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番 編
マヨネーズ
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野菜をザクザクと切ってポトフを作る。テトの為に野菜は沢山買っておいたおかげで色々作れそうだけれど、お兄さんはいっぱい食べそうだし、また明日買い出しかな?
パントリーにオリーブオイルや調味料が残っていて良かった。パンを薄くスライスして、マヨネーズを作ってサンドイッチにする。
お兄さんには物足りないかなと思ったので、干し肉を柔らかくふやかして塩と庭でとったレモンで味つけた物も作ってサラダと一緒に盛り付けた。
誰かのために作るご飯は楽しい。一人分を作るよりよっぽどいい。
ずっと忘れていた。料理が私の趣味だったのに。
明日買い出しにいったら、クッキーも作ろう。テトの野菜も沢山買おう。
トントンと壁を叩く音がして振り返ると、上がアーチ状になったドアのないキッチンの入り口からお兄さんが軽く屈んで入って来た。
背が高いので、お部屋が小さく見える。こんな些細な事でも微笑ましい人だ。
「改めて礼を言う。テルガードを助けてくれてくれた事、感謝してもしきれない」
「テルガードというのですね。ふふ、かっこいい名前」
当たらずとも遠からずな名前を付けていたので反応してくれたのかもしれない。テトなんて、急に可愛くなっちゃったけど。
「テトと言う名前を気に入った様だ。好きに呼んで構わない。俺の名はリヒト•リア・エルダゾルク。天女殿の名前は何という?」
「天女じゃないですってば。紬です。つむぎ•レイリンと申します」
「そうか。つむぎ、何か手伝うことは?まだここに来たばかりと言っていたな。何でも言ってくれ」
「テトを探してお疲れでしょう?ご飯がちょうどできたので食べましょうか。食べ終わったら、お兄さんのお部屋を片付けるので手伝って下さい」
お兄さんの目は既に食卓に釘付けになっていて大型犬みたいで可愛い。歳下の男の人には見えないし、大人の男の人に失礼かもしれないけれど。
「ふふ、お口に合えばいいのですが。味付けが少し独特かもしれません……」
こちらの世界の味付けは大味だ。きって焼いて、ドーンみたいな。侯爵邸でもシンプルな物ばかりだった。これもイジメの一環かと途中思ったりもしたけれど、ユリウス様との食事も同じだったからそういう味付けがスタンダードなんだろう。
「すげぇ、うまそう……」
おや、お兄さんこっちが素なのかな?わりと畏まった物言いをしていたのに。
「ふふふ、足りなかったら言ってくださいね」
◇◆◇
お兄さんはそれはもう良く食べた。
一口食べて「うっっっまっ!!!」と言った後はもう夢中で食べているので、おかわり用にと作ってあった塩だれレモンのお肉を挟んでマヨネーズで味付けしたサンドイッチも出してあげたら、これが一番気に入った様で「は?何だこれ……」とまた呟いて完食していた。
「食後にお茶を出してあげたいんですが、まだそこまで用意がなくて……明日茶葉を買ってきますね。今日は白湯でごめんなさい」
「めっっっっっちゃうまかった……」
「お兄さん、聞いてます?」
「リヒトだ」
この人も家名があるし、きっと貴族なんだろう。
リヒト様と呼ぶべきなんだと思う。
崩れていない時の物言いも、上に立つ人のそれだった。
近づきすぎてはいけない。貴族は怖い。
「………………お兄さんのお部屋を片付けてきます」
貴族も男の人も、踏み込んではいけない。この世界に来て学んだ事はこの二つ。
胡乱な視線から逃れる様にキッチンを出て、余っていた部屋のドアをあけた。
今朝一度確認したけれど、物置き部屋として使っていた様で木の空き箱が数点あるだけだったので、裏の倉庫にあったマットレスを持ち込めば何とかなりそう。
手早く水拭きをしてお掃除をしてしまおう。
空箱だから手伝ってもらう事もないかな?とひょいと木箱を動かした所で見てはいけない物が視界に入って来た。
「キャーーーーーーー!!!」
あ、あ、あ、脚がいっぱい!!長い脚がいっぱい!!!ガサガサと脚がいっぱいついた手のひら大の細長い虫が私の方に!!!
「キャーー!!!キャーー!!!キャーー!!!」
————「何だ!?!?どうした!!?」
勢いよくバンッと音を立てて部屋に入ってきたお兄さんに抱きついてギュッと軍服を握る。
「あれ!あれっっ!無理!!やだやだやだ!!」
後ろ手に床を指差すと、お兄さんの力が抜けたのが分かった。
「何だ、ビグゴムか。ちょっと待ってろ」
お兄さんは私の頭をポンポンとすると、ビグゴムとおぞましい名前で呼ばれた蜘蛛とムカデを混ぜ込んだ様な虫をヒョイととって窓を開けて外に投げた。
「森にはいっぱいいるぞ?見た事なかったか」
青ざめて返事ができない私を横抱きにして居間のソファーに下ろすと、さっき私が入れた白湯を持って来てくれた。
「森……いっぱい……いるの……?」
「お、おう? いるな」
「ど、どうし、どうしよう!?どうしよう!?」
「落ち着け、俺がいる」
「で、でもお兄さんはテトが元気になるまででっ!」
「おいていかない。落ち着け」
「ふぇっ……うぇ、うわーーーーーーん!!」
「なっ!?そんなにか!?」
一気に感情が爆発して、ぼろぼろと涙が止まらない。子供の様にしゃくりあげてわんわん泣いてしまって止められない
きっと虫の事は引き金になっただけだ。この世界に来てからずっと気を張って生きてきた。
————気を張って、緊張して、大丈夫と自分にいい聞かせて。
お兄さんは私の隣にどかっと座るとまた私をひょいと抱き上げて横抱きに膝に座らせた。
タバコの匂いと、石鹸の匂いにひどく安心した。
パントリーにオリーブオイルや調味料が残っていて良かった。パンを薄くスライスして、マヨネーズを作ってサンドイッチにする。
お兄さんには物足りないかなと思ったので、干し肉を柔らかくふやかして塩と庭でとったレモンで味つけた物も作ってサラダと一緒に盛り付けた。
誰かのために作るご飯は楽しい。一人分を作るよりよっぽどいい。
ずっと忘れていた。料理が私の趣味だったのに。
明日買い出しにいったら、クッキーも作ろう。テトの野菜も沢山買おう。
トントンと壁を叩く音がして振り返ると、上がアーチ状になったドアのないキッチンの入り口からお兄さんが軽く屈んで入って来た。
背が高いので、お部屋が小さく見える。こんな些細な事でも微笑ましい人だ。
「改めて礼を言う。テルガードを助けてくれてくれた事、感謝してもしきれない」
「テルガードというのですね。ふふ、かっこいい名前」
当たらずとも遠からずな名前を付けていたので反応してくれたのかもしれない。テトなんて、急に可愛くなっちゃったけど。
「テトと言う名前を気に入った様だ。好きに呼んで構わない。俺の名はリヒト•リア・エルダゾルク。天女殿の名前は何という?」
「天女じゃないですってば。紬です。つむぎ•レイリンと申します」
「そうか。つむぎ、何か手伝うことは?まだここに来たばかりと言っていたな。何でも言ってくれ」
「テトを探してお疲れでしょう?ご飯がちょうどできたので食べましょうか。食べ終わったら、お兄さんのお部屋を片付けるので手伝って下さい」
お兄さんの目は既に食卓に釘付けになっていて大型犬みたいで可愛い。歳下の男の人には見えないし、大人の男の人に失礼かもしれないけれど。
「ふふ、お口に合えばいいのですが。味付けが少し独特かもしれません……」
こちらの世界の味付けは大味だ。きって焼いて、ドーンみたいな。侯爵邸でもシンプルな物ばかりだった。これもイジメの一環かと途中思ったりもしたけれど、ユリウス様との食事も同じだったからそういう味付けがスタンダードなんだろう。
「すげぇ、うまそう……」
おや、お兄さんこっちが素なのかな?わりと畏まった物言いをしていたのに。
「ふふふ、足りなかったら言ってくださいね」
◇◆◇
お兄さんはそれはもう良く食べた。
一口食べて「うっっっまっ!!!」と言った後はもう夢中で食べているので、おかわり用にと作ってあった塩だれレモンのお肉を挟んでマヨネーズで味付けしたサンドイッチも出してあげたら、これが一番気に入った様で「は?何だこれ……」とまた呟いて完食していた。
「食後にお茶を出してあげたいんですが、まだそこまで用意がなくて……明日茶葉を買ってきますね。今日は白湯でごめんなさい」
「めっっっっっちゃうまかった……」
「お兄さん、聞いてます?」
「リヒトだ」
この人も家名があるし、きっと貴族なんだろう。
リヒト様と呼ぶべきなんだと思う。
崩れていない時の物言いも、上に立つ人のそれだった。
近づきすぎてはいけない。貴族は怖い。
「………………お兄さんのお部屋を片付けてきます」
貴族も男の人も、踏み込んではいけない。この世界に来て学んだ事はこの二つ。
胡乱な視線から逃れる様にキッチンを出て、余っていた部屋のドアをあけた。
今朝一度確認したけれど、物置き部屋として使っていた様で木の空き箱が数点あるだけだったので、裏の倉庫にあったマットレスを持ち込めば何とかなりそう。
手早く水拭きをしてお掃除をしてしまおう。
空箱だから手伝ってもらう事もないかな?とひょいと木箱を動かした所で見てはいけない物が視界に入って来た。
「キャーーーーーーー!!!」
あ、あ、あ、脚がいっぱい!!長い脚がいっぱい!!!ガサガサと脚がいっぱいついた手のひら大の細長い虫が私の方に!!!
「キャーー!!!キャーー!!!キャーー!!!」
————「何だ!?!?どうした!!?」
勢いよくバンッと音を立てて部屋に入ってきたお兄さんに抱きついてギュッと軍服を握る。
「あれ!あれっっ!無理!!やだやだやだ!!」
後ろ手に床を指差すと、お兄さんの力が抜けたのが分かった。
「何だ、ビグゴムか。ちょっと待ってろ」
お兄さんは私の頭をポンポンとすると、ビグゴムとおぞましい名前で呼ばれた蜘蛛とムカデを混ぜ込んだ様な虫をヒョイととって窓を開けて外に投げた。
「森にはいっぱいいるぞ?見た事なかったか」
青ざめて返事ができない私を横抱きにして居間のソファーに下ろすと、さっき私が入れた白湯を持って来てくれた。
「森……いっぱい……いるの……?」
「お、おう? いるな」
「ど、どうし、どうしよう!?どうしよう!?」
「落ち着け、俺がいる」
「で、でもお兄さんはテトが元気になるまででっ!」
「おいていかない。落ち着け」
「ふぇっ……うぇ、うわーーーーーーん!!」
「なっ!?そんなにか!?」
一気に感情が爆発して、ぼろぼろと涙が止まらない。子供の様にしゃくりあげてわんわん泣いてしまって止められない
きっと虫の事は引き金になっただけだ。この世界に来てからずっと気を張って生きてきた。
————気を張って、緊張して、大丈夫と自分にいい聞かせて。
お兄さんは私の隣にどかっと座るとまた私をひょいと抱き上げて横抱きに膝に座らせた。
タバコの匂いと、石鹸の匂いにひどく安心した。
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