6 / 173
番 編
テト1
しおりを挟むマリセラちゃんを心配して帰って行ったヒルデさんを途中まで見送って、ちょうどいい機会なので道を逸れて、お家の周りに何があるのか迷わないように注意しながらお散歩する事にした。
小さな小川があったり、レモンの木があったりで冒険みたいですごく楽しい。
ちょっと離れすぎてしまったかなと思い、太陽の方角を確認しながら家の方に戻る途中、何かを打ち付ける様な音がする事に気がついた。
誰かいるのかなと思って音の方に近づいてみて息を呑んだ。
興奮した黒い大きな馬が右足を木に打ち付けている。ガンッという音はこの音だったという事がわかる。
「お、落ち着いて、どうしたの?」
凄く怖い。こんな大きな馬にひと蹴りでもされたら大怪我では済まないかもしれない。動物園で見た事のある馬よりも一回り大きい気がする。そのぐらい圧のある体躯をしている。
「ま、前足が、変な感じなの?打ち付けたら、よ、余計にひどくなるよ……?」
よく見ると右の前脚が変な方向に曲がっている。
骨折しているのだという事が分かってサーと血の気が引いた。
馬の重い体重を支える脚が一本でも折れたら、もうこの子は死ぬしかない。
近くにこの子のものだったと思われる鞍と手綱が落ちている。
「怪我をして、おいていかれちゃったの!?ちょっと待ってて!もう打ち付けないで!!」
走ってお家に帰って、バケツに水を汲んで、ヒルデさんの買ってくれていたニンジンとリンゴをひったくるようにして持つ。馬が普段何を食べるのかなんて知らない。草を食べてるイメージと、お話の中ではニンジンをよく食べてるはず!
息を切らして戻ると、黒い馬は私の言った事が分かったのか大人しく木の下で待っていてくれた。
幾分か興奮もおさまった様で、木に寄りかかりながら、三本の脚で拙く立っている。
どのくらいこの子は一人だったのだろう。怪我をして、不安で、うまく動かない脚を不思議がってイライラして、寂しくて。
考えただけで涙が出てくる。
「遅くなってごめんね、お水、ここに置くね?」
足元にバケツを置いてやると、ブルンとわなないて、こちらを見た。
まんまるな藍色の瞳がじっと私を見つめる。
「…………?首、下に曲げられない……?そっか、前脚が折れてるもんね、ごめんなさい!」
バケツを持って黒馬の顔に近づける。
最後まで私をじっと見た後、ペチャペチャと水を舐める音が聞こえたので、バケツの中で上手に飲めている様でホッとする。
水を飲んで、より興奮もおさまったように思う。
元々大人しい気質の子なのかもしれない。
ニンジンを手ずから食べさせてみると、チラとまた私を見た後すぐに食べてくれた。
りんごも同じ様に食べさせる。
「よ、よかった、食欲はあったね。あとでもう少し食べようね」
町の市場で買った野菜はまだ沢山残っていたはず。
恐る恐る頭を撫でてみると、気持ちよさそうに目を閉じてされるがままになっている。すごく可愛い。
「あ、あのね、私、癒しの魔法が使えるんじゃないかって言われてて。い、一度もできた事無いんだけど、が、頑張ってみてもいいかな?」
黒馬はじっと私をみる。
スリっと手のひらに顔を押し付けた感覚があった。
「いいって、事、かな?」
オロオロとしていると、今度は顔に直接スリスリと擦り寄られて思わず声が出る。
「ふふ、可愛い。お返事してくれたの?賢いね」
お馬さんの頭を優しく抱きしめてお礼を言ってから、脚元に屈んで折れた脚に触れてみる。
さっきまで感じていた恐怖は既になく、プルプルと子鹿の様に震える前脚に右手をかざす。
歴代の聖女は右手をかざすだけだったと聞いたけれど、私はそれで発動した事はない。
「うぅ……やっぱりわからない……どうしよう」
このまま治らなければこの子は死んでしまうだろう。馬にとって足の怪我はそれ程のものだ。
その時、黒馬が残る前脚を突っ張って、無理矢理頭を下げてきた。
私の肩に頭をつけ、スリスリと顔を撫でる。
「い、痛いでしょ!?戻って!!————っ慰めて……くれてるの?」
痛いのも辛いのもあなたなのに……と思ったら、右手に何か熱い物を感じ、思わず前脚に触れると白金の光が黒馬と私を包んで、何か波の様な感覚が私から黒馬へと循環する感覚があった。
「何……これ……?」
高いいななきが上から聞こえ、また私の顔にスリスリと擦り寄って来るので慌てて脚を見るとまっすぐに力強く立つ姿が見える。
「成……功した?す、すごい、出来た!」
いつもと何が違って、どうして今回は成功したのかわからないけれど凄く嬉しい!
2,749
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる