 173
番 編
テト2
しおりを挟む空っぽの馬小屋を急いで掃除して、黒馬が眠れるスペースを作った。普通の馬より身体が大きいのでちょっと狭そうだけれど仕方がない。
賢い子なので、体力が戻って元気になったら自分から持ち主の元へ行くかなと思い、扉は開けておいた。
「これ、貴方のよね?大切な物だろうから、ここに置いておくね?」
鞍と手綱を作業台の上に乗せて見える所に置いてやるととても嬉しそうに鳴いたので、可愛がられていたんだなと分かる。(鞍、めっっっちゃ重かった)
「好きに出ていいからね。ちょっと買い物に出かけてくるね」
横になってウトウトとし始めたので余程疲れていたのだろう。馬って、普段は立って寝るとか聞いた事もあるし。
町に出て買い物をする。
節約のために自炊しなくてはならないので、卵や干し肉、ナッツ、小麦粉と調味料をかいこんで、黒馬の為のフルーツと野菜もどっさり買った。
思い立って、馬用のブラシも一つ買って、また森に戻った。
小屋の前の小さな湖で黒馬が水浴びをしている姿を認めてニマニマとしてしまう。
誰か待っていてくれる人がいるのは(たとえ人じゃなくても)とても嬉しい。
「ただいま!フルーツもお野菜も沢山買ってきたよ!あとでたべようね?」
ブルブルッと水を振るい落として私の元に来た黒馬は、スリスリとまた私に擦り寄って来て、それがおかえりと言ってくれている様で嬉しい。
「名前が無いと不便だよね。もうついているんだろうけど、新しく付けてもいいかな?」
藍色の瞳が優しく私を見る。
「うーん、すっごく可愛いから、可愛い名前がいいなあ~!テトはどう?呼びやすいし、可愛い」
ぎゅうと抱きしめながら言うと、またスリスリしてきたので、気に入ってくれたんだろう。
「おいでテト、ブラシを買ってきたの!せっかく綺麗にしたみたいだからブラッシングもしてあげるね?」
木陰に連れて行くと、また四肢を折って横になったので脇に座って丁寧にブラシをかけていく。
馬ってこんなに横になるのかと不思議な気分だ。
やっぱり、かなり体力を消耗しているに違いない。
「わぁ、ツヤツヤだねぇ。とってもイケメンさん」
テトはずっと目を閉じて気持ちよさそうにしている。眠ってるのかも。優しく優しくブラシをかけると木漏れ日にキラキラと毛並みが艶めく。
「もっと、固い毛なのかと思ったら、柔らかくていい匂い」
テトの背中におでこをつけると早い心臓の鼓動とお日様の匂いを感じた。
◇◆◇
ピューーーーゥ ピューーーーゥ
「ん……眠っちゃってた……鳥の声?口笛?」
ピューーーーゥ ピューーーーゥ
「クイィーーーン!!」
急にテトが高い声で鳴いて驚いて覚醒する。
「ど、どうしたの?鳥が怖い?」
「クイィーーーン!!」
もう一度空に向かって鳴いた後、突然起き上がって湖の方に駆けて行った。途中一度私を振り返り止まったので、ついてこいという意味かと納得して慌てて後を追う。
午後の柔らかい日差しの作る木漏れ日が湖に反射してテトの黒の毛並が艶々と光る。
「わぁ!テト、キラキラしてきれいだねぇ!やっぱり、イケメンさん!」
テトはまたクィーーーンと高く鳴くと茂みの方をじっと見つめて止まった。
「どうしたの?何か、いた?」
私も靴を脱いでテトの側に駆け寄ると、浅瀬にいたテトも私の体に寄り添う様に立ってくれて心強い。
————「テルガード!!おまえ生きてたのか!!」
テトが視線を送っていた先の茂みから、ガサガサと黒い軍服を着た軍人さんが飛び出て来た。
テトの側に寄り添う私を認めて紺色の目を見開いている。
「……テトの、飼い主さんですか?」
少し、怖い。剣ではなく、刀の大小を差している。背も高いし体も大きい。切れ長の目の精悍な顔。
「!?——天女!?」
怯えた私を宥めようとしてくれたのかテトが私の頬にスリスリと鼻先を付けてくる。
「テルガードが……なついている……?天女殿が世話を?」
天女って……大真面目に天女なんて言うから、一気に怖さが薄れてテトの頭を撫でてやりながら答える。
「ふふふ、天女ではなく、ちゃんと人間ですよ?テトの怪我は治したのでもう大丈夫です」
「治した……?人間!?」
黒髪の軍人さんは紺色の目を見開いて、私とテトの両方に視線を行ったり来たりさせている。金色の瞳孔が紺色の瞳の中でキラキラとしていて美しい。
「まだ体力は戻り切っていないと思うのです。私は馬の事に詳しい訳じゃないですけど……横になる事が多いので……体力が戻るまで、もう少しここで面倒をみても?」
「それは……願ってもないが……側にいてやりたい。俺も、馬小屋でも何でもいいから置いてくれれば有難い」
「ふふふ、テト、やっぱりあなた可愛がられていたのね?もう一つお部屋はあるのでお兄さんはそこにどうぞ。私も今日借りたばかりなので、片付けを手伝っていただけたら嬉しいです」
「有難い。何でもする、そちらに行っても?」
「ふふ、はい」
さっき私が怯えたからか、自分の行動に気を遣ってくれているのが分かる。精悍なお顔をしたすごいイケメンさんの表情が、ほんとに天女じゃないのか?って訝しんでいるのがありありとわかって笑ってしまう。
「礼を言う——俺は、こいつを殺すためにここに来たんだ。楽に、してやろうと……」
「はい、怪我が治って良かったです」
「どうやって……確実に折れていたはず……」
その質問には答えずににっこり笑って、手に持っていた新しいテトのブラシを渡す。
「私は夕食の準備をして来ますので、あとは二人でどうぞ。テトもあなたを待っていたようでしたよ」
そう言ってから踵を返して家に入ろうとドアに手をかけた所で後ろから小さな小さな絞り出す様な声が聞こえた。
——「良く生きてた。ごめんな」
------------------------------------
▶︎▶︎【あとがき】
作者 「やっとヒーローでたぁ……長かった……」
2,553
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる